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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1951年 ナポリ サン・カルロ劇場での『ラ・ボエーム』(1)

LIVE ラ・ボエーム

1951年以降になると、テバルディの音源も一気に増えてきます。まず、スタジオでの全曲録音が本格的に始まりました。そして、初期は特に音質が芳しくないのですが、ライブ音源も増えてきます。

同じオペラを何度もご紹介することになると思いますが、熱意のある方には、それぞれの時のテバルディの歌の違いを聞き取っていただけたら幸いです。

今回は、1951年1月10日、ナポリ サン・カルロ劇場で行われた『ラ・ボエーム』のライブ録音から、テバルディの登場シーンを中心にご紹介します。

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音源はG.O.P 829(写真)です。

この時の相手役(ロドルフォ)だったのは、すでに戦前から活躍し、すっかり名声を確立したベテラン・テノールのジャコモ・ラウリ=ヴォルピでした。彼は1892年生まれでしたから、このときすでに59歳だったことになります。このラウリ・ヴォルピが、この公演では一悶着の種になったらしいのです。

戦前は、歌手の権威がまだ非常に高かったのです。だんだんと落ちてきて、今は演出家が勝手なことをしている、というわけですが、これは当時では想像できない事態です。ラウリ=ヴォルピは、当然、大ベテランでスター歌手の自分が特別扱いされることを望んだようです。

ところが、公演が始まってみると、テバルディが途方もないウケ方をしてしまって、明らかに彼を凌駕してしまったのです。(第一幕の抜粋をお聞きになればすぐにおわかりになるでしょう。)そこで、ラウリ=ヴォルピはへそを曲げてしまったと。第二幕はなかなか始まらなかったそうです。マネージメント側の説得が続き、ようやく幕が上がったのですが、テバルディは"D'onde lieta uscì"でアンコールがかかっても応じないよう約束させられたそうです。(それでもラウリ=ヴォルピは、「今日しか歌わない!」と宣言し、実際、続く13日の公演では彼は出演していません。)観客には裏で何が起きているか想像できたようで、テバルディに対するナポリの聴衆の愛情は特別なものになったのだそうです。(このエピソードは、CDについているブックレットに書かれていました。)

誤解のないように書き添えておきますが、ラウリ=ヴォルピは非常に実力のある歌手でしたし、この年齢でこれだけの歌唱が可能なのは彼が相当長く良いコンディションで声を保っていたことの証拠なのです。また、戦前の歌手が自己中なのは彼に限った話ではありませんでした。音質が悪いので、十分には伝わりませんが、ひとえにテバルディの歌唱が想像を絶する好印象を聴衆に与えたための出来事と考えるしかありません。加えて、CDのライナーに書かれていることって・・・。実は額面通り受け取れないという例をついこの間確認したばかりですから、これもどこまで信用できるのか。真相は不明です。テバルディが猛烈にウケたことだけは、録音を聞けばわかる。ただ、それだけです。

更に、彼はテバルディに対し、これくらいのことで悪感情を抱き続けたりはしませんでした。彼は歌唱技術の追究に熱意があった人で、それをトピックにした著書をものしたくらいなのです。彼の著書"Voci Parallele"(「平行の声」(?)あるいは「同時進行の声」どちらにしても意味不明な訳になってしまいます。この本を持っているわけではないのでタイトルの意図は不明です)にはまず、1950年の『アイーダ』の公演でのテバルディの「ナイルの二重唱」での歌唱について触れられており、そこで彼は「『アイーダ』では、テバルディが、"In estasi beate, la scorderem"と歌うとき、忘却に沈んで、一瞬、心の中の不安を抑えるのだ。彼女の奇跡のような"beate"の"e"は非常に豊かな意味を帯びている」と書いているそうです。

さらに、1951年の『椿姫』について、「テバルディの歌唱は安らぎを与え、包容力があり、ニュアンスに富み、明暗に彩られている。彼女の人間性が声の中に溶け込むようなのだ。まるで砂糖が水に溶けるような具合で、水を甘くするが、溶けた跡は残さないような様子で。」と書いている、と。

