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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

略伝(7) カラスとの確執

テバルディ 略伝

トスカニーニに起用されたからといって、急に仕事が激増したわけではありませんでしたが、テバルディの名声は徐々に浸透しつつあり、劇場への出演回数も増えていきました。彼女の出演記録で一番信頼できるのは、ISSUUにアップロードされているRenata Tebaldi Cronologiaです。リンクからサイトに飛べるのでご興味があったらご利用下さい。(ちなみにイタリア語で書かれており、ISSUUのドキュメントはPDFではないのでダウンロードはできません。)

筆者の依拠しているCasanovaの「伝記」の一番重大な欠陥は、テバルディのキャリアの中で大きな比重を持っていたスタジオ・レコーディングの際のエピソードが一切書かれていないことです。デッカがどのような経緯で彼女と契約したのかも全く書かれていません。レコードの売り上げの上昇が彼女の名声の上昇に拍車をかけたこと、それにつれ劇場への出演機会も増えたことは容易に想像できるだけに、これは非常に残念なことです。

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戦時中に恋仲になった幼なじみのアントーニオは医師の資格を取りましたが、自分の結婚相手には家にいてもらいたいという主義の男性だったため、歌手としてのキャリアが開けつつあるテバルディは彼と別れるしかありませんでした。後悔はしなかったものの、傷心の彼女は同時期に共演したニコラ・ロッシ=レメーニとの恋に慰めを見いだしました。(左写真:ロッシ=レメーニ)ただ、ロマノフ家の血統を誇る彼女の母親はこの関係を喜ばず、テバルディも相手方の母親と悶着を起こしてまでこの関係を深めるほどの恋愛感情を持てなかったようです。この恋愛は実を結ぶことなく終わりました。

出演回数が増えるにつれて、困った問題も起きました。テバルディを知る方々には周知の事実ですが、彼女は父親に似て長身でした。ところが、正確な身長の情報は曖昧なのです。「伝記」には二通りの記述があって、どちらが正しいのかわかりません。2008年版の「伝記」35ページには5フィート9インチ(約175cm)とあるのに、142ページには5フィート10インチ(約178cm)とあるのです。たいした違いではありませんが、彼女は確かに長身で、相手役が小柄なことも多く、舞台で見たときの違和感はどうにもなりませんでした。1950年のアレーナ・ディ・ヴェローナでの『メフィストーフェレ』では最初、ジャチント・プランデッリファウストとキャスティングされていましたが、地元のひいき歌手が起用されそうになりました。この歌手は小柄だったので、テバルディが地面に立っているのに、そばに設置された壁の土台に立たなければ彼女と釣り合いが取れませんでした。当然、結果として滑稽な様相になってしまいました。最終的にはプランデッリが起用されたので、なんとか問題は解決しましたが、この問題は彼女のキャリアの間、ずっと彼女の悩みの種になりました。

この頃、将来、テバルディの生涯にわたって彼女に忠実に仕えることになるエルネスティーナ・ヴィガノ(通称ティーナ)も彼女のファンになっていました。ティーナは家事全般が得意で、絵を描くのも上手かったそうです。彼女は美しい絵入りのファンレターをテバルディに送り続けたましたが、あるとき、「これが私の夢です」という書き込み入りの、メイドの装いをした自分の写真を送ってきました。テバルディは驚きましたが、娘の行くところどこまでも付き添って家事全般を行い、舞台裏では衣装やメイクを手伝っていた母の健康状態が下降し始めると、この申し出を真剣に検討しなければならなくなりました。

また、テバルディの方針も定まってきました。公演の終わりには派手なカクテル・パーティーなどの開催が頻繁に行われ、彼女は必ず招かれていましたが、派手な社交界のうわべだけの会話にすぐに飽きてしまい、そうした招待をことごとく断るようになりました。最初は人々は困惑しましたが、やがてそれを受け入れました。

筆者はマリア・カラスについて、このブログでは極力触れないつもりです。筆者はこの歌手の声音や歌唱法についてどうしても違和感を払拭できないからです。しかし、テバルディとカラスの確執についてはいろいろな怪情報が飛び交っているので、少なくともこの「伝記」ではどう書かれているか、最低限だけ書いておきます。

