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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1951年 『蝶々夫人』 スタジオ録音(2)

スタジオ録音 蝶々夫人

前回に引き続き、1951年録音の『蝶々夫人』のモノラル盤の音源から、主にテバルディの出演場面の動画をご紹介します。

1. プッチーニ 『蝶々夫人』 第二幕 第一部 "E Izaghi ed Izanami"---"Un bel dì"


途中から抜き出すのもどうかと思ったので、前奏から入れました。ピンカートンは戻ってくるわけがないと思っているスズキと、まだ彼を信じて疑おうともしない蝶々夫人の押し問答。

プッチーニのオペラって、不思議なんですが、有名な場面より地味な場面の方に、むしろ、歌手の実力が出るところがあったりするのです。ここも、"Un bel dì"ばかりむやみに有名ですが、その前のやりとりも起伏に富んでいて、聞き応えがあるのです。

ここで蝶々夫人のスコアに指示が出るのは、「アメリカの神様の方がすぐ願いに応えてくださる」という場面です。"presto risponde a chi l' implori"ここは"poco crescendo"となっています。テバルディは前から声量を上げてきているので、ここで特に上がっているという印象はありません。むしろ、"Ma temo ch’egli ignori"のフレーズが強く、次の"che noi stiam qui di casa"で落ち込みます。「もしかしたら、ご存じじゃないのかもしれない」ここは不安が出るからですね。「私達がこの家にいるってことを」ここは落胆するので、沈む。

その後、辛い現実問題が。お金が底をついているのですね。だから、スズキは「早く戻ってくれないと困るのに」とはっきり困惑。現実が見えないほどピンカートンに惚れ込んでいる蝶々夫人は必死に弁護する、ということになります。

"Perché dispone che il Console provvedda alla pigione..."は"che"だけ(!)にクレッシェンドの指示があり、"rispondi su!"は"-spondi"にアクセントがついています。テバルディは全体が強力ですね。"-spondi"はこれ以上にないくらい強いですから、アクセントとか何とか言うより、フォルテで「さあ、答えなさいよ!!!」という感じです。テバルディさん、非常に声に威厳がありましたので、『オテッロ』の柳の歌のときも、エミーリアに普通に話しかけてもちゃんと命令に聞こえるのですよね・・・。こういうときに、遠慮がちになる人ではありませんでした。

"Perché con tante cure..."のフレーズにはレガートの指示しかなく、その後「わかりません」とスズキが答えた後の"Non lo sai?"はメゾフォルテの指示です。さすがに、必要以上に強くは歌っていません。"Io te lo"までの方が強いですが、"dico"から急に弱音になるのは、ピアニッシモの指示があるからです。その後はフレーズごとにほとんどレガートなので、非常になめらかに聞こえます。スズキのパートにほとんどレガートの指示がないのと対照的で、これを二人がちゃんと歌い分けているので、冷静なスズキと、まだピンカートンに夢中の蝶々夫人の甘ったるい歌のコントラストがつく、というわけです。レガートを歌わせたらテバルディに匹敵するような人はまずいないと言って良く、ランキンがちゃんと自分の役割をわきまえているのも賞賛に値すると思います。細かく突っ込めば、発音の問題などはあるのですけれどね。

"e dentro"で一度レガートが途切れ、その後がまた・・・蝶々夫人の盲目ぶりが歴然。またフレーズごとにレガート、レガートで、(この辺のテバルディの美声!)"la sua sposa che son io, Butterfly!"はクレッシェンドの指示がある上、"con entusiasmo"「熱を込めて」ですから、テバルディの歌も強力に盛り上がっていくのです。

その後のスズキのもはや断定的な、「戻ってきっこない」という"レガートなしの"言明に怒りを爆発させるので、蝶々夫人もレガートを卒業。フォルテの指示で"Ah! Taci"ご丁寧に"taci"にアクセント記号がついています。"o t' uccido"も"-cido"にアクセント記号。"Quel ultima mattina..."のフレーズにはレガート記号はありません。その前までの甘い歌いぶりと別人ですよね。本当に殺されそうで、コワい位の迫力です。

次はまたしてもレガートが戻ってきます。この人は・・・わかってない。"Egli core grosso..."その後はレガートがあったりなかったりですが、蝶々夫人がピンカートンの言葉を鵜呑みにしているということだけはよくわかります。"sorridendo rispose"だけ、語り風になって、歌うようにはなっていないのは、レガートではないからです(!ちゃんと歌い分けられている)その後の"O Butterfly..."はピアニッシモで入るという指示。ここから、ピンカートンの言葉を彼女が反芻するのですが・・・。テバルディの歌は美しすぎて、卑劣漢には勿体ない!!!

