読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1951年 『蝶々夫人』 スタジオ録音(1)

1951年録音の『蝶々夫人』のスタジオ録音から、テバルディの登場シーンを中心にご紹介します。

この『蝶々夫人』も、1958年録音のセラフィン指揮のヴァージョンのほうが圧倒的に有名で、その陰に隠れてしまった、モノラル時代の録音ですが、とにかく、美声の洪水としかいいようがないくらい、テバルディの声は若々しくて聞き応えがあります。これも、モノラルだとか、共演者がパッとしないとかいう理由で聞かないのは非常にもったいないセットなのです。

テバルディはステージではトータル25回しかこの役を歌いませんでした。(「ステージへの出演回数」参照)それも、おそらく彼女にとって命の次に大切だったと思われる母の死後、ようやくステージで歌うようになったのです。彼女がこの演目を歌うのに非常に慎重だったことはすでに以前書いたとおりです。

でも、この録音を聞くと、もうこの時点でこの役を十分歌えるだけの力と表現力が備わっていたことがわかります。これを歌いすぎて、他の役が歌えなくなることを心配してのことだったのでしょう。何しろ、出番は多いは、声を張るところが多いは、「イタリア・オペラ版イゾルデ」と呼ばれるのも無理のない、キツい役なのです。15歳の日本人の少女らしく歌う、などということにこだわるのは、このスコアを十分に歌い出す上では、やはり、安直なリアリズムに惑わされた解釈に過ぎません。

f:id:AkankoMarimo:20170307101811j:plain

写真は単品で発売されていた頃のものです。(写真)

では、録音データを簡単に記してから、早速動画のご紹介に入ります。録音は1951年7月19,26日(『ラ・ボエーム』と同日であることはすでに書きました。)、指揮:アルベルト・エレーデ、演奏:ローマ・聖チェチーリア音楽院管弦楽団・合唱団、主なキャストは、蝶々夫人レナータ・テバルディ、ピンカートン:ジュゼッペ・カンポーラ、スズキ:ネル・ランキン、シャープレス:ジョヴァンニ・インギッレーリ、ゴロー:ピエロ・デ・パルマ、なお、動画では登場シーンを省いてしまいましたが、ボンゾの役をフェルナンド・コレーナが歌っています。

 

1. プッチーニ 『蝶々夫人』 第一幕 "Ancora un passo or via"


入りから、この演目はキツい。いきなり2点ヘ音から入るのです。そして、変イ長調(A♭major)→ハ長調(C major)→変ト長調(G♭major)と移調していきます。特にキツくなるのは、その、変ト長調に移調した部分から。"(al richiamo d')amor!"で2点ト♭を出したかと思ったら、"Ove s' accoglie"の"O"では2点ロ♭を張って、フレーズの終わり(2点イ♭)までレガートです。更に進んで、"io son venuta al richiamo d' amor"の最後の"d'amor"はまた2点イ♭を出して2点ロフラットに下がる。ずっとレガートで。

最後の最後では、以前のブログではハイD♭を歌っても良い、というヴァリエーションも書かれていることをご紹介しましたが、そんな音を歌わなかったとしても、ここはきついのです。どちらにせよ、ハイCこそ出しませんが、2点ロ♭や2点イ♭を出さなければいけないのですから。ところが、こんな高音域で歌ってきたかと思うと、たどり着いたら"Siam giunte, F. B. Pinkerton, giu."では1点音域に下がり、1点ニ♭まで下がるのです。2点音域は楽に出せても、1点音域になると引っ込んでしまう歌手は、肝心のご挨拶の時、無様な歌を披露することに。

ここでのテバルディは、さすがに若くて、高音域も危なげがないし、低音に下がっても美声のままです・・・。"Spira mare sulla terra"にはト書きで(serenamente)「非常に穏やかに」とあります。ちょっと"Spira"が前に出ていませんが、その通り、優しく歌っています。"il benedichi (vive)"にはテヌート記号がついていますので、彼女は丁寧に延ばしてしっかり歌っています。

例の、2点ト♭から2点ニフラットまでレガートで歌うところは、クレッシェンドの指示も。テバルディの歌はダイナミックに盛り上がります。最後の"d' amor, son venuuta al richiamo d' amor, d' amor"の部分では、入りはデクレッシェンドで一旦ピアノに落とし、そこからクレッシェンドをかけるという指示。最後の最後でデクレッシェンドしろ、と。最後のデクレッシェンドは微妙ですが、とにかく、強烈な声の張りで、まさに「ザ・リリコ・スピント」の歌。

