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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1951年 『ラ・ボエーム』 スタジオ録音(3)

スタジオ録音 ラ・ボエーム

1951年スタジオ録音の『ラ・ボエーム』の音源から、主にテバルディの歌っている場面をご紹介しています。今回ご紹介するのは、第三幕の後半部分です。

1. プッチーニ 『ラ・ボエーム』 第三幕 

"Marcello. Finalmente!"--- "D’ onde lieta uscì"


入りには指示がないのでした。ロドルフォの"Ora il tedio l'assai"で一旦アラルガンド、最後の"-sai"で"a tempo"。特にそうなっていないような・・・。

マルチェッロは"Cambio metro"と"Dei pazzi è l' amor..."のフレーズの頭にそれぞれピアノ。"Se non ride e..."の頭はフォルテで、すぐデクレッシェンドし、"Tu sei geloso"はピアノ。"Collerico, lunatico..."のところでは"noioso, cocciuto"のあたりからクレッシェンド。インギッレーリは"Dei pazzi..."がピアノになっていません。その後の指示は守っていますね。

"Mimì è una civetta..."にはト書きだけ。(con amarezza ironica)「皮肉な苦々しさをこめ」。"Un moscardino di viscontino..."は(con grande ironia)「大いに皮肉っぽく」"Ella sgonella..."は(con ironia crescente)「皮肉な調子を高め」。プランデッリは、このあたりは上手いですね。言葉の角を立てるようにして、苦々しげな感じを出しています。

次のマルチェッロ"Non mi sembri sincer"の"sembri"からはラレンタンド。これも守られています。

ロドルフォの"Ebbene no..."は頭にフォルテ。"invan, invan nascondo"は"sostenendo"「音価を丁寧に保つ」、"la mia vera tortura"は"a tempo"。"Amo Mimi sovra ogni cosa al mondo, io l' amo"は"mondo"でフォルテ、"ma ho paura"で"accellerando"「早める」。フレーズの終わりでデクレッシェンドし、次の"ma ho paura"は"pa"がリタルダンドで"u"は"a tempo""ra"はラレンタンド。これもスコア通りです。まあ、スタジオ録音はスコアを譜面台の上に置いて歌うので・・・。ライブよりはスコア通りになるのが、本来は、普通です。

"Mimì è tanto malata..."はト書きで(tristamente)「非常に悲しげに」。"povera piccina è condannata"はアラルガンドで、"con"にフェルマータかつ"corta"「短めに」例の、「控えめなフェルマータ」ですかね。"nata"はテヌート。ちょっと"con"が長いような・・・。立ち聞きしているミミの"Che vuol dire?"は"molto ritaldando"「非常に遅くして」。少々指揮がせっかちですが、テバルディは遅めに歌うように努めています。

次のロドルフォの"Una terribil tosse"からはピアノ。ここは"scuote"から一度目のクレッシェンド、"di sangue"から二度目のクレッシェンド。すぐ後のミミの"Ahimè, morire"はト書きで(piangendo)「泣きながら」。プランデッリはほぼスコア通りです。テバルディはライブの時も泣いていませんでしたが、ここでも涙声にまではしていません。"Ahimè"の"-mè"と"morire"の"mo-"に強勢を付けて、身をよじらんばかりに「死ぬんだわ!」と絞り出す調子を出しているのはさすがです。

ロドルフォの"V' entra e l' aggira"は"poco rallentando"「少々遅くして」"vento"になると"a tempo"「元に戻す」。"di tramontana"は"ritardando"でまた遅くする。"Essa canta e sorride..."は一度"a tempo"に戻った後、"affrettando e crescendo"「急いで、クレッシェンドしていく」。そして"Me cagion la fatale"は"allargando"で「遅くしつつ」クレッシェンド。この辺は・・・微妙です。指揮のせいもあるかもしれません。

