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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1950年 サン・フランシスコでのコンサート(1)

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今回から3回シリーズでご紹介するのは、FONO ENTERPRISE [FONO 1040]が出した、"My First Concert"というCDの音源です。(写真)

実は、このタイトルは問題だと思うのです。テバルディはすでにイタリアで複数のアリア・リサイタル(ジョイント)に出演していて、これは「外国での」初コンサート、という但し書きが付かなければならないはずなのです。

テバルディは1950年、初めてアメリカ・デビューしました。(もう?)10月にサンフランシスコで『アイーダ』や『オテッロ』に出演しています。このコンサートはよくある、オペラ公演におまけに付いてくるアリア・リサイタルの模様で、"Standard Hour"という番組で放送されました。それも、アメリカで。この頃のライブ録音としては音質が良い方だとは思いますが、なぜか曲によって状態がまちまちです。

このCDには、本来2日に分けて行われたコンサートの模様が一枚に収まっています。さらに、翌年の1951年、リオ・デ・ジャネイロで行われたコンサートから数曲がおまけに収録してあります。リオの方のは音が悪い・・・。ですが、折角ですからご紹介する予定です。

まず、今回は10月15日に行われたコンサートでの、テバルディの歌唱をご紹介します。なお、このコンサートは、ジュゼッペ・ディ・ステファノとのジョイント・コンサートです。まだ新進ソプラノに過ぎなかった(といっても、歌っている曲はプリマ・クラスの曲ばかり・・・恐ろしい・・・)テバルディが、一人でリサイタルを開けるはずもなく、これは当然のことだったと思います。

とにかく、この回のコンサートの白眉は、ステファノとの『蝶々夫人』からの第一幕のデュエットだと思います。彼女の『蝶々夫人』というと、1958年収録のセラフィン指揮のスタジオ盤が代表作、とされがちですが、「伝記」のシリーズでもデッカのアリア集の記事でも言及したとおり、その頃、もうテバルディの声の衰えは始まっていたというのが私の認識ですから、あれは必ずしも彼女のベストの歌唱ではないと思います。

このステファノとのデュエットでは、若々しい声が堪能できる上、ステファノがピンカートンにはまっていて、いいデュエットになっています。まだ望むべきものはあるとは言え。。。

聴いていただいた方が早いので、動画のご紹介に移ります。他の2曲はすでにスタジオ初録音のシリーズでご紹介した曲とかぶりますが、コンサートでのテバルディの歌唱の例として、重複であっても、敢えてアップロードしました。なお、指揮はガエターノ・メローラ、演奏は、サン・フランシスコ・オペラ協会管弦楽団です。この頃のサン・フランシスコ・オペラはまだ"San Francisco War Memorial Hall"という会場で行われていました。メローラは設立に関わった主要人物でした。

1. ボーイト 『メフィストーフェレ』 "L' altra notte in fondo al mare"

 

このCDは曲によって録音状態が違うので、調整に苦労しました。この曲の場合、少々シャリシャリ音が残ってしまいましたが、あまりノイズを消しすぎると音がやせますので・・・。例の、恐るべきスコアの曲ですね(苦笑)。♩=46にしても、指揮はややスローな印象を受けました。全盛期の彼女は、多少遅く振られたところで、全く息切れしません。このときは無理してトリルを歌うのを完全にあきらめたようです。それでいいんじゃないかと。中途半端にゆらゆらしているより安心して聞けます。"vola, vola…"は、例のとおりですから。。。好きなように歌っていますね(笑)二度目の"vola, vola…"の途中でデクレッシェンドしたり。最後の"pietà"では気持ちが入りすぎたのか、声がやぶれかけています。まあ、生ですから、このくらいの失敗はあり得ます。コンサートでのテバルディの気分の入り具合は丁度、スタジオとライブの中間ぐらいです。(私の聞いた限りでは・・・)。このアリアには相応しい、暗澹たるトーンを出しているところはさすがです。


2. ジョルダーノ 『アンドレア・シェニエ』 "La mamma morta"

 