こんな分析は彼でないとできません!(私は細かいつもりだったけれど負けました。)これは、Stefano Papi著の"Renata Tebaldi"(英・伊語併記)に紹介されています。(こちらは沢山の写真の合間に伝記的記述が書かれている、どちらかというと写真集といったほうがいい本です。某サイトで中古が売っていましたが、何と38万円!私が買ったときは確か7000円くらいだったのに・・・。恐ろしい・・・。ちなみにアメリカのサイトではドル建てで換算すると大体16万。これも高すぎる。一番リーズナブルだったのが、ご本国。イタリア。ユーロ建てで換算して大体3,500円。これが中古なら、当たり前でしょう!38万は・・・いくら何でも高すぎます!どちらにせよ、珍しい写真は沢山ありますが、説明が英語かイタリア語ですので、読めないと「何のこっちゃ?」でしょう。女の私から見ても、全部の写真が美しいとは言えないし、衣装や宝飾品しか写っていないページも。それでも欲しい、という方は・・・。でも、日本で買うのはお勧めできないなぁ・・・。)

ともかく、彼が言及している演奏の音源は私の手元にありません。残念この上なし、です。

キャストなどの詳細は次の通り。指揮:ガブリエーレ・サンティーニ 演奏:ナポリ サン・カルロ劇場管弦楽団 ミミ:レナータ・テバルディ、ロドルフォ:ジャコモ・ラウリ=ヴォルピ、マルチェッロ:ティート・ゴッビ、ムゼッタ:エルダ・リベッティ、コッリーネ:ジューリオ・ネーリ、ショナール:サトゥルノ・メレッティ他。

1. プッチーニ 『ラ・ボエーム』 第一幕 

"Non sono in vena---Che gelida manina"

 

まず、お断りしておきます。この音源の動画を準備するにあたっては、音質の向上に非常に気を配ったつもりです。それでも、この程度にしかなりませんでした。歌手の声が聞こえにくいところも多々あり、とても残念です。特に、細部の表現について確認するには、この音では難しいところもあります。私が確認できた範囲で綴っていくことになります。ご了承下さい。

最初のロドルフォの入りはピアノの指示があります。うーん、まぁ、このくらいでしょうか。その後のミミの歌詞の字幕スーパーはほとんどスコアを参照しつつ勘で入れるしかありませんでした。"Scusi"しか聞き取れないので・・・。テバルディは収録マイクから遠い位置にいたのでしょうか?ともかく、"Non occorre."あたりでようやくはっきり聞こえてきますが、そのあとすぐ気絶するので・・・。彼女については書きようがないですね。(苦笑)

倒れたミミを介抱して、いったん彼女は帰りかけますから、ほとんどドラマ自体の発展がありません。スコア上の指示もほとんどないです。"Che viso d’ ammalata."で"Lento a piacere"(遅く、後は随意に)とあったり、ミミの"Poco, poco"がピアニッシモだったり(スタッカート記号もあります)テバルディの音量はピアニッシモというには微妙ですし、スタッカートしきれているとも思えないです。いつもここはこんな感じだったような・・・。

大きく展開するのは、例のミミが鍵を落としたことに気づいた時からですね。"Oh, sventata, sventata..."からですが、これも"a piacere"(ご随意に)。テバルディは割合声をここでは張る方でした。ちょっと気になるお隣さんを訪ねてみたかっただけなのに、失態を犯してしまったという、狼狽を表したかったのでしょう。ミミが控えめな女性だからこそ、恥ずかしくて、少々パニック状態になるのです。もっと図太い女だったら、慌てたりしないでしょう。

ミミの"Importuna è la vicina."とロドルフォの"Cosa dice! Ma le pare!"はピアノの指示が・・・あるんですが、二人とも音量を落としていませんね・・・。その後はアクセント記号やスタッカート記号などがありますが、強弱や表現上の指示はないです。テバルディのミミでよく指摘されるのは"Cerca?"が巨声すぎて、「命令に聞こえる」というもの。確かに、セラフィン盤のときは大きすぎるように思いますが、それでも、相手がどうやら真剣に探してくれていないようだし、彼女自身は狼狽しきっていて、早くこの状況を脱したいのですから、少々大きくてもおかしくはないと思います。リスナーのとらえ方の問題です。

"Che gelida manina"の入りはピアニッシモです。"Cercar che giova"で大きくしろとは何も書いてありませんが、ラウリ=ヴォルピは声を張っていますね。その後巧みに柔らかくしているのはさすがです。しばらく指示がなく、"e qui la luna l’ abbiamo vicina."で"l' abbi"までテヌートになっているくらいです。うーん、さすがのラウリ=ヴォルピもライブは自由に歌う方だったのでしょうか。テヌートしているというより、歌い急いでいます。

"Chi son, chi son"は結構大変で、最初の"chi"で1点イを出して、最後の"son"で1点ロを出さなければいけません。テノールにとってはハイCが2点ハ音なので、すぐその下、ということです。59歳の歌手にしては見事なものです。少々力みがあるのは仕方ないでしょう。