その後は、「戻る」「戻らない」の押し問答の末、スズキが泣き出すので、例のアリアが歌われるのですね。何だか・・・蝶々夫人の信念を押しつけているような歌なのですが・・・。

"Un bel dì"は2点ト♭が歌い出しのキツい歌でしたね。"fumo, sull’ e stremo"では"fumo"の上にデクレッシェンドの指示がありますが、ちょっとそうは聞こえませんね。"sull’"と"e"にはテヌートの指示。エレーデがせっかちなので、十分テヌートできません。"E poi la nave appare"は"poco rallentando"の指示ですが、若干遅めになっているだけかもしれないなと。

"Poi la nave bianca,"は逆に"un poco mosso"なので早めるのですが、エレーデさん、肝心の所で早まってないですよ?"entra nel porto"は"ritenuto"「そこから遅く」。更に"entra"にはテヌート。ここはエレーデもせっかちになっていませんので、テバルディはじっくり歌えています。次から同じパターンが。"romba il suo saluto"は"un poco mosso"。ちょっと遅いかな?"Vedi?"は"ritenuto"かつ"con passione(情熱を込めて)"。テバルディ、強力に声を張っています。"È venuto! Io non gli scendo incontro, io no." "È"はテヌートです。そして、"venuto!"はデクレッシェンドの指示。出色なのは次の"Io non gli scendo incontro"では"dolcemente(甘美の限りに)""scendo"はラレンタンド。これ以上の「甘美」ってあるのでしょうか?そして、テバルディはいつも次の"Io no."まで一息で歌ってしまうのです。

"Mi metto là sul ciglio del colle"で"a Tempo" "con semplicità"。元のテンポで、「純粋に」。ここのテバルディの声の透明さ!"e aspetto, aspetto gran tempo"は強めに歌って対比を付けています。長く待つのですからね。(指示はないところです)"la lunga attesa"は"la lunga"が"ritardando"でだんだん遅く、"attesa"が"a tempo"で元のテンポに。"E uscito dalla folla cittadina"は"animando un poco(少々活気を込めて)" "s’ avvia per la collina"は"rallentando un poco"「やや遅くしていく」です。うーん、エレーデさん、スコア見てます?途中まで早すぎですよ。"collina"だけが妙にゆったり。テバルディも困ったでしょうね。

"Chi sarà? Chi sarà?"は"sostenendo molto""lo stesso movimento"「じっくり歌い」、次の指示は拍子が変わるけれど、前とあまり変わらないように歌う」ということです。"Chiamerà, Butterfly dalla lontana, io senza dar risposta me ne starò nascosta."は"rallentando"から"Lento"に。どんどん遅くなる。"un po’ per celia, e un po,"は"rallentando molto"なので相当遅くなる。途中までは少々早いかな、という印象ですが、テバルディも締めはさすがにかなりたっぷり歌わされていますね。

次は"per non morire, al primo incontro"。"per non"はテヌート。更に"con molta passione(大変情熱を込めて)"。の指示。"morire"の"rire"にはさらに"con forza(力を込めて)"とまで!テバルディ、ものすごい声を張っています。"ed egli alquanto in pena chiamerà, chiamerà"には最後の最後以外指示はないですが、テバルディはここは前までと違って、声量を下げてきます。次の"piccina mogliettina"のは入りはデクレッシェンドの底なので、ほとんどピアニッシモのように優しく歌っています。それが、「蝶々夫人の信じるピンカートンの言葉」を物語っている・・・。この誤解が悲しい・・・。(それにしても、又しても言葉にしようのない美声!)

次はスズキの方に宣言するくだり。"Tutta questa avverrà, te lo prometto"ここは最後の"metto"あたりからクレッシェンドして、"Tienti la tua paura, io con sicura fede"で頭にフォルテ記号。"fede"からはさらにクレッシェンドして、ラレンタンド。"l’ aspetto"でフォルティッシモに到達。・・・音が割れるくらいの巨声です・・・。脱帽。ここ、実は最後の8分音譜だけ、オクターブ下げてもいい、というヴァリエーションをプッチーニは用意しているのです。「高音苦手(???)」とか言われているテバルディが、それっぽっちの長さを下げたりするのを、聞いたことがありません。

2. プッチーニ 『蝶々夫人』 第二幕 第一部 "C’ è. Entrate."