これで期待しない方がどうかしています。

2. プッチーニ 『蝶々夫人』 第一幕 "Gran ventura"


"Gran ventura"はいきなり、ピアノの指示。他のパートの人たちもピアノですから、ここは静かに会話が交わされる場面なのですね。初めて強弱がつくのは"Eppur connobbi la ricchezza. Ma il turbine rovescia le quercie più robuste"のくだり。"Ma il"までずーーーっとクレッシェンドしてきたかと思うと、"turbine"でデクレッシェンド。"rovesca le"は"(ro)-ve"あたりからまたクレッシェンドし、"quercie"からデクレッシェンドです。ここが強調気味に指示されているのは歌詞からわかりますね。「どんなに裕福な家でも不幸に見舞われて、零落を免れないことはある」ということを比喩的に表しているのですから。蝶々夫人の家族にも、大変な不幸が降りかかったのだということをこれだけで暗示するのですから、歌手の方も指示に合わせて歌わないといけません。

他は、ほとんど、ト書きしかないところでした。プッチーニのスコアは良くできていて、歌手が苦労しなくても、付点や短い音譜を取り混ぜて、歌に自然にリズムがつくようになっています。テバルディはその通りに歌っていて、機関銃のスコアを書いてしまった先生方の場合とは違って、スコアに乗って気分良さそうに(想像するに)歌っています。しかし、4分音譜や8分音譜にどれだけの長さを付けるか、これだけきっちり歌いわけられているのは・・・やはり、ダテにピアノ課から声楽に転向した人ではないですね。

彼女の場合、困るのは、時々混ぜる豪快な笑い声。テバルディは日本的雰囲気にこだわることよりも、スコアを十分に歌い出すことを目指していたようですから、日頃から、可笑しいことがあるとああいう笑い方をしていたんでしょうかね。(苦笑)ヨーロッパの方々に「日本的なはにかみ」とか「慎み」とかを理解していただこうとしても、非常に難しいものがあります。ましてや、大正11年生まれのテバルディには生きた日本人に接する機会は全くなかったのでは、と。いずれにせよ、嫌でも接することになった後でも、彼女には表現を変える気はなかったでしょうね。彼女にとっては、これは「プッチーニ作曲のイタリア・オペラ」であって、日本が舞台になっていることは添え物でしかなかったのでしょうから。(実際、ここに出てくる日本は、私達日本人にとっても、日本とは到底思えない、摩訶不思議な国になっていますし。)

3. プッチーニ 『蝶々夫人』 第一幕 "Vieni amor mio"


蝶々夫人の親族やら友達やらが集まってきてがやがや騒ぐ場面は、聞き所とは言えないと思いましたので、バッサリ、カットしました。

さて、まさに「日本」としては「摩訶不思議」な場面が早速。蝶々夫人が袂から手品のようにいろいろなものを取り出すシーンです。袂は物入れじゃありませんから・・・。これはないですね。ここの肝は、蝶々夫人父親が命を絶った短刀を出すところでしょうけれど、「長い箱を取り出す」って・・・。入んないでしょ。それからですね、蝶々夫人の身分自体がよくわかりませんけど、仮に父親が武士だとしたら、「ミカド」が武士に切腹を命じることなんてあり得ませんから・・・。外国の方はつくづく、「切腹」の話題がお好きですね・・・。

その、「手品」のくだりはト書き以外指示なし。テバルディは"Vi dispiace?"などに、少し相手の気持ちを伺うようなトーンを入れるのを忘れていません。"Son l' anime degli avi"はオケが"rallentando"で"Sostenendo"になっているので、彼女もオケに合わせてやや重厚目に、ゆっくり歌っています。後は・・・外国人には珍しいかもしれませんが、私達には「なんでそんなものが袂に入ってるの???」なシーンであるだけなので。

次の方は、遙かに内容的には重要です。"Ieri son salita..."からのくだりはピアノの指示。周りに聞こえないように、内緒で改宗したことをピンカートンに伝えるからですね。"e piana d' umilta"には"-mil"にテヌートがついているので、強調しています。"E mio destino"は"desti-"を頂点にクレッシェンドとデクレッシェンド。次の"Nella stessa chiesetta"の頭はピアノの指示があるので、一旦、テバルディは声量を絞ります。少しずつ上げますが、また"pregherò lo stesso Dio"の頭にピアノがあるので、またここで絞る。"forse obliar la gente mia"はラレンタンドなので、かなりテンポが落ちています。"Amore mio!"はフォルテなので、声を張っています。とにかく、どこからどこまでも美声・・・。