"Vuole?"のラレンタンドのあと、また"Chi son? Chi son, sono un poeta"となりますが、こちらの二度目の"chi son"はフォルテです。その後すぐ、"sono un..."でピアノの指示。細かいですね。彼のはむしろ"che cosa faccio?"あたりがピアノになっていますね。

"In povertà mia lieta..."からは"dolce e legato"と。"dolce"で通しているかどうかは微妙ですが、どのテノールでもこのくらいではないかと。"e per castelli in aria"あたりからクレッシェンドして、"l' anima ho millionaria"はフォルテでアラルガンド。強力かつ、遅くするのですね。録音が悪くて、どのくらいの声が出ていたのかいささか不明瞭です。

"con molta espressione"(表情豊かに、とでも言いましょうか)の指示のある"Talor..."からの彼の歌はユニークで、ソフトに入って、クレッシェンドしています。(指示はなし)これは面白い。"due ladri: gli occhi belli."は"dolcissimo"なのですが、ちょっと違うような・・・。"ei bei sonni miei"はアラルガンドで"con anima"なので少々イキのいい歌にしつつ、遅くする。彼も力を入れています。その後の"tosto si dileguar"が非常にソフトです。"ma il furto non m' accora"の頭に"dolcissimo poco rallentando"と。「甘美の極限で、少々遅めに」です。前がソフトでしたが、こちらは・・・違いますね。何だか、マイ・ペースの歌です・・・。

"poichè, poichè"からはクレッシェンドしていって、(2度目の"poichè"でもうフォルテにしろ、と。)例の"la speranza!"の途中でハイCを張るのですね。少々揺れはありますが、59歳の彼がちゃんとハイCを出していることは賞賛ものです。

"or che mi..."からは"dolcissimo"でピアノ。"deh! parlate..."は"con anima stentando"(「活気を込め、ゆっくり」"stentando"の訳は微妙ですが、こう解釈することにしました。)。"vi piaccia dir!"はピアニッシモです。彼の歌はやはり、マイ・ペース。なぜ最後の"dir?"が大きいのか???よくわからないですね・・・。

ユニークな歌でしたが、彼のひねりの付け方が全てツボにはまっているという風にはちょっと思えませんでした。


2. プッチーニ 『ラ・ボエーム』 第一幕 

"Sì.Mi chiamano Mimì,--- O soave fanciulla"

 

最初のアリアのほうは、もうチェトラの録音のご紹介の時、スコアの解説を入れましたので細かくは繰り返しませんが、気になるポイントは書いておきたいと思います。

入りかたは特に変更はしていません。純情可憐な歌いぶりを通しています。"Ma il mio nome è Lucia."では、例の照れくさそうに少々声を弱める、ということをやっています。これだけ悪い音でも"far gigli e rose"あたりにはっきりビロード感が出ているのは、やはりたぐいまれな声の人だな、と。

"di primavere"は、明らかにもうちょっとピアニッシモを続けたかったようですが、サンティーニがばっさり次に移ってしまったので、慌てて合わせていますね。(苦笑)サンティーニさん、もうちょっと協力してあげても良かったのでは?ここは全盛期の彼女の聞かせどころでしたから・・・。その代わり"quelle cose..."の"cose"は相当延ばさせてもらっていますが、このピアニッシモの美しさには絶句。

二度目の"Mi chiamano Mimì"の"Lentamente"は今回も急ぎがち。指揮の問題もあるので、彼女の責任だけとは言えません。"Il perché, non so."でまた、ごく可愛く、照れくさそうな様子を出すのはいつも通りです。

"Sola mi fo il pranzo da me stessa..."からの歌い方もほぼチェトラと同じです。完全に歌い方が身に染みているのですね。

"Ma quando vien lo sgelo..."からもそうです。彼女は収録マイクから離れ気味の位置にいたようですね。そうでなければ、ここはもっと強烈な声が入っていたはずです。

"foglia a foglia l' aspio!"が感激に溢れていて、"il profumo d’ un fior"では"calmo come prima(最初の冷静さに戻って)"でも、強力に歌って感激を表すのは彼女の常でしたから、ここではスコア通りにしていません。「花の香りってこんなにも素敵なんですものね!」で、「冷静に」っていうほうが変じゃないかと・・・。

"Ma i fior ch’ io faccio, ahimè,..."から、微妙に残念そうなトーンを入れるのもいつも通りです。"Altro di me, non le saprei narrare,"からのサラっとした締め方も。ですから、彼女はこのアリアについては「熱血派」にはなっていません。それでも、彼女のこのアリアの歌いぶりは文句の付けようがほとんどないですから。