ゴローがシャープレスを案内してきて、シャープレスはピンカートンからの手紙を読み上げ、蝶々夫人に、現実を見て欲しいのですが、いろいろ邪魔が入るので、じっくり手紙が読めない(苦笑)。

シャープレスを迎えるところには指示はありません。時々3連符で区切られたりしているので、歌い方には工夫が必要ですが。

ト書きはあります。"Il mio signor Console, il mio signor Console"の部分は(allegramente)「非常に嬉しそうに」ですから、テバルディの声も今までになく明るいですね。彼女は声色のパレットの色彩を非常に豊かに持っていたのです。

"Signore, io vedo il cielo azzurro"は頭にピアノが付いていますが、テバルディはむしろメゾフォルテぐらいで歌っていますね。「空が青々していますわね」なのですが・・・。まあ、これはテバルディのミスなのかもしれません。

何度もシャープレスは「ここに・・・」と切り出そうとするけれど、キセルやら、たばこやら、出されるので(この辺の異常な歓待ぶりは、むしろ日本的かもしれません。お客が来て何も出せないと恥ずかしいですよね・・・。)テバルディは少々彼の意向を伺うように、「シガレットの方がよろしいかしら」というくだりで若干探るようなトーンを入れるほかは、底抜けに明るい歌で通しています。これがまた、わかっていない蝶々夫人を表すのに絶妙なのです。

やっとシャープレスが、「彼が手紙を書いてよこしたのですよ」と言いますが、蝶々夫人はそれがひどい内容だとは夢にも思っていませんから、テバルディはそれまでの声の調子を変えません。ピンカートンの言葉にこだわって、「コマドリはそちらではいつ巣作りするのか」と聞く場面は、強弱の指示はありません。テバルディは落ち着いて"Mio marito..."と歌い出しますが、"rifà la idiata"あたりでは少々興奮気味に声を高めます。"Qui l'ha rifatta..."からが区切れて聞こえるのは、三連符で区切ってあるからです。

ゴローが馬鹿にしたように笑うと、さすがに彼女は腹を立てます。"Oh, c' è nakodo!"では声のトーンが微妙に厳しくなりますね。"Zitto!"は本当に「お黙り!」という感じです。"Oh, c' è nakodo....から...prima rispondete"までは長いデクレッシェンドがあります。

"Non lo sapete insomma"はガッカリしたように、声が少し暗くなります。ちゃんと話の成り行きを考えて歌ってくるので、どこでどのくらい声を明るくするか、などの加減が適切にできたのです・・・。これが29歳の歌手???

ピンカートンが去ってからゴローが何をしてきたかを歌うくだりは、むしろまた陽気なくらいになりますが、これは馬鹿にした笑いで、最初の底抜けの明るさとは微妙に違うのです。ここはレガートの指示がないので、テバルディは非常に歯切れ良く歌っています。レガートしか歌えない、甘ったるい歌手というのも、まるで見当違いな評価なのです。

ヤマドリ(この人、何者?日本人には謎ですよね。)がやってきます。"Eccolo, attenti"にはやはり、レガートはありません。とにかく、「来ました、ご注目!」なので、強めです。むしろ、その後、ヤマドリに歌いかけるところがレガートの指示になっていて、これをテバルディは見逃していません。わざと甘ーーーく歌いかけて、金に飽かしていろいろ女性を妾にしてきたこの男を焦らすのです。これだけ、他の男のことはわかっているのに、どうしてピンカートンの本性だけわからないのか。結局、「恋は盲目」なのですよね・・・。

"Già legata e la mia fede"に(con serietà)「真面目な様子で」というト書きが付いていますので、しばし、テバルディの声のトーンから明るさや甘さは消えて、むしろしっかりした調子になります。"La legge Giapponese"からはメゾフォルテの指示。"Gli Stati Uniti."などは、「当然でしょ」と言わんばかりの、自信たっぷりのトーン。

「日本ではこうだけれど、アメリカではこうだ」と言ってみせるところには特に目立った指示はありません。レガートではないので、非常に歯切れ良く、(滑舌が良いのは今更言うまでもありません)歌われていますが、判事の台詞は重々しい声で、いい加減な夫はいかにもいい加減な男のように、"Ah!"はグリッサンドしろとは書いてありませんが、グリッサンド気味にしています。そして、また判事に戻るので、重々しく。一人芝居が終わって、"Suzuki, il the"はフォルテの指示。この辺は忙しい。休符がないのです。蝶々夫人自身、うんざりして、ふっつり話題を切るからです。ちょっと全体に大きかったので、フォルテが目立っていません。

"Che persone moleste"はいかにも迷惑そうです。ヤマドリが未練たっぷりに別れを告げた後、"Padrone"はピアノなのですが、ちょっと強いですね。"Il guaio è che non voglio"はフォルテです。さすがに強力ですが、後の笑いは必要ないですよ・・・。

ここで切ります。記事も長くなりすぎました。後の動画は次回に回します。