実は、次のゴローの"Tutti zitti!"もフォルテなのですが、テバルディと強烈さに差がありますね。(苦笑)ここは、最後の最後に"Madama F.B. Pinkerton!"と歌うだけなので、特に、というところではありません。このときは豪快な笑いがないので・・・密かに安心している私がいる・・・。

4. プッチーニ 『蝶々夫人』 第一幕 

"Bimba, bimba, non piangere---Bimba dagli occhi pieni di malia"


この後、皆が仲良く乾杯中にボンゾが来て大騒ぎになり、蝶々夫人は、日本風に表現すれば、「村八分」状態に追いやられるのですね。そこはカットしました。

このデュエットの部分が、実は、この幕の一番の聞き所、かつ、ソプラノにとっては第二の試練。レガートの連続で、どんどん音高が上がりながら、最後の最後でハイCが待っている、というキッツいデュエットが来るのですね。

最初はスズキ以外全員に見捨てられた蝶々夫人をピンカートンが慰める部分。ここには特に指示はありませ0ん。慰められるまではテバルディは涙声ですが、"Davver?"あたりから明るい調子に戻ります。どうという内容ではないですが、"M’ han detto che laggiù..."からの美声は・・・。絶句ものです。

本格的にデュエットに入ります。最初はピアノ。デクレッシェンドの指示があるので、テバルディは"e felice"を弱音にしていきます。"E fuori il mondo"をその前のフレーズより大きめに歌うのは彼女のパターンだったようです。ピアノの指示がある前のフレーズと対比を付けるためだったのかもしれません。"Quest' obi pomposa..."のフレーズは困ったように消え入らせています。その後は花嫁がまとうべき着物について語る部分。特に指示はありませんが、テバルディは声を張っています。「恥ずかしいから隠れたい」のくだりは音高も下がるので、特に目立たせようとはしていません。"ne ho tanto rossor!"はやはり、恥ずかしそうに締めを消え入らせています。

"E ancor"はフォルテで "l'irata voce mi maledice"でメゾフォルテの指示。"Butterfly"で大きく入って、ピアノの指示の"Rinnegata"で絶妙の弱音を聞かせた後、"e felice"はクレッシェンドの指示。このときは、ちょっと挑戦的に聞こえるくらい"felice!"を強く、バシっと歌っています。「皆に愛想を尽かされようと、私にはこの人がいるのよ」といったところでしょう。

"Somiglia…"からはピアノの指示。その通り、静かに歌っています。少々指揮がせっかちで、ここは忙しそうに聞こえますね。最後の"ciel"以外は3連符で区切られているこのあたりをレガートにしていないのはさすがです。次の"E li prende…"はメゾフォルテ。"e li avvolge in bianco mantel"は"sempre affrettando un poco"なので、常に少々早めて行かないといけません。、が、なぜか、こちらは指揮がのんびり。テバルディも特に急いではいません。"E vi reca"は"incalzando un poco"(少々熱を込め)で、"negli alti reami"はラレンタンド。ここはまさにその通りになっています!

"Le sa!"はフォルテ。テバルディ、強力に声を張っています。最後の"d’ averne"までデクレッシェンドして、そこから、ラレンタンドかつクレッシェンドで"morir"を締める。まさにその通りです。ちょっと最初の"morir"の"r"が流れているのは彼女らしくないです。

"Adesso voi…"からは"con intenso sentimento"(熱烈な感情を持って) "siete per me"が "entusiasmandosi"(興奮して)。その後は文字で"cres."とありますから、クレッシェンドです。指揮がせっかちですが、テバルディは次のフレーズにかけて、ずっとクレッシェンドしていって、蝶々夫人が最初にピンカートンに出会ったときの感動を表現。これ以上エキサイトしろって言っても、無理では?その後、伴奏を聞けばわかりますが、ボンゾの声のこだまが彼女を襲い、彼女は思わず耳をふさぎます。(ト書きにあります)

