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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

『ラ・ボエーム』 聞き比べ(1)

スタジオ録音 ラ・ボエーム

このブログを再開した比較的初期の段階で、テバルディと後輩歌手達を比較するのは余り意味がないということに気づき、そうすることは極力控えることにしようと考えるようになりました。

ただ、今回の『ラ・ボエーム』については、是非とも微細な部分まで聞いて比較したい歌手がいるのです。テバルディと前後して亡くなったのであるいはご記憶の方もおいでかと思います。基本的にはリリック・ソプラノだった、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスです。

彼女がトーマス・ビーチャムの指揮でEMIに残した全曲録音を私はずっと持っていたのですが、どうしても、つい、とテバルディのレコーディングの方に手が伸びてしまい、気づくと、ビーチャム盤の方はお蔵入り状態になっていました。それを、出してみて、きちんと聞いてみよう、と思ったのです。

今回も、テバルディの音源と彼女の音源の音質を極力同等に調整し、適切と考えたところで切りながら交互につなぎ合わせるという作業をしました。以前よりソフトの操作に慣れましたので、ずっとましな状態でつなぎ合わせができたと思います。

主に、テバルディとロス・アンヘレスのミミの歌唱を比較するのが目的なので、他のパートが長く歌う部分は削るようにしました。それでも、動画は長くなってしまいました。ご覧になる方々はご負担にならない時間にお楽しみ下さい。

私のEMI盤はリブレット付きの古いもので、詳しい録音データが載っていません(!)。1956年にコピーライトが取られていますが、実際はそれ以前に収録したということもあり得ます。ですが、仮に1956年盤として扱います。

ロス・アンヘレス以外の主な出演者は、ロドルフォがユッシ・ビョルリンク、マルチェッロがロバート・メリル、ムゼッタがルチーネ・アマーラというメンバーです。主役級の歌手がほとんど非イタリア人なのも、私がなんとなくこの盤を聞かずにいた理由のひとつでもあります・・・。

では、例の、テバルディが絶妙の巧さを発揮している、第三幕のマルチェッロとのやりとりの場面から。(今回も、比較動画ですので、動画はこちらでしか公開しておりません。ご了承下さい。)


1. プッチーニ 『ラ・ボエーム』 第三幕 "Mimì!"---"Speravo di trovarvi qui."

 

さて、ミミの第一声から比べましょう。"Speravo di trovarvi qui"。テバルディは切迫感を出して、相談するため、どうしても会いたかったというミミの気持ちを出しています。ロス・アンヘレスは、リリコ・スピントではありません。エリーザベトをバイロイトで歌うという凄いことを成し遂げた人ではありますが、リリック・ソプラノです。同じように切迫感を出してはいますが、持ち声の強いテバルディほどはどうしても出せないのです。

次は"C' è Rodolfo?"なのですが、その前に、ミミの病状の悪化を示す、咳き込む場面があります。実は、ここで、私はテバルディとロス・アンヘレスの歌手魂の差を実感してしまったのです。テバルディは、前後関係から、咳き込んだ方が自然な場合、本当に咳をしたいから咳き込んでいる、というような咳をちゃんと入れていますが、ロス・アンヘレスは、特に第四幕で、極力咳を省くようにしていたのです。それは、やりすぎを慎みたいから、というよりは、声を痛めたくないからという、歌手らしい自己温存本能のなせる技だったと思うのです。声を痛めるかもしれないけれど、咳をした方が後の歌手達のリアクションが自然に聞こえるはずならば、それを敢えて慎もうなどとしなかったテバルディのガッツに、又しても尊敬の念しきりだったのです。

肝心の"C' è Rodolfo?"でテバルディは咳をしていたのが嘘のような美声に戻っています。咳は、安直なリアリティーのためではなくて、前後関係がおかしくならないように入れるという配慮であって、歌声までがらがら声にしようなどという馬鹿げたリアリティーになど振り回されないのが、「オペラ歌手」テバルディでした。"Non posso entrar, no, no"では悲しみの色が声に含まれています。ロドルフォと機嫌良く会える状態ではないから、マルチェッロに仲立ちを頼みに来たのですよね。

では、ロス・アンヘレスの方。彼女が咳を極力抑えているのがはっきりわかりますね。"C' è Rodolfo?"と"Non posso entrar, no, no"の表情の付け方はほとんど二人とも変わりません。

