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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1951年 『トスカ』 スタジオ録音(1)

スタジオ録音 トスカ

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さて、モノラル録音の『トスカ』に至っては、テバルディが80歳を迎えた2002年にデッカが出した記念盤(写真)(これも、「記念盤」と言うにはお粗末すぎるシロモノでした。私はモノラルの『ラ・ボエーム』と『蝶々夫人』を手に入れたいがためにこれを買いましたが、茶一色の厚紙のスリーブに入ったCDが外箱の中に入っているだけでした。例によって、ブックレットもトラックナンバーと録音データだけ。結局「大全集」を買ったのでダブってしまいました。。。)にすら含まれておらず、無視された格好でした。

『トスカ』はテバルディのレパートリーの中核をなすもので、結局彼女は170回この役を歌いました。(「ステージへの出演回数」参照)

私の全く個人的な意見になりますが、完璧にトスカらしいトスカを歌えた歌手は、結局、テバルディだけだったと思います。これを書くと色々な筋から批判が殺到するのはわかりきっています。が、このオペラのここの歌詞を皆さんはご記憶でしょう。死刑を待つばかりだったカヴァラドッシがトスカと再会し、自由になれると知ってつかの間の幸福に浸る場面です。

"Parlami ancor come dianzi parlavi; è così dolce il suon della tua voce!"(私は「もう一度言ってくれないか、前に言ってくれたようなことを。君の声はこんなにも甘く響くんだから!」と訳しました。動画をご覧頂けばおわかりの通りです。)"è così dolce il suon della tua voce!"と言われるような声を持っていたのはテバルディだけでした。それだけではありません。この役はそれこそ、甘ーーく恋人に甘えかかったと思うと、ヒステリックな嫉妬に駆られて態度を急変させる、という難しい役です。どちらかというと、落ち着いた性格のテバルディには向かないのではないかと思われそうですが、彼女はこの気分の変わりやすい、激しい気性の女の役を完璧に歌い出しました。

甘い声から、暗く、重い声、ハイCから低音まで、柔らかなピアニッシモから過激なまでのフォルティッシモまで、全盛期のテバルディは自由自在に操り、声色も表現も豊かで決してモノクロームの歌を歌いませんでした。

劇場で見たときの彼女の演技は、確かに所作はぎこちなかったかもしれませんが、彼女は歌でこの役を十全に表現したのです。これが一番よく現れているのは、1956年のメトