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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

発音と歌唱の関係

私はテバルディと他の歌手の比較をするときに、さんざん「発音」がどうのこうの、とうるさいほど指摘しましたね。「そんなのそれほどこだわる必要ないんじゃないの?」というお考えの方がいらしても不思議はありません。当のプロの歌手達が、あれだけ発音に無頓着な歌を「スタジオ録音」で残してしまっているからには・・・。

ところが、発音と音楽は関係ないどころか、大ありなのを発見しました。たまたま、音楽用語を参照するために常に座右に置いている、ずっと以前に購入した「図解音楽事典」(白水社 1998年第9刷)を開いていて、母音(日本語ならあ、い、う、え、お)の種類によって、乱暴に言ってしまうと、周波数が違うことを発見したのです。(今更・・・。)

この事典についている母音の種類による周波数の違いは、英語の母音を元に図解されていますので、イタリアのTreccani大事典のHPに行って、イタリア語の母音の周波数の違いの図を頂いてきました。

ただ、この図を読み解く前に、少々解説が必要です。母音によって周波数が違うのは、むしろ当然なのです。そうでないと、私達は、自分たち同士が、どの発音をしているのか、聞き分けられないのです。特定の周波数の音を出すように、子供の頃から発話しながら無意識的に覚えていくことによって、周囲の大人と同じ周波数で母音の違いを発音できるようになる、そして初めて、コミュニケーションが取れるのです。勿論、言葉は母音からだけで出来ているのではありません。子音もあります。こちらは、母音と発音の仕組みが違いますね。

私は英文科卒ですから、大学で「音声学」という時間がありました。主に、発音の仕組みについて研究する科目とでも申しましょうか。私が履修したのは当然、英語の音声学です。母音は、発声ポイント(のどの奥の方からか、口の前の方からか)を正しくすることと、唇の開き方、狭め方などを変えて調音することによって、正しい発音ができるようになります。子音は発音の仕組みが違う、と書きましたが、要するに、子音は、濁音の場合、声帯を震わせ、声を出しながら、息を、出したい音によって、しかるべき位置でいったんブロックしたり、摩擦したりしながら出します。清音の場合は、声帯を震わせず、息だけ出しながら、やはり、ブロックや摩擦を作りながら調音します。

日本人は"thank"の"th"(清音)や"this"の"th"(濁音)を発音するのが苦手な方が多いですね。もしかしたら、中学の時、先生に、「上の歯と下の歯で舌の先端を挟んで発音する」とか教わりませんでしたか?それは・・・実は正しくない説明です。むしろ、「舌の先を上の歯にあてたまま、下の歯との狭い隙間から息を通すように摩擦しながら発音する(発音し終わったら、舌はすぐ次の音の調音の位置に移動させないといけませんけど)」というのが正しい、と思います。濁音の時は声帯を震わせます。それを確認するのには、のどに指を当てるとわかります。声が出ているときは、震動が指に伝わります。出ていないときは、指には震動は感じません。舌を歯で挟んでしまったら、息を出す余地がないのです。

言語によって、母音の周波数も、子音のブロックや摩擦の仕方が違います。それを上手く調整できないと、外国語の発音は習得できません。

さて、「どの母音かによって、周波数が違うのは当然」と書きました。周波数の違いを私達の脳が聞き分けているから、相手が「あ」と言っているのか、「い」と言っているのか認識できている、ということです。

ここで、例のTreccaniから頂いてきたイタリア語の母音の周波数の違いの図を貼り付けますが、もう一つ、あらかじめ解説を。図はグラフの形をしていますが、縦軸と横軸が何を表しているのか、を解説する必要があります。

「フォルマント」という言葉があります。手持ちの「ブリタニカ国際大百科事典」(IC辞書です)によると、「音響的にある音の音色と特徴付け、音色の異なる他の音から区別させる周波数成分、またはその集まり。一般に有声音は、75~300サイクルの基本周波数と無数の高調波に分析されるが、声道の共鳴のために特定の成分だけが強められ、特有の言語音として聞こえる。音声スペクトログラフにかけると、その共鳴部分が濃い縞模様として現れる。それを低いものから順に、第一フォルマント、第二フォルマントと呼ぶ。(後略)」

わかったような、わからないような、でしょうか。とにかく、どの母音かによって特定の周波数(個人差があるので、点ではなく、グラフも母音によって輪の形になっています)が決まっている。だから、どの音か聞き分けられる。実は、そういう仕組みになっていたのですね。下のグラフでは、第一フォルマントが横軸、第二フォルマントが縦軸になっています。

 