"O buon Marcello, aiuto! aiuto!"は、なにせ巨声のテバルディが割合強めに声を張っているので、それだけ、必死なのだという感覚が伝わってきます。ロス・アンヘレスも彼女なりに声を張っているのですが、テバルディの方に少し、悲鳴に近いような、ごく悲しいトーンが入っているのと比べると、すこし、切迫感に欠けるのです。

"Rodolfo, Rodolfo m' ama, Rodolfo m' ama e mi fugge, il mio Rodolfo si strugge per gelosia"からスコアの指示がでます。最初の"m' ama"あたりから"poco affrettando e crescendo"。"il mio Rodolfo"からはラレンタンド。"strugge"はリタルダンド。"gelosia"は"a tempo"(元に戻る)。ここは、テバルディについては、文句の付けようがないということは、鑑賞録の方で書きました。

ロス・アンヘレス。ここで、実力の差がまた出ているのです。まず、ひとつ気づくことは、フォルテの"Rodooooooolfo"で、テバルディは盤石なのに対し、ロス・アンヘレスは声が揺れていること。(録音の問題でそうなることもありますから、一概には言えませんが)。あとは、良く聞かないとわかりませんが、テバルディは"e mi fugge"の後と、フォルテの"Rodolfo"の後にブレスを入れているだけですが、ロス・アンヘレスは、テバルディと同じ箇所だけではなく、"si strugge"の後にもブレスを入れているのです。テバルディほど、フレーズを一息で歌いきることができなかったのですね。ここは、別にスコアでスラーがついていませんから、一息で歌う必要はありません。ですが、ブレスは入れなくて済むなら(入れろと敢えて書いてある場合は別です)入れない方がなめらかに聞こえます。

ピアノの指示の"Un passo, un detto..."でテバルディがはっきりと涙混じりに歌っていることは言及済みです。"lo mettono in sospetto"はテヌートがあるのでした。テバルディはそこを強調気味にして、"Onde corucci ed ire"は"corucci"にひねりを入れる。ずっと同じ音高で"rucci"だけフラットです。その通り歌ってしまうとつまらない。

ロス・アンヘレス。"Un passo, un detto..."は涙混じりではなく、彼女の場合、推理小説でも物語るように恐ろしげな色を付けています。でも、"fior"はむしろ、可愛くなってしまっていて、ここでは場違いです。"sospetto"は"sospet-"までテヌートがついていますから、そこまで強めに歌うべきだと思うのですが、彼女は単語ごと沈んでしまっています。"corrucci"については彼女もひねりを入れていますね。

"Talor la notte..."からは、"me lo sento fiso"の"me lo sento"にテヌート記号がついていて更に"ritenuto"「急に速度を緩めて」。テバルディが"me lo sento fiso"をかなり強めに歌っていることは書きました、そして、実はその次の"viso"も強調気味なのです。"fiso"と"viso"が韻を踏んでいるからでしょう。

全体にむしろ、「優しく」歌っているロス・アンヘレスの歌から、ロドルフォの常軌を逸している嫉妬(だって、自分がどんな夢を見ているのか相手が読み取ろうと寝顔をじっと見てるって・・・怖くないですか?)に、ミミが恐れを抱いていることは伝わってきません。

"Mi grida ad ogni i(stante)"にテヌート記号。同時に"sostenendo molto"「音を十分すぎるほど保て」。"prendi un altro l'(amante)"にもテヌート。"Ahimè! Ahimè!"は"stentando molto"「非常に遅く」。そして、両方の"mè"にアクセント。テバルディがこれらの指示を守った上、テヌートのついているとことやアクセントの部分は強調を付け、更にフレーズ全体に涙のトーンを混ぜる、という大変手の込んだことをしているのは鑑賞録で書きました。

"In lui parla il rovello,io so, ma che rispondergli, Marcello?"は"declamato"。「朗唱」。終わり近くはラレンタンド。テバルディは泣き崩れてしまうのでした。ここまでやってくれると、こちらも胸が締め付けられる思いがしますね。

ロス・アンヘレス。どちらかというと、テヌート記号のついているフレーズより、"non fai per me"の方がくっきり聞こえます・・・。涙のトーン?ないですよね。「朗唱」部分は前半、声が小さすぎて、何を言っているのか聞き取りにくいです。最後の最後でようやく"Marcello"がはっきり涙声です。残念ですが、テバルディの方を聞いた後でこのくらいのことをしてくれても、同情する気はほとんど起きませんでした。

