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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

略伝(12) 変調、ジョコンダへの挑戦

テバルディ 略伝

以前の項で書いたとおり、実はテバルディの全盛期は母親の生きている間までがせいぜいだった、と思います。彼女は全力疾走しすぎたのではないでしょうか。レパートリーに気を配ってはいたのでしょうが、リリコ・スピントとしては最強といえる彼女にも、限度はあったはずで、彼女のスケジュールはそれを超えてしまっていたのでしょう。その後はバジーレが彼女を振り回し、ただでさえ下降線をたどり始めた彼女の心身のバランスを壊してしまいました。声が楽器である歌手にとって、これは致命的なダメージでした。

実際、テバルディの喉に問題が起きたのかどうかはこの「伝記」には明記されていません。私は何らかの問題が起こったと思います。この後にリリースされたリサイタル盤(写真)での彼女の声はもはや以前のビロードのような響きを失っています。実に微妙だったコントロールも失われ、高音は無理に怒鳴るようになってしまいました。

彼女がヴォーカル・コーチに、バジーレが以前紹介したウーゴ・デ・カーロ(この伝記の英訳者の父親ですが・・・)を起用し始めたのも問題があったと思います。彼女の声を極力温存する方向ではなく、すり減らす方向へ導いたとしか思えないのです。

しかし、"The Way to Sing---Secrets of Bel Canto"の中にはテバルディのこの頃の話が載っています。「だんだんひどくなりました・・・私の声はどんどん重くなって、コントロールするのが難しくなりました。そして、ついには出なくなってしまいました。私はウーゴ・デ・カーロとレッスンを始めました。3ヶ月後には、私は戻れる、と感じるようになりました。もう戻っていますけれど。全く奇跡です。声色は元のままですが、軽くなりました。20歳も若くなったように感じますし、以前より力強くなりました。私にとっては、生まれ変わったようなものでした。」(2007年版、9ページ目)ここから原文が読めます。The Way to Sing: Secrets of Bel Canto

ですが、この後の彼女の歌唱を聴いた私の感想は、若返ったとか、力強くなったとかという彼女自身の評価とはほど遠いものです。声が前に出なくなり、高音が完全に金属的になり、コントロールは結局取り戻せなかったのです。

それでも、彼女は1964年、『ボエーム』や『トスカ』(!痛んだ声には最悪の演目では?)、『オテッロ』、『シモン・ボッカネグラ』で歌い続けました。

1965年も、同じような演目でロンドンを含め、アメリカ中を廻っています。なぜかイタリアでの出演がありません。変わってしまった声に故国のファン達がどう反応するか。それに直面するのが怖かったのでしょうか。

1966年には、『トスカ』、『アンドレア・シェニエ』で歌うという無茶なことをしています。1月の『メフィストーフェレ』では(演奏会形式)マルゲリータとエレーナを歌いましたが、これが、デビューで歌った思い出深いこの演目での最後の出演となりました。

4月、メトロポリタン歌劇場は現在のリンカーン・センターの新歌劇場に移転するため、閉鎖前の記念コンサートが行われました。テバルディはフランココレッリと、『マノン・レスコー』からの"Tu, tu amore tu"「あなたなの、愛しい人」ではじまるデュエットを歌いました。歌手達は緞帳の切れ端を記念として受け取りましたが、テバルディには特別に、緞帳を引く金のひもが贈られました。

9月、新歌劇場での初登場にテバルディが選んだ演目は『ジョコンダ』でした。もう、喉が潰れても良いから歌いたいものを歌う、という覚悟だったのだろう、と思います。有名アリアの”Suicidio!”には”Perdei la madre, perdei l’ amore”「母を失い、愛する人を失った」という歌詞も出てきます。母と、バジーレを失ったテバルディの心境そのものだったから、かも知れません。ともかく、12月まで、『ジョコンダ』で通しました。(写真:ジョコンダに扮したテバルディ)

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1967年は、アメリカ・ツアーに『ジョコンダ』で廻っています。『マノン・レスコー』などを挟むときもありましたが、ほとんどは『ジョコンダ』で通していました。

1968年、やっとナポリで『ジョコンダ』を歌いましたが、すぐにアメリカに戻って2月と3月にまた『ジョコンダ』。それがこの挑戦の最後となりました。

彼女のスタジオ盤の『ジョコンダ』を聴く限りでは、一応この役を歌う余力は残っていたと思います。それなりに説得力のある『ジョコンダ』なのですが、声はもはや以前の美しさを欠いています。"Enzo adorato! Ah, come t'amo!"「エンツォ、どんなにあなたが恋しいか!」というところで高音が全く出なかった公演もありました。(ライヴに残っています。)

さすがに、これで圧倒的な声量と美声を誇ったレナータ・テバルディは力を使い果たした、と私は思っています。本来ならば、ここで引退を考えるべきだったと。しかし、彼女自身はまだ歌える、と思っていたのでしょう。前述の書籍からの引用部分が、彼女の「勘違い」を明白に物語っています。この項の記述はもはや「伝記」にほとんど依拠していませんこの後の記述も、苦い現実から目を背け、ひたすら彼女を賞賛し続けています。客観性を欠く伝記の欠点の良い例です。