こちらは、テンポ・マニアのジョルダーノ先生の曲。このアリア自体はそれほどめまぐるしくテンポが変わるわけではないですが。この先生の問題は、頓珍漢な強弱指示でしたね。テバルディはテンポは多分指揮者任せで、強弱は自分で適切、と思ったとおりに歌っていたのだと思います。そうしないと、聞いている方が納得いきませんから(苦笑)。この曲の録音状態は多少ましでした。前回のような、熱血テバルディではありません。悲惨な暮らしぶりを物語るくだりはさすがに声に悲しみのトーンを入れていますが、ライブのように、半ば涙混じりにまではしていません。ベルシのところも、あそこまでやっていません。しかし・・・。それでも、全力投球の歌ですね。これだけ熱唱されてしまうと、圧倒されるしかないです。ただ、最後の"l'amor!"は気持ちが入りすぎてしまって、やはり少々声がやぶれかけています。まだ若かったですからね。この辺のコントロールが少々未熟です。


3. プッチーニ 『蝶々夫人』 "Viene la sera---bimba dagli occhi"

(第一幕のデュエット)

 

この曲も、音質が比較的ましでした。

私は、1958年のセラフィン盤にはいろいろ問題があると思います。まず、テバルディが臈長けすぎてしまって、15歳の日本人の少女にはどうしても聞こえません。それはそれで看過したとしても、スズキに、美声だけれどどちらかというと硬質でトーンの高いコッソットをもってきたのは間違いだったと思います。また、ピンカートンは、ここでのステファノの方が「らしい」と思います。ベルゴンツィの歌は立派ですが、いい加減な男にしては生真面目に聞こえてしまうのです。

ここからずっと聞かせるって・・・。ずいぶん大サービスです。最初はピアノで入れという指示。まぁ、このくらいでしょうかね。テバルディが"e felice"で弱音にしていくのは、デクレッシェンドの指示があるからですが・・・。覚えていた?!それにしては"E fuori il mondo"が少々大きすぎ・・・。その前のフレーズからまたピアノの指示になっていますので。"E ancor!"で声を張るのは、フォルテの指示があるから・・・。この時の写真を見る限りでは(写真写りが良くないので敢えて貼りませんが)譜面台は写っていないのです。どうも・・・覚えていたようですね。恐ろしい・・・。"Irata voce mi maledice"ではメゾフォルテに落ちます。チト"Butterfly"がデカいですが、"Rinnegata, e felice"でピアノに落としてから"fe"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンドの山を作ります。彼女は"Rinnegata"自体をデクレッシェンドしていますね。後はピアニッシモに聞こえますが、ソフトの波形を見ると微妙に"fe"が強くなっているのです!安定している上に、相当スコアを徹底的にさらったらしいのに感服。

ステファノさん、"Bimba dagli occhi…"はピアノで入れ、となってますけど・・・。それ、ピアノじゃないですよね・・・。こういう所が彼らしいと言えば言えます。"fra candidi veli"がクレッシェンドの山だということだけは実践。"Somiglia…"からのテバルディ、やはりピアノなんですが、少々大きめのような・・・。ですが、いつものようにレガートでつなげていないのはさすがなのです。ずっと、三連符で区切られているのです。"E li prende…"からやっとレガートになる。メゾフォルテにしては大きい?ですが、"E vi reca"を"incalzando un poco"(少々熱を込め)のとおりにしているのや、"negli alti reami"をラレンタンドなので、スローにしているのは凄い。ステファノはだんだんクレッシェンドしないといけません。その通りですね。何とか、「愛している」と言わせたいのですから。プッチーニの強弱指示はいかにも適切なのが、さすが、作曲家一族の末裔。次のテバルディの入りの"Le sa!"がフォルテなのもまさに、適切で、彼女自身声を張ってますね。最後の"d’ averne"までデクレッシェンドして、そこから、またクレッシェンドで"morir"を締めろ、と。(同時にラレンタンド。)うーん、デクレッシェンドのままかも知れません。ラレンタンドにはなっています。

ステファノの名誉のために書いておきますが、"Ma dà vita"は確かにフォルテです。"e sorride…"からピアノ。この辺は守っていますから、彼がずっといい加減だったとは言いません。

テバルディの"Adesso voi…"からはやっかいな注文が。"con intenso sentimento"(熱烈な感情を持って) 次が "entusiasmandosi"(興奮して)って。。。どう違う?テバルディは"siete per me"の方を強力に歌っていますね。その後は文字で"cres."とありますから、クレッシェンドです。お安いご用のようですね・・・。とにかく、楽譜通り歌えば歌詞の気分とマッチしてきます。こういうほうが、歌手にとってはありがたいのでしょうか。