"Dite ben, dite bene..."から"invano"までのフレーズに指示はないのでした。テバルディは"Dite ben, dite bene, lasciarci conviene"で声を張り、"Aiutateci, aiutateci voi"を柔らかく歌い、"voi"でいったん声量を上げる。ここも、悲劇のトーンがくっきり声に現われています。

ここは、ロス・アンヘレスの歌いぶりもテバルディとほぼ同じです。ですが、悲痛なトーンの入り具合が足りません。

"noi s' è provato più"までは1点ホ音、低音続き。「何度もそうしようと(別れようと)したけれど」"ma invano"の"va"でいきなり2点イに上がる。「無駄だった」ことを強調させたいというプッチーニの意図が現われているのでした。テバルディの低音は最初からしっかり響いています。

次の"Dite ben, dite ben"は"con forza"で最初はラレンタンド、次はアラルガンド。強力にそして遅くしていく。最初の"Diiite beeeeeeeen"は"ben"でまた2点ロ音が要求されています。"lasciarci convien"は"a tempo"「元の早さに」。テバルディの歌は又しても悲痛の極み。"Fate voi per il meglio"では声を震わせ、涙のトーンが入る。

ロス・アンヘレス。少々"noi s' è provato più"の響き具合が弱いです。テバルディがいかに低音部を響かせるのが上手かったか、この差でわかってしまう。声を張るところは、ロス・アンヘレスもテバルディとほぼ同じように歌っています。まるで違うのが、"Fate voi per il meglio"。どうして、ここで声を低めて、こそこそと、そそくさ頼むのでしょうか?私には彼女の意図がわかりませんでした。

"Dorme?"は指示なし。テバルディはゆっくり歌いつつ、怖がっているような、ためらっているような、トーンを入れているのでした。そして、例の「咳」。ここで、はっきり咳き込まないと、次のマルチェッロの"Che tosse!"が浮いてしまうからです。

"Da ieri..."はピアノ。"ieri ho l' ossa"はテヌート。"Fuggi da me stanotte di"までは"poco affrettando"(少し早めて)で、次は"cendomi È finita!"にラレンタンド。テバルディは"Da ieri..."のフレーズの"rotte"を強く歌い、"È finita!"は暗く、涙混じりにしているのでした。

ロス・アンヘレス。"Dorme?"が、なんだか明るすぎてのんきに聞こえます。ここは悲嘆に暮れている場面のはずですが・・・。「咳」は最後、ため息でごまかしている。こういうのが、命を削っているようなテバルディの歌と比べると、切迫感に欠けた、やる気のない歌に聞こえてしまうのです。

"Da ieri..."も綺麗に歌えているのですが、テバルディと比べると悲痛なトーンが圧倒的に不足しています。テンポの指示は、守られています。"È finita"は、彼女なりに暗いトーンを付けているんですが、テバルディの「フィニーータ!」の強いと同時に涙の混じった表現に入っている絶望感には及ばない、というのが私の感想です。

"A giorno sono uscita..."は"Lento a piacere"「遅く」そして「ご随意に」。"Ch' ei non mi veda!"はピアノで"rapidamente"「非常に素早く」。同じ音高の続く前のフレーズには、テバルディは「ジョールノ」「ウッシーーータ」「ヴェーンニ」「クゥエーースタ」と起伏を付けていましたね。"Ch' ei non mi veda"はピアニッシモではないですし、特に早くはありません。

ロス・アンヘレスは?彼女もさすがに、機関銃にはなっていません。ただ"Ch' ei non mi veda!"を几帳面に音高を付けて歌っています。テバルディはむしろ、台詞を言うような調子にしています。 音譜がついているなら、歌った方がスコア通りではあります。ですが、そのために、切迫感が欠けてしまいました。こういうとき、テバルディはスコア通りにしない人でした。どちらを好むかは、これはリスナーの問題でしょう。


ロス・アンヘレスは、詰めの粗い歌手ではないと知っていたから、比較しようと思ったのです。テバルディは舞台での演技は正直、下手でした。ですが、歌をよく聞くと、それだけで沢山の情報が詰まっていて、演技を見なくても情景やヒロインの心情がわかる歌が歌える人だったのです。ロス・アンヘレスの歌は、残念ながら、その域に達していないように思います。

次回は第四幕の比較動画のご紹介です。