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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

序言

テバルディ・歌唱の鑑賞に関する情報・その他

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以前、私は同様のブログを運営しておりました。再開に当たっては、いろいろと悩みました。以前いらしていただいて、私の突然の閉鎖に気を悪くなさったにも関わらず、それでも訪れて下さる方々がいらっしゃるとしたら、彼女の生涯をまとめた伝記や、歌唱について彼女がインタビューに答えた記事などをまた読まされるのは煩わしい、と思いになるだろうと。それで、一時はホームページとブログを併設して、ブログに音源鑑賞録を集中させようかとも思いました。ですが、個人的事情もあり、二つのサイトを管理していく余裕はない、と判断して、結局このブログ一つに絞ることにいたしました。

ですから、最初の記事は以前のブログの繰り返しになります。初めてお読みになる方にとっては興味深くても、そうではない方にとってはまたしても同じ内容を繰り返すのか、という印象をお与えすることになります。ご了承をお願い申し上げます。

以前、突然ブログや動画チャンネルを削除したのにはそれなりの事情があったのですが、今にしてみると、それでよかった、と。なぜか、手短にご説明しますと、あの後、さんざん酷使して反応が遅くなったPCを買い換えたところ、それまでもイタリア語の言語パックをインストールしてあったのに、新調のPCにインストールして、昔のPCから移した過去の台本のファイルを見直したら、出るわ出るわ、スペリングミスの山。結局、昔の言語パックは適切にインストールされていなかったのか、私のイタリア語のスペリングミスを全くチェックしてくれていなかったのです。前のブログの時も書きましたが、私は迷信とはまるで縁のない超現実主義者ですが、これは「私の動画のイタリア語がこれじゃ困るわ!」というテバルディさんのお達しだったのか・・・。などと思ったり。全くその通りなので、そう思われていたとしても何も返す言葉がないな、と。とにかく、動画は全部作り直す必要があったのです。今度はちゃんとスペルチェックがかかっているので、見落としがあったとしても、前ほどひどいことにはならないでしょう。

別の悩みもありました。1963年にテバルディは決定的に体調を崩し、一時声が出なくなるという状態にまで追い込まれました。そして、その後は、残念ながら、声の状態は元に戻りませんでした。一体どの音源までを扱うのか・・・。それに悩んだのです。

1964年に彼女が復帰したときのメトでの『ラ・ボエーム』のライブを聴いたときの衝撃は忘れられません。驚異的、とも言えるような見事なミミを歌えたテバルディの歌は、まるで違った代物になっていました。「これがテバルディの歌?本当に?」と思ったほどです。

私がテバルディについて評価したいのは、勿論、どのソプラノもついに持ち合わせなかった特異な美しさを帯びた声と、それが彼女に許容した柔軟かつ色彩豊かな表現力です。言ってみれば、彼女には、類い希なる表現を駆使する「余裕・ゆとり」を他の一般のソプラノより大きな幅で持ち合わせていたのです。それが失われたときから、彼女の歌は、「平凡」かそれ以下になってしまいました。それでも、熱狂的なファンは彼女が舞台に出てくれさえすれば喝采しました。そのためか、彼女が自分の歌唱力が決定的に落ちていることを自覚できなかった(あるいは、自覚していても、こだわらないことにした)のは非常に残念なことでした。

ただし、彼女が全盛期の時代の歌唱はよく言われる「声に任せただけの凡庸な歌」というものとはほど遠い、緻密で微細な部分にまで配慮の行き届いた、見事としか言い様のないものでした。彼女は自分が特別な声を授かったことを良く自覚していました。それを、決して無駄にしたり、それによってしようと思えばできることを惜しんだりしませんでした。彼女は全てを歌声に乗せて捧げてくれたのです。それを余すところなく鑑賞し尽くし、綴っていくのが、このブログの目的です。私はテバルディの大ファンであるにしても、客観性を失うつもりはありません。歌唱の素晴らしい点と余り良くない点は、私にわかる限り、はっきりと指摘していくつもりです。

こうした事情から、1964年以降の彼女の音源も決して少ないとは言えませんが、冒頭に書いたとおり、散々悩んだ末、私は全てはご紹介しないことにいたしました。彼女がキャリアの最後の3分の1を賭けたともいえる、『ジョコンダ』と、彼女の声の発見者の一人であったザンドナイ作曲の『フランチェスカ・ダ・リミニ』の一部をフランココレッリと録音したもの、多分それだけになるでしょう。その他の録音は、私が感銘を受けるような質のものではなくなってしまっているからです。「平凡」以外の感慨は受けられなかったのです・・・。

1963年までの彼女の歌唱については、余りにも音質が貧弱で、歌唱の細部のニュアンスが聴き取れないほどのものは割愛します(彼女の歌唱の豊かなニュアンスを指摘するのが目的なのに、それが聴き取れないほどひどい音質ではどうにもならないからです)が、それ以外は極力音質をクリアーにして、原則として所蔵のもの全てをご紹介いたします。一時、私がYouTubeにチャンネルを持っていたことをご存じの方もおいでかも知れませんが、そのときより音質を向上させるよう努力しております。ただし、結局YouTubeにアップロードする際にエンコードしますから、どうしても音声は圧縮されます。手に入る限り、極力CD音源をお求めになることをお勧めいたします。

音源につきましては、デッカのスタジオ録音のものは、2014年に発売された、「大全集」(写真:私所蔵のもの)から採りました。その他は記事の中でそのたびごとにジャケット写真と共に音源としたCDをご紹介いたします。

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ブログでご紹介する順序は、ISSUUというサービスにアップロードされている、Renata Tebaldi Cronologia 2014の情報に従って、年代順に古いものから、ということにいたします。(特にログインなさらなくても、ご覧になれます。ダウンロードはできません。)但し、ヴェルディの『レクイエム』については個人的な事情もあり、また、テバルディへの追悼の意味も込めて、最後にご紹介いたします。それから、最初にちょっとした特集記事を連載しますので、その際は年代を飛んで音源の一部をご紹介することになります。その後は、年代順になります。

「ブログの作成について悩んだ」というのは、どこまでをご紹介するか、ということからだけではありませんでした。ブログというものは、更新しなければ、ブログサービスによって削除されてしまうからです。非常に厄介です。私のような目的のブログ主は、ご紹介する音源が尽きたら更新も終わり、です。

今回は特別な事情のない限り、『レクイエム』までご紹介し、あとは削除されるに任せる、ということになるでしょう。私はいい歳をした女ですが、それまでに、老若男女を問わず、テバルディのファンの皆様、テバルディにご興味をお持ちになった皆様とこちらでお会いできることを心より願っております。

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追記:本当は、テバルディの誕生日である2月1日に開始しようと思っていました。ですが、慣れないブログサービスを利用するにあたって、操作に慣れる必要があり、大事な記念日に先立って始めることにいたしました。

ともかく、しばらくは彼女の伝記的記述と歌唱に関するインタビュー集を繰り返すことになります。その後の記事は大幅に書き改めておりますし、動画も再作成しておりますので、定期的な更新は不可能だと予想されます。どうぞ、ご了承下さい。