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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1950年 ナポリ サン・カルロ劇場での『タンホイザー』(2)

LIVE タンホイザー

前回に引き続き、1950年3月12日、ナポリ サン・カルロ劇場で上演された『タンホイザー』のライブ録音の音源からの動画をご紹介します。

3. ワーグナー 『タンホイザー』 第二幕から "Indietro! Suoi giudici non siete!"

 

歌合戦がひとしきり行われて、ヴェーヌスベルクから戻って程ないタンホイザーはとんでもない涜聖的な歌を歌ってしまい、朋輩達に詰め寄られる、というのはご存じの通り(だと思います)。その後、抜刀してタンホイザーに詰め寄る騎士達をエリーザベトがいさめる場面です。

パリ版のディスクを全曲お聞きになったことのある方はご存じだと思いますが、このくだりの前にも参加している騎士の面々と合唱の合間でエリーザベトが歌う部分はありますが、この公演ではカットされています。この部分はオリジナルでは"Zürick von ihm! Nicht ihr seid seine Richter!"の所からです。ここの歌詞は、イタリア語版もなかなか忠実に訳してありますね。スコアを見ると、ワーグナーもテンポにはだいぶ指示を入れていますが、強弱や表現上の指示が殆どありません。"die ihn geliebt tief in Gemüte,"(こちらでは"Chi l’ adorò di santo amore")の頭にクレッシェンドがあります。"ich fleh’ für ihn, ich flehe für sein Leben,"(こちらでは"Di lui pietà, per la sua vita imploro.")は"ihn"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンド。"reuvoll zur Buße lenke er den Schritt!"(こちらでは"Contrito ei volge al suo pentimento già;")は"Bu"をフォルテに、クレッシェンド、デクレッシェンド。"lenke"ではもうピアノまで落とせ、となっています。他は、細かいアクセント記号などはありますが、特に、という指示はありません。

このあたりに来ると、さすがにオリジナルのエリーザベトもタンホイザーへの愛情を明らかにするのですが、イタリアの方では"santo amore"なのだという注釈がついて、毒消しをしています。オリジナルのヒロインのモデルが聖エリーザベトらしいので・・・(どんな方だったかは、Wikipediaに「エルジェーベト (ハンガリー王女)」という項がありますのでそちらをご一読下さい。

さて、ここをテバルディはどう歌っているか。何せ、前がカットされていますので、勢いよく登場。まだ28歳でしたが、相当威厳たっぷりです。"Barbari! Riponete il crudo acciar!"あたりを聞くと、誰もがビビって、慌てて剣をしまいそうです。"Di vergin casta i detti udite ancor, di arcan voler vi svelo del Signor."では、今度は厳かで、暗いトーンを入れています。多分、前回ご紹介したような「カナリヤ」系の歌手の方々は、ここで、ドスーンと響く低音が出ないでしょう。最後の"Signor."は1点ヘ♯から一度1点トに上がって、また1点へ♯に下がり、更に1点ハ音の下のロに下がります。さすがに最後のロはオケが巨大になるので、テバルディでも声を前に出せませんでしたが、オケが爆発するまで、ずっと彼女の声はくっきり響いています。イタリアのリリコ・スピントをなめてはならじ。

それでも、"Quest infelice"は非常にソフトです。さんざんヴェーヌスベルクでご乱行だったのがわかったのに、これだけかばうのは、本気で彼を愛しているからでしょう。「可哀想に」という気持ちが十二分にこもっています。かと思うと、"ammaliato"で音が2点ヘに上がるのに合わせて、語気を強めています。(恐ろしい魔術に)「取り憑かれた」結果なのであって、彼本来の罪ではなかろう、という解釈なのですね。何しろ、彼の救いを祈って死ぬ運命にある女性ですから・・・。

"no, ch’ ei non muoia, ancor dannato, il fallo in pria scontar dovrà;"この辺に強弱の指示はありませんが、彼女は"ancor dannato"を「ザ・リリコ・スピント!」と言うしかない強烈な張りのある声で歌っています。ほとんど山や谷のない歌がいかにつまらないかは、前回、現地の歌手達の例で(よりによって・・・)お聞きの通りです。その後も、音高が上がるのにほぼ合わせるように、強烈な声を張って、タンホイザーの救いの道を閉ざすのは酷なのではないのか、とかばいます。何だか、全然違う世界ですが、『西部の娘』のミニーを思い出してしまいました。

