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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

略伝(10) バジーレとの出会い

テバルディ 略伝

テバルディは本気で引退を考えるところでした。ですが、ニューヨークでのミサを取り仕切ったスペルマン枢機卿の、「美しい声は聖なる贈り物ですから、皆さんと共有なさらなければ。」という言葉や、この事態を知って彼女の元にやってきた、今は年老いた恩師カルメン・メリスの強い後押しで、歌を続けることに決めました。

私が彼女の歌声を聴いてきた限りでは、母親の死はやはりテバルディにとって大きな転機だったと思います。メトロポリタンにデビューしてからというもの、世界中に広がってしまった公演地や忙しいスケジュールの中、彼女が美声を保ってこられたのには母親の支えが大きかったと思われるのです。実際は声の衰えは少しずつ始まっていたのだと思いますが、この後のテバルディの歌は、より慎重になりました。キャリアのスタート時は無茶なアンコールでも恐れることなく応じていましたが、そうしたことはなくなってきました。声のコントロールが甘くなり、元々苦手な最高音が金属的になるか、出きらなくなるようになりました。要するに、彼女の母の死の頃までが、テバルディの全盛期であって、一般に考えられているよりそれは短かったのではないかと思っています。

ともかく、テバルディは、カルメン・メリスに新しい役に取り組む際は必ず相談していましたし、この辛い試練の時も手をさしのべてくれたのを忘れませんでした。メリスは1967年に死去しましたが、その晩年は困窮していたそうです。テバルディは援助の手を惜しみませんでした。メリスの死後、遺族がテバルディに送ってきた遺品は、かつてテバルディが師に贈った金製のロケットで、中にはテバルディの写真がはめられていました。

テバルディはもともと歌い始める時期だと思っていた『蝶々夫人』で復帰することに決めました。1958年1月23日、バルセロナのリセウ劇場で、彼女は初めて『蝶々夫人』を歌いました。彼女自身の認識によると、『蝶々夫人』はソプラノ歌手にとってはキャリアの後半で歌うべきものだけれど、あまり遅くなってしまうと、歌うだけの声が残っていない、という事態になるので、タイミングが難しく、それはテノールにとってのオテッロの問題と似ているのだそうです。

身長178cm(175cm?) のテバルディには、15歳の日本人の少女を演じるのはかなり辛かったようです。メトでは青山圭男の演出で歌うことになりましたが、もともと動くのが敏捷でないテバルディは二重の裾に躓き通しで、最後には泣き出してしまったそうです。動きはともかく、スコアはイタリア・オペラなのだから、という理由で、彼女は歌のスケールを縮小しようとは考えませんでした。

同年の同月、有名なカラスの「ローマ・ウォークアウト」事件がありました。イタリア共和国大統領グロンキが臨席していた『ノルマ』の公演途中、第一幕後にカラスは舞台を降りてしまいました。実際カラスはこの日、体調が悪かったようで、それは考慮されて良かったはずだったのです。しかし、その後のカラスのキャリアは終焉に向かっていきました。メトやシカゴでは出演要請を断り、スカラ座との蜜月も5月に終わりを告げました。オナシスと出会ってメネギーニと離婚したのもこの年でした。

スカラ座は変わり身が早いと言おうか、テバルディに接近し始めました。それでも、テバルディの、スカラ座支配人ギリンゲッリへの不信感は大きかったので、文科相の介入を受けてからやっと、スカラ座ブリュッセルでの博覧会におけるイタリアブースの公演に『トスカ』で出演することに同意しました。

10月は、メトロポリタンの75周年記念公演のオープニングで『トスカ』に出演しました。特別にヴァン・クリーフから貸し出された、ナポレオン妃ジョゼフィーヌの宝飾品一式を身につけたテバルディのトスカの姿は、当時のTIME誌の『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』として表紙を飾りました。

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相変わらず世界中を飛び回る生活が続き、翌年の5月にはパリ・オペラでの『アイーダ』に出演しました。この模様はヨーロッパ中で放映され、今でも一部がYouTubeで見られます。彼女の出来としては今ひとつですが・・・。

この頃までに、テバルディの友人ニーニ・カスティリオーニに、指揮者アルトゥーロ・バジーレが、頻繁に自分をテバルディに紹介して欲しいと接近していました。バジーレはテバルディの母が夢枕に立つ、とまで言ってきたそうです(!)。結局二人はエンパイア・ステート・ビルの展望室でカスティリオーニに引き合わされました。これがテバルディとバジーレの泥沼の不倫の始まりとなりました。