問題が起こったのは1951年のリオ・デ・ジャネイロへのツアーでのようです。このとき、イタリアで人気上昇中の歌手達で組まれたコンサート・ツアーが企画され、テバルディとカラスも一行に加わっていました。Cronologiaの34ページを見ると、問題のコンサートの詳細が載っています。それは「伝記」の情報と少し違っています。このコンサートで、カラス側は、アンコールの要求があっても歌わない、という合意があった、と認識していたそうですが、テバルディはアンコールを2曲歌ったというのです。Cronologiaではアンコールは「アヴェ・マリア」1曲しか歌われていないので、これはおかしな記述です。どちらにせよ、テバルディ側は、「アンコールを受けないという取り決めはなかった」という理解だったそうで、これがもめ事の発端だったと。当時のライブを聞き慣れている身からすると、執拗なまでの拍手に答えずにいると、いつまでも歌手は控え室に戻れない、という事態になりかねなかったのです。テバルディは仕方なく、アンコールに応じて、コンサートを無事に終えたかっただけではないのでしょうか。それを逆恨みするのは大人げないことだと、私は思います。

ともかく、さらに、あるディナーの席でももめ事は起こったようです。テバルディと母、メゾ・ソプラノのエレーナ・ニコライが夕食をしたためているところにカラスとメネギーニがやって来ました。このツアーより先、テバルディはスカラ座における『椿姫』の公演で、大失敗しました。彼女の失敗だけでなく、他の不幸な事件の連鎖で、ブーイングこそなかったものの、テバルディ自身にとっても非常に苦痛な思い出になった公演でした。当の1951年2月3日の公演では、まず、「乾杯の歌」の時、シャンペン・ボトルのコルクがオーケストラ・ピットに飛び込み、笑いを誘いました。次には背景が道具係の上に落ちかかって不安を醸し出したし、三幕のジプシーの踊りでは、プリマ・バレリーナが転んで尻餅をついたまま登場、テバルディも一幕の"gioir"を二回、歌い損ねた上、"Addio del passato"ではラ音が出なかったそうで、これは不運としか言いようがない公演だったのです。カラスの側の説明では、このことについてテバルディ側がマネージメントを非難したのが不快だった、自分はその3ヶ月後にそこで公式デビューしたから、というものだったそうです。一方、テバルディ側は、「カラスは自分に、あなたは『椿姫』を歌わない方がいい、歌う回数を減らした方が需要が増えるでしょう」と言った、という説明をしています。これは、テバルディ側の話の方が信憑性が高いでしょう。カラス側の話は変に回りくどく、すんなり納得しがたいからです。

とどめは、テバルディがサン・パウロに移動して『アンドレア・シェニエ』に出演している間、リオにとどまったカラスが『トスカ』で失敗し、観客が地元歌手を望んだけれど、マネージメント側はテバルディを呼び戻し、『トスカ』を代わりに歌わせたことが発端になりました。これをカラスが陰謀だと解釈したというのです。実際、Cronologiaでは35ページで9月25日、テバルディはサン・パウロで『アンドレア・シェニエ』に出演しており、26日にはリオで『トスカ』を歌っています。これは信用できそうな話です。

いろいろな情報がネット上に広がっていますが、少なくともこの「伝記」では、その後、カラスはTIMEの記者に、自分とテバルディを比べるのは「シャンペンとコニャック、いえ、コカ・コーラを比べるようなもの」と言ったと書かれています。この本には書かれていませんが、「コカ・コーラ」というのはTIMEの記者が悪意で付け加えたものらしいのです。「コニャック」で終わっていたのなら、カラスは至極妥当なことを言ったことになるのですが、実際はねじ曲げられた話が掲載されました。これについて、テバルディは特にコメントしませんでした。但し、同じ記事で、カラスが、テバルディが独身であることに触れて「バックボーンのない女」と言ったのに対しては、テバルディは「それは本当かもしれませんが、私には彼女にないものがあります。「心」です。」と反論したとのことです。

ともかくも、当時のマスメディアの思惑は、突出した二人の歌手を意図的に「ライバル」に仕立て上げ、尾ひれを付けた記事を載せて読者を増やし、そのうまみを得ることでしかなく、前述の話もどこまでが本当か、今となってはわからないし、当時でさえ、双方の言ったことが歪曲、誇張され、対立を煽る方向に向けられたため、お互いが本当は何と言ったのか、事実は当人達にもわからなかった、という始末でした。

ですから、今となっては、テバルディとカラスの「どちらが悪かった」などと勝手な決めつけをすることは不可能なのです。真相がわからない、当人達さえ知らない、という状態だったのですから。マスメディアの築いた過去の虚構にいつまでも振り回されるべきではありません。所詮、下らないゴシップ以上の何物でもなく、ましてや音楽とは全く次元の異なる、気にとめる価値のまるでない話ではないでしょうか。どちらを愛好するかは、完全に、聴き手の好みの問題で、「勝負」や「正邪」に置き換えるのは筋違いなのです。