ミミの方はト書きのみ。"O mia vita"は(desolata)「悲嘆に暮れて」。"Ahimè, ahimè, è finita"は(angosciata)「苦悩に満ちて」。次の"O mia vita, è finita!"の"O mia vita"にアクセント。"Ahimè, morir, ahimè, morir!"は最初の"morir"あたりからラレンタンド。その後は咳き込みながら泣く。それで二人に立ち聞きしていたのを気づかれる。テバルディの歌は、最初の"O mia vita"が半ば呆然としていながら、沈んでいるトーンが入っていて、"Ahimè, ahimè, è finita"「苦悩に満ちて」そのままに、涙声になっていて、聞いている方も嫌でも悲しくなってきます。"O mia vita è finita!"ははっきりアクセントがついており、"Ahimè, morir..."はしっかりラレンタンドしています。スタジオだから、というのもありますが、スタジオでもこれだけ詰めの細かい歌を歌えない歌手は・・・例を挙げようと思えばいないはずがないので・・・。

しかし・・・「効果音」の泣き声まで美しいのは一体・・・。次の、ロドルフォの誘いを断る部分"No, quel tanfo mi soffoca"は"No"と"tan"にアクセント。"No"はやはり聞こえにくいですね。"No"は2点ハ音で"tan"は2点ト音なので、どうしても高い"tan"の方が目立ってしまう。これはテバルディにもどうにもならなかったのですね。

有名アリアに飛びます。"Donde lieta uscì"はじめは指示なし。強弱の指示のないアリアでしたね。テバルディは特に声を抑えることなく歌い進めていきます。そして、"al solitario nido"あたりから盛り上げて"ritorna un’ altra volta"を強力に、"a intesser finti fior"でデクレッシェンドして、ピアニッシモまで落とします。

"torna sola Mi(mì)"が"poco ritaldando"「ミミ」の最初「ミ」までは遅くてもと次の「ミ」はそうではないのですね。ライブでもその通りだったので驚愕したのですが、スタジオでも実践。ライブでできることがスタジオでできない人ではないですから・・・これだけ凄いと。

"a intesser finti"までラレンタンド。"fior"は"a tempo"。ちょっと"fior"が長すぎますね。"Addio"が"Lento"で「遅く」。"senza rancor"はラレンタンドで更に遅く。"Ascolta a-"まではリタルダンド、もっと遅く!"-scolta, Le poche..."に入ると"a tempo"です。これは・・・やかましすぎますよね、プッチーニ先生。この辺のテンポの変動ははっきりとは守られていません。

"Nel mio cassetto stan chiusi"何も指示なし。この日は"mio cassetto"と"chiusi"が強くなっています。"quel cerchietto"はスタッカートで"d'or"はテヌート。これは守られています。その上、スタッカートとテヌートがついているので、同時に強勢も付けています。"e libro di preghiere"は"poco ritardando"で始まり"a tempo"で終える。ちょっとあっさり歌いすぎです。"Involgi tutto quanto in un grembiale e"まで"poco ritaldando"。その後は"a tempo"。"il portiere"あたりが早まっているのがわかります。

"Bada"は指示なし。このときはソフトに歌っています。"sotto il guanciale, c' è la cuffietta rosa."は"-ciale, c' è"まで"molto ritardando"。"la cuffietta"は"a tempo"。これはその通りです。

"Se vuoi...se vuoi..."には指示なし。最初の"Se vuoi"を強力に、二度目を抑えるのが彼女のパターンでした。このときもそうです。

"se vuoi serbarla a ricordo d’amor..." は"stentato"「引きずるように遅く」。更に"se vuoi ser-"まではテヌート。"-barla a ricorda d' amor"までは"poco allargando"「少しゆっくり」。テンポは全くその通りで、非常に強靱に、かつ、この日は勢い余らず、しっかり歌い終えています。

"Addio"は"a tempo"。"addio, senza rancor"は最初がラレンタンドで、"ran-"は例の「手短なフェルマータ」。ここは全然守る気がなかったようです。例のように「ラーーーーーーーンコーーーーーーール」。とやっています。やっぱり、手短に終わるより、この方が絶対効果的だと思います!

彼女にとって、このアリアの要点は「恨みつらみを残さずに、お別れしましょうね」だったから、ここを特に強調したかったのでしょう。後は、要するに、有名アリアなのが不思議なくらい、ほとんどは用事を頼んでいる歌なのです。そこで変なひねりを入れるのは奇妙です。たとえば、家族に「手紙出してきてくれる?」などと頼むとき、あなたは身もだえしながら頼みますか?それはないですよね。ここでは、見当違いに明るい歌を歌わないようにするだけで、十分なのです。「また見てくれだけの花を作りに戻る」とか、「愛の思い出の品として、もしよかったら・・・」という、用事以外の、ヒロインの気持ちが入るところは、そもそもプッチーニが高音を出させるようにスコアを書いていますから、彼女はボソボソつぶやいたりせず、そのまま歌い上げるのです。それが、この歌の真髄だという判断は、全く妥当だと思うのです。

「病状が悪化している結核患者」ですが、テバルディの歌はまさしくリリコ・スピントらしい、強弱の幅の大きな歌です。声を張る場所では揺るぎもしません。もう、「リアリティー」の話を蒸し返す必要はないかと。


2. プッチーニ 『ラ・ボエーム』 第三幕 "Dunque è proprio finita!"