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「あれ?イタリア語の母音って、a,e,i,o,u だけじゃなかったっけ」と思いますよね。私も台本を写しとるとき、よく間違えて苦労するのですが、実はイタリア語の「e」と「o」には二種類あるのです。「é」(狭いe)「è」(広いe)と 「ó」(狭いo) 「ò」(広いo)です。ところが、これが、しっかりイタリア語の音声を習った人でないと、聞き分けられない。更にやっかいなことには、今は、ちゃんとした文法書でも、「現地でももう発音の仕分けはされていないので、特に違いを覚える必要はない」と書かれて片付けられていることが多いのです。本来は、声楽家は発音し分けないといけないのですが、あれほど発音の綺麗なテバルディでも、どうも正しく発音し分けているとは思えないくらいです。お気づきの通り、アクセント記号の向きで、区別されているのです。表記上は。(この向きを間違えてしまうので、苦労するのです。)でも、現地でも一般的にはきっちり発音し分けられていない、ということなのです。

どの言語でもある程度共通しているのは、より、のどの奥から発音する母音は第一フォルマントが高く、口腔内を余り広げずに発音する母音は第二フォルマントが高い、ということです。ですが、これは、言語によって相当差がありますから、プライスの英語の"e"(英語のeにも狭いeと広いeがありますから、どちらを使うかによりますが、どちらにしてもイタリア語とは違います)のままで歌われると気持ち悪い、と書いたのはこういう事情からなのです。

イタリア語の広狭"e"と"o"の違いは私にも聞き分けられませんが、テバルディの母音はa,e,i,o,uが非常に明確、ということだけは確かです。この辺がいい加減だと、違う音に聞こえるばかりか、周波数も変わってくるのですね!

子音については、くっきり発音した場合とそうでない場合の違いは、私の英語の知識を援用しますが、結局、息をいったんブロックしたり、摩擦したりしないと、狙った音が出せません。「ブロック」と言っても、たとえば"b"と言うときは(英語)いったん唇を閉じて、素早く開きながら息を出すのです。(破裂音と言います)ずっとブロックしたままだと、声が出せません・・・。先に挙げた"th"は摩擦音です。他にも破擦音とか流音とか・・・、いろいろありますが、英語の発音の解説の時間ではないので・・・。

ただ、たとえば、英語(米語)の"r"は流音です。ブロックとも摩擦ともつかない、舌の先を口腔内でそり上げることで微妙にそのまま声を出したときと違う音ができます。(そのまま息を出してしまうと、母音になってしまいますので。これも日本人は苦手な方が多いです・・・上あごにくっつけてはいけないし、舌先を上手くそり上げないとその音が出ません)でも、同じ流音に位置づけられるようですが、イタリア語の"r"はいわゆる「べらんめえ」の時のような、巻き舌音です。ただ、文法書でも、「二重の"r"や、強調したいとき以外は1,2度しか巻かない」と書いてありますから、フレーニのように語尾で「ルルルルッ」と巻いてしまうと、余韻が残って、汚くなるのです。それに、そこでフレーズが終わるのなら、強調する必要がどこに?

長くなりましたが、子音は何らかの形で息をいったんブロックしたり、摩擦したりしないとくっきり発音できないのです。そうなるとどうなるか。くっきりした子音による発音によった発声は、たとえるなら、ちゃんと骨組みのある建物です。が、これがぐしゃぐしゃだと、こんにゃくでできているような建物のようになる、とでも言ったら良いかと。全く、感覚的に表現しただけですが。私はヨーロッパのオペラに関する限り、こんにゃくのような歌は、聞きたくないです・・・。ただ、子音の響かせ方も、言語によって微妙に違います。イタリア語の"t"はドイツ語の"t"ほど強くないのに、ニルソンの"t"が強すぎる、と書きました。ドイツの方でも、強めにする方とそうでもない方で誤差があるくらいですが、英語の場合は"t"は、舌の先端を上あごの歯茎にくっつけていったんブロックし、それを歯の方にはじきながら息を出して発音します。(破裂音)このとき、強めに息を吐き出して破裂を強くすると、キツい"t"になります。むやみに強い"t"にしている歌手は、私の感覚ではドイツ語の歌でもちょっと気になるんですが・・・。

日本語は、いわゆるヨーロッパに広く根付いたインド・ヨーロッパ語族の言語より、子音の響きが弱いです。あまり子音をキツく発音すると、日本語らしく聞こえなくなるのです。ですが、現在のJポップの歌手は、ほとんどインド・ヨーロッパ語の子音の発音にわざと似せて、子音を強めて歌う傾向があるようですね。パワフルな感じやリズム感を出そうとしているのでしょうか。昔の学校唱歌であれをやると、変な歌に聞こえます・・・。絶対に。古い日本語の歌は、まさに、木造の日本家屋のようなのです。どっしりしたヨーロッパ風の建築物とは違うのです。

ともかく、母音はどれを発音しているかによって周波数が変わってしまうのですから・・・。いかにしかるべき発音が大切か、ご理解いただけましたでしょうか???別に、私は意味もなく、発音にこだわっているのではないのです。


さて・・いろいろ書きました。やっと、やっと次回から音源のご紹介に入ります。まずは最初期のスタジオ録音から。