"Siete alto, forte…"からは"con espansione"(十分感情を吐露して)といった指示。これはどうするのか・・・。テバルディは声を張っています。そのあとクレッシェンドやデクレッシェンドの指示が細かくついていますが、あまりその通りにはしていません。むしろ、指示のない"Or son contenta"の歌い分けが絶妙です。一度目は声を張り、二度目は弱音にしています。しっかり歌いきって、「今は、満足なんです」、歌詞そのままです。いくら、一族、取り巻き全員から見捨てられても、あなたが居てくれれば良いんです、という蝶々夫人の心情が出ています。

その後がこの役を歌うプリマの正念場。実は、ヴォーカル・スコアに指示はありません。その前の導入の伴奏に"dolcissimo espressivo"(表情豊かな優しさの限りで)とピアニッシモの指示があります。テバルディはそれをそのまま、自分への指示として歌います。"Vogliatemi bene…"からです。"un bene da bambino"にはヴォーカル・スコアにもピアニッシモの指示が。そのまま2点イまで"bam"をつり上げますので、これはリスキーです。ピアニッシモで高音を歌うのはきついからです。ここは余りにも美しく決まっているので、"conviene"が少々大きくなりすぎたことくらいしか、文句のつけようがありません。次の"vogliatemi bene…"からは伴奏にしか指示がありません。テバルディは抑えたまま歌い続けています。"umili e silenziose"の"zio"がピアノになっていて、その後はクレッシェンドとデクレッシェンドの指示がありますが、少々"zio"に気を遣いすぎたのか声が消えかかります。大して問題には聞こえませんが。"ad una tenerezza"からはむしろ遠慮なく声を張っています。

蝶の標本のくだりは、テンポが速まりますが、強弱の指示は特にないのです。ト書きは「おびえた表情で」とかありますが。テバルディは声を張って、悲鳴に近いトーンを出すことで恐怖感を表しています。

ステファノの方は"Io t’ ho ghermita…"から丁寧に延ばしながらクレッシェンドですが、同じ調子で歌っているような。まあ、熱烈な調子は出ていますからオーケーでしょう。蝶々夫人の方には指示がないですが、"Sì, per la vita!"をテバルディは強烈に歌っていますね。それが本来のヒロインの願いですから・・・。

ステファノの"È notte serena"と"Guarda, dorme ogni cosa"は適切です。最初がフォルテで、次がピアノですから。次のテバルディの入りはピアノの指示。最初はその通りですが、早く大きくなりすぎかな、と。二人で声を合わせるときはまるで巨声合戦になっていますが、別に指示はないので、これでもいいのでは?と。

次のテバルディの"dolce notte quante stelle…"からは"dolcissimo"の指示が。その通りですね。これほど柔らかく歌うって・・・。ビロードのような声で。彼女にしかできないでしょう。臨時記号でフレーズごとに移調していく(イ長調ロ長調→変イ長調変ロ長調)この辺は、調が移行するにつれてそのまま盛り上げていくのがすんなりいくかと。そう歌われていますね。

"Oh! quanti occhi fissi attenti"に入ると、はっきりスコアの調号が変わります。ヘ長調に。二人ともまた巨声合戦。当然ですが。盛り上がりの頂点ですから。少々テバルディの"Oh!"はうわずっています。ずっとそのまま行って、ピンカートンのソロ部分。彼は別に弱音にする必要はないのですが、次のテバルディの入りは彼の歌い終わりとかぶるのに、ピアノで入れと。それだと声が消されると思ったのか、テバルディは入りは大きめに、フレーズの途中から弱音に落として("quanti occhi fissi attenti")"Quanti sguardi ride il ciel!"のクレッシェンドで盛り上げます。"Ah, dolce notte! Tutto estatico d’ amor ride il ciel!"はいったん"dolce notte"でピアノに落としてからクレッシェンド、最後はハイCです。その通りに歌っていますが、彼女には珍しく、ハイCがうわずり気味。出過ぎですよ・・・。テバルディさん。出し過ぎたせいか、あまり維持は出来ていません。でも、このくらいでも構わないかと。

この日の彼女は少々コントロールが甘かったですかね。しかし、"Vogliatemi bene…"の出来はさすがでした。

 

次回は11月に同地で行われたコンサートから。