"Mirate come un vergin fiore, per lui di un colpo or appì!"の"vergin fiore"は自分自身を婉曲に表現しているのですが、このあたりはオリジナルでもはっきり、彼に好意を持っていたのだということが歌詞に出ています。「乙女の私だって、このように、ひどいショックを受けているのです!」と。ここまでお姫様に告白されてしまうと、礼儀正しい騎士達ならば、もう何も返す言葉がないでしょう。テバルディは"vergin fiore"や"per lui"は強烈ですが、他はごく柔らかく歌っています。内容が内容ですから。"Chi l’ adorò di santo amore, d’ atroce strale al cor ferì!"。"adorò"はクレッシェンドの山なので強いですし、"d’ atroce"の頭にはアクセントがついていますので強靱に歌われています。

"Di lui pietà, per la sua vita imploro."になると、完全に命乞いになっています。"Contrito ei volge al suo pentimento già;"と同パターンでクレッシェンドとでクレッシェンドがある2つのフレーズ。最初は"pietà"を目一杯盛り上げ、二度目は更に強力に"volge"(必ずしも歌詞が適切とは思えませんが)を歌ってフォルテの指示を守っています。

最後は、ローマ巡礼に行くのをなかば促しているような口ぶりですが、結局その通りになるのですね。最後の最後の音が中央ハの下のロですから、ワーグナーはカナリヤを念頭に置いてこの役を作曲したのではないと思いますが・・・。テバルディの低音は、今更また書く必要はないですが、しっかり響いています。オケが大音響だと、さすがにこうはいきませんけれど。この場合、歌詞の内容もありますが、暗いトーンはつけていません。厳かな感覚が伝わります。

とにかく・・・こういうエリーザベトを望むのは(しかも、ほとんどキャリアらしいキャリアはスタートしたばかり!)非常に難しいのが現実だったのです。

4. ワーグナー 『タンホイザー』 第三幕から "O Vergin santa, deh! mi ascolta!"

 

今回は巡礼の合唱の最後はカットしました。帰ってきた巡礼達の中にタンホイザーの姿が認められなかったエリーザベトは絶望します。それで、いっそのこと自分の寿命を縮めて欲しい、と聖母マリアに祈るのですね。ここのスコアは・・・いきなりフォルティッシモ!(珍しい!)"hör’ mein Flehen"(こちらでは"deh, mi ascolta!")の最後の"Flehen"はもうピアノに落とせと指示があります。"Zu dir, Gepries’ne"は"Gepries"("A te, gemente"の"gemen")を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンド。"rufe dich!"("volgo il cor;")はデクレッシェンドしろ、と。"Lass’ mich"は"mi"("sia la mia"の"la") を頂点に短いクレッシェンドとデクレッシェンド。"o nimm von dieser…"はまた"nimm"("da questa terra"の"ques") を頂点にクレッシェンドとデクレッシェンド。同じ歌詞の二度目、"o nimm von dieser Erde mich!"の"dieser"の("Fa grembo tu, raccoli tu."の"raccoli")上にピアノ。ここは細かいですね・・・。

しばらくなくて、"engelgleich"("salga in ciel")をクレッシェンドしろ、と。次の"eingehe in dein selig Reich"("questa dolente tua fedel.")の頭ではピアノ。忙しい・・・。"Wenn je, in tör’gem Wahn befangen, mein Herz sich abgewandt von dir"("Se mai da reo pensier turbato,
da te il mio cor si allontanò.")は頭に"Etwas bewegter"(少々動揺して)とあります。テンポも少し速めます。"Wahn"("pensier")からはクレッシェンド。"Herz"("il mio")にくるとデクレッシェンド。"gewandt"("si allon")あたりでピアノまで落とす。"wenn je ein sundiges"("se mai dell’ anima")ではクレッシェンド。"ein weltlich Sehnen"("desir mondano")は"weltlich"("sir mon")からデクレッシェンドして、"Sehnen"("dano")はピアノ。"so rang ich unter tausend Schmerzen"("con santo ardor lottai da forte,")のあたまに"Langsam"とあるので、ここからは遅くする。"tödt’ in meinem Herzen"("dentro il mio core.")はディミニュエンドで、"Herzen"("mio core")がまたピアノ。"Doch, konnt’ ich jeden Fehl"("Ma se un delitto debbo")の頭から最初のテンポに戻る、と。"so nimm dich gnädig meiner an"("deh! i tristi giorni tronca a me")はクレッシェンドしていって、"mei"("tron")にアクセント。次の"nimm dich gnädig meiner an"("e m’ accogli del tuo sen")はピアニッシモ。"un deiner Gnaden reichste Huld"("La santa grazia a mertar,")は頭にピアノ。終わり近くの"um deiner Gnaden reichste Huld"("La santa grazia a mertar,")はクレッシェンドしていき、"reichste"("a mer")でフォルテ。"nur anzufleh’n fur seine Schuld!"("saprò in eterno in ciel pregar!")は"anzufleh’n"("prò in eter")が強アクセントでクレッシェンド。"seine"は"sei"("ci")がフェルマータでデクレッシェンドし、"ne"("el")でピアニッシモ

・・・珍しく細かかったここのスコア。では、テバルディの歌は?入りは楽譜通りです。強烈に入って、指定の箇所で音量を絞っています。つぎもスコア通り。その後も、指示のある部分はその通り、強弱を調整しています。何も指示のない"Fa’ che innocente salga il ciel"の"salga il ciel"はどちらかというと甘すぎて、甘えているかのように聞こえるくらいです。"questa dolente, tua fedel"も指示がない。"dolente"は然るべく、悲しげなトーンが。

次の"Fa’ che innocente…"は指示のあるところでしたね。全くその通りに歌っているのでコワいくらいです。ここまで覚えられる人って???"con santo ardor lottai da forte, per soffocarlo dentro il mio core."は、指示のない最初のフレーズは心ゆくまま、"lottai"を強く響かせ、「戦って下さい!」と訴える。指示だらけの後半は、全くスコア通り。凄すぎます。"il mio core"でピアノまで落とすので、その前の高音部を強めに歌って、コントラストをつけているのですね。指示があればそれを守るけれど、ない場合、ある部分が引き立つように対照をつけられる。これが「凡庸」な歌手に出来ることでしょうか?"deh! i tristi giorni tronca a me, e m’ accogli del tuo sen"でクレッシェンド、デクレッシェンド、アクセント、ピアニッシモ、全てスコア通りです!!!この人は・・・。「凡庸」どころじゃありません。「天才」です!

指示のない"E posso allor il core afflitto, tornare puro, madre, a te."では、また驚くようなことが。"afflitto"「苦しむ」では本当に苦しそうなトーンが入っているのです!"a puro, madre, a te."では、温かく、優しいトーン。彼女は表現上の指示などなくても、味わいに飛んだ歌が歌える人だったのです。一度目の"La santa grazia a mertar,"のフレーズは指示通り、ピアノで入っています。そのまま静かに、清らかに歌い継ぎ、指示のない次のフレーズは強めに、心からの願いのように歌い上げています。そして二度目は指示だらけ。こちらは・・・あまりにもスコア通りなので、またしても驚愕!

これまでの中でここにはやかましく指示があるのはわかる気がします。テンポが遅くて、どちらかというと単調な祈りの歌なので、ワーグナーは起伏を十分につける必要を感じたのでしょう。この通り歌わない歌手は、たいてい、つまらない歌に(あくびの出そうな)してしまうところです。テバルディはスコア通りであるばかりか、指示のないところにも全く適切な起伏や表現をつけています。彼女がイタリア語歌唱しかしなかったからといって、ワーグナー歌いとして名を残せなかったのは、もはや理不尽としか言いようがないですね。

この時の一連の公演(1950年3月12,14,16日:この録音は12日のものです)が、テバルディのサン・カルロへの初登場でした。この時の公演で、テバルディはすっかりナポリの聴衆の心を捕らえてしまったのです。以来、サン・カルロは「テバルディ劇場」の様相を呈し、彼女が出演すると猛烈なリアクションが起こる、ということになりました。その模様は追々お聞き頂くことになるでしょう。


次回からは、彼女が初めて渡米した際に行われたコンサートでの録音から。