読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

略伝(1) 誕生、父母の離別

テバルディ 略伝

f:id:AkankoMarimo:20170112103728j:plain

レナータ・テバルディの伝記的記述をするにあたって、私がが主に依拠したのはCarlamaria Casanova著、Connie Mandraccia DeCaro英訳の"Renata Tebaldi The Voice of an Angel"です。(左写真)この書籍は著者、訳者ともテバルディの友人だった人たちであって、そういう人達から、書く対象を突き放した、批評的な伝記は残念ながら期待できません。ただ、この書籍は、一番確実に入手しやすく、比較的平易な英語書かれているため、お読みになれる方も多いのではないかと思われます。このブログでは、私ががふれる必要を感じた箇所のみから記述し、部分的には他の文献から補足しておりますので、この書籍を全てお読みになりたい方はお買い求め下さい。

レナータ・エルシリア・クロティルデ・テバルディ(Renata Ersilia Clotilde Tebaldi)は、1922年(大正11年)、2月1日、ペーザロで生まれました。父はテオバルド・テバルディ(Teobaldo Tebaldi)、母はジュゼッピーナ・バルビエーリ(Giuseppina Barbieri)でした。彼女の父母は、第一次世界大戦下の混沌の中で出会ったのです。テオバルドは出征中、脚を負傷して、ジュゼッピーナの故郷、ランギラーノ(Langhirano)で療養を余儀なくされました。ジュゼッピーナはそこで看護師をしていたのですが、「伝記」には「典型的な一目惚れ」として紹介されているように、負傷兵と看護師のよくある一時的な愛情の高揚に、後先考えず陥った模様です。二人は結婚し、1920年、テオバルドの故郷、ペーザロに住みました。

テオバルドの職業は音楽家、チェリストでした。実は彼はジュゼッピーナより6歳年下でした。それも理由として挙げられていますが、テオバルドはどうやら一人の女性に誠を尽くすタイプではなかったようで、二人の結婚生活は最初から不安定でした。テオバルドの一族もあまりこの結婚に諸手を挙げて賛成、というわけではなかったようです。とにかく、1922年のレナータの誕生もこの結婚の絆を強める助けにはならず、レナータが3歳になったときには、母ジュゼッピーナは、娘を連れて故郷のランギラーノに戻ったのでした。こうして、レナータは父親のいない家庭で育ち、それを当然のこととして受け入れざるを得ませんでした。