そして・・・とにかく、アリアの後の暴動(?!)のような拍手にむしろ仰天。やはり彼女の歌は生で聴くと、音質の悪い録音では伝わらない、心に染みるものがあるのでしょう。ヴラーヴァーーー!!!とビーース!!!(bis、アンコールの催促)の大合唱。結局演奏が始まってその後でボヘミアン仲間がロドルフォに呼びかけてもまだビーース!!!と食い下がる人達も。

これでは、ラウリ=ヴォルピが、顔を潰されたと思っても無理はないでしょう。何しろ、テバルディはまだ新人歌手なのです。しかし、むかっ腹を立てた先輩歌手を恋人として歌い続けなければならなかったのはテバルディにしても試練だったでしょう。

このような、当時の観客の反応は、音は良いけれども無機質なスタジオ録音では聞くことができないのです。是非、音の問題で避けるのではなく、ライブ録音をお求めになることをお勧めしたいと思います。

そこを挟んで、また、あまりにも有名なデュエットへ。"O soave fanciulla..."の頭には"dolcissimo"の指示が。まぁ、ここをギスギスうたうロドルフォがいたとしたら、完全に失格ですね。年齢的な限界もありますから、ラウリ=ヴォルピが"di mite circonfuso alba lunar"の長いレガートをなめらかに歌い切れていないのは仕方ないかと。

その後は、まるで三段ロケットです(変な比喩かもしれませんが)"in te ravviso"で一度クレッシェンド、"il sogno ch' io vorrei"で二度目のクレッシェンド、"sognar"の"gnar"で三回目のクレッシェンドをして、二人で声をそろえるときは二人ともフォルテで歌いなさい、となっています。ですから、いつもテバルディがいきなり巨声で入ってくるとびっくりするかもしれませんが、あれはスコア通りなのです。

その後は指示がありませんが、テバルディは大抵、次の"Tu sol comandi, amore"をピアノくらいに落として優しく歌うのが常でした。ここでもそうしています。それが非常にデリケートに聞こえますね。がんがん声を張ったままだと、この部分の恍惚とした気分が消えてしまいます。次のロドルフォの入りの"Fremon nell' anima"がピアニッシモだというのもあります。相手が相当落とすのに、自分の方に指示がないからといって無頓着に声を張り続けるような愚かな歌手では決してなかった、そこがテバルディの凄さです。

次のミミの入り"Oh, come dolci scendono le sue lusinghe al core"と"Tu sol comandi, amor"は、ご丁寧に両方のフレーズにピアノの指示が書かれてあり、最後の"amor"はデクレッシェンドです。その後、キスすることになっていますから。でも、休符が少なすぎてせわしない。まぁ、急展開のしすぎにミミが動揺してすぐ離れるから仕方ありませんが、演技はしにくいでしょうね。ここでは、二番目のフレーズがお二人とも少々大きいかもしれません。"No, per pietà"は"No"にアクセントがあります。その通りですね。ロドルフォの"Sei mia!"はト書きで(dolcissimo)になっていますが、ラウリ=ヴォルピはどちらかというと、「僕のものだ!」と宣言しちゃっていますね。そういうテノールの方が多いような・・・。

そのあとはしばらくト書きしかありません。"Vi starò vicina"になって、やっとラレンタンドと"ritardando molto"という指示が。両方遅くする趣旨の指示ですから、テバルディもかなりゆっくり、たっぷりと歌うのがいつものスタイルでした。

その次はロドルフォの"Dammi il braccio, mia piccina"の頭に"dolcissimo"とピアノの指示。ミミの方には指示がなくて、またロドルフォの"Che m' ami dì"にピアニッシモの指示。ミミの方には指示がなし(!)要するに、相方に合わせられないような、センスのないソプラノには用はない、というスコアでしょうかね。テバルディの声は必ずしも小さくはありませんが。"Io t' amo"のとろけるような甘さは、ちょっと他のソプラノにはまねの出来ない(というか、声そのものが違うので、やろうとしても、ここまではできません・・・)歌いぶりです。

最後の"Amor, Amor, Amor!"は、3番目の"Amor"にピアニッシモの指示があるのです。多分、バックステージに入っていくのでプッチーニはそれを考慮したのでしょうが、そこまで考えていただかなくても・・・。ここはどんなカップルもフォルテッシモで張り上げるのが慣例になっていますね。このときはテバルディもハイCをおつきあい。(調整してBに持って行くこともあったのです。それは、その音源のご紹介の際に詳しくご説明します。)


さて、第二幕はミミの出番があまりありません。ので、次回は第三幕にとびます。