重唱ですが、また、主にミミのパートを追っていきます。

"Dunque è proprio finita"の入りはピアノで"dolcemente"「極力優しく・甘美に」。ミミの"Addio dolce svegliare alla mattina!"は"ritenendo"で始まって"a tempo"で締め、同時に"dolcissimo"。その通りですし・・・余りにも美しい・・・。

"Addio, rabbuffie gelosie!"はト書きで(sorridendo)「微笑みながら」。微笑んでいるという感じはないですが、少々強めに歌っていますね。これはト書きの方が変なのではないかと。そんなに急に落ち込んだ気分から解放されるはずがないので。

"Soli d' inverno è cosa da morire!"の入りはピアノで、同時に"con anima"(心を込めて)。"è cosa da morire"は"poco allargando"「少し遅くしながら」。次の"Soli"は"affrettando un poco"「少し急いで」。ちょっと、最初の入りの"Soli"が大きいです。重唱になることを意識したのでしょうか。テバルディの場合、微笑む余裕のあるミミではないですね。悲痛な感じが残っています。

"Mentre a primavera c' è compagno il sol, c' è compagno il sol"は、"Men-"が"a tempo"。"-tre a prima-"までは"poco allargando"。"-ve ra c' e"は"affrettando"。"compagno il sol..."以降はラレンタンド。二度目の"c' è compagno il sol"には"espressivo"(表情豊かに)の指示。マルチェッロが入るので少々切り口上に聞こえますが、二度目の"C' è compagno il sol"は温かく、柔らかい歌です。歌詞がそういう趣旨ですから。

"Niuno è solo l' april"はフォルテ。最後はデクレッシェンドで締める。消え入っていくときのテバルディの声は又しても美しい。"Esce dai nidi un cinguettio gentile"は指示なし。ここはどうしても、音高が上がる"cinguettio gentile"を前に出すのがやっとですね。意地でも全部前に出してしまったら、この場面の優しい気分が消えてしまいます。

"Al fiorir di primavera, c' è compagno il sol"にも、指示なし。"c' è"が2点ヘ音の他は1点音域の低音。ここは全部聞こえます・・・。凄い。それでも、うるさい歌、とは違います。

"Chiacchieran le fontane. La brezza della sera"も指示なし。"baldami stende sulle doglie umane"は"balsami stende"は"espressivamente"「表情豊かに」。ここはちょっとエレーデが急ぎすぎたような。それにしても、ここも全部聞こえます。ギューデンの声がかしましいのとは全く違う声質なのがよくわかります。

"Vuoi che aspettiam la primavera ancor"は"primavera ancor"あたりからピアニッシモ。"aspettiam"の"a"にはフェルマータ。見事にその通りです。

マルチェッロとムゼッタが抜けた後の"Sempre tua per la vita"はピアニッシモ。"Ci lasceremo alla stagion dei fior"次のロドルフォのフレーズはピアノ。ここの美しさは・・・鳥肌ものです!!!とにかく、全盛期のテバルディのピアニッシモは、いかなるソプラノも匹敵できない質のものだった、と思います。ここはプランデッリもソフトですね。

次のミミの"Vorrei che eterno durasse il verno"は"durasse..."から"poco allargando"「少し遅くする」。少しどころか、大分たっぷり歌っています。

2人で同時に歌う最後には。強弱の指示はなく、"un poco allargando"「少々遅くして」"Ci lascerem alla stagion dei fior!" "laaaaaaa"のように聞こえるのは、ここだけ8分音符3つだからでしたす。音譜の音価よりかなりゆったり歌っていますね。この場面の締めくくりを急ぎ足で切り上げるのは、センスのないことでしょう。

 

次回は第四幕の音源からご紹介します。