"Siete alto, forte…"は"con espansione"(十分感情を吐露して)。このときのテバルディは、特にここを強めず、むしろ優しく、甘美に歌っています。この男の実像を知らない彼女は、心底惚れ抜いているのですね・・・。それがわかる歌です。"Ridete con modi si palesi"はクレッシェンド。"e dite cose che mai non intesi"は最初はクレッシェンドですが、デクレッシェンドしながら締める。ラレンタンドの指示はないのですが、終わり近くはかなりテンポが落ちています。テバルディにしては、声を張りまくっていませんね。外国人の態度の珍しさに感嘆しているのであって、それ以上のものではないからでしょう。

"Or son contenta"は1度目が2点域以上、2度目は1点音域で歌われるようになっていますので、どうしても最初の方が目立ちがちですが、テバルディは同じ強さで歌っています。「この人がいれば、満足」自分に言い聞かせているようです。ちょっと指揮のせっかちさが目立ちます。

次は聞き所です。ヴォーカル・スコアに指示はありません。その前の導入の伴奏に"dolcissimo espressivo"(表情豊かな優しさの限りで)とピアニッシモの指示。それを受けて、デリケートに歌うのが常だった、"Vogliatemi bene…"から。"un bene da bambino"にはヴォーカル・スコアにもピアニッシモの指示。そのまま2点イまで"bam"を上げる。とにかく・・・美しい・・・。言っている内容は日本人としては微妙なんですが・・・そんなに繊細でもないですよ・・・。次の"vogliatemi bene…"からは伴奏にしか指示がありません。テバルディは今度は少々大きめに入ります。"umili e silenziose"の"zio"がピアノ。肝心のここでエレーデさんの指揮が早すぎて、テバルディはじっくり聞かせられません。残念。"pur profonda"の"pur pro"にテヌート記号、その後はクレッシェンドです。その通りの歌です。

蝶の標本のくだりは、テンポが速まるけれど、強弱の指示はありません。テバルディは"Dicon ch' oltre mare"から立派な声を張り、一言一言強めるべき言葉をはっきり発声して恐怖感を表しています。

指示のない"Sì, per la vita!"をテバルディは強烈に歌います。ここのデュエットを聞いてきて思うのですが、彼女、少しマイクから離れて立たされていたかもしれないな、と。二幕より声が小さく入っているのです。本来、彼女がこれだけ声を張ると、ものすごい大きさで入るはずなので・・・。

"Ah! dolce notte" "Quante stelle"にはト書きで"guardando il cielo, estatica"とあるので「空を恍惚として見つめながら」ですね。まさに、そのままの、甘美な歌いぶりです。"Non le vidi mai sì belle!"には"sostenendo molto"の指示。じっくり丁寧に歌わないといけないのですね。入りの低音域が目立ちませんが、最後の"belle"で残響が残るくらいしっかり歌っていますね・・・。

次の"Dolce notte quante stelle…"からは"dolcissimo"の指示が。そのままの歌です。臨時記号でフレーズごとに移調していく(イ長調ロ長調変イ長調変ロ長調)移調ごとに盛り上がっていく歌。聞いている方もエキサイト。しかも、テバルディの美声!でも、最後の"via per mare"の"mare"ではデクレッシェンドなのです。そこはやはり消え入らせています。

また"Oh! quanti occhi fissi attenti"になりますが、"sostenendo a tempo"「テンポを十分保って」"Quanti sguardi ride il ciel!"はクレッシェンドですから、テバルディは強烈に声を張っています。"Ah, dolce"は"poco allargando"「少し遅く」で次の"notte, tutto estatico d' amor ride il ciel!"はピアノで入ってクレッシェンド、最後はハイCです。これだけ輝かしく歌っているのに、「高音の出ない歌手」って?変な言いがかりはやめましょうよ。

最後のフレーズ、"Ah dolce"で一旦遅くしてから、エレーデが早くするだろうと思ったらしく、テバルディは少し早めに歌い始めているのですが、エレーデさんがそのままだとわかったので、即座に対応。こういう、臨機応変な対応も、オペラ歌手には必要なのですね。エレーデはせっかちなところはせっかちなのが残念ですが、テバルディの歌は、サン・フランシスコでのコンサートの時よりやはり落ち着いているし、進歩している(これほどのレベルの人で進歩っていうのもまた凄いですが・・・)と思います。立派なデュエットでした。


次回は第二幕の第一場からの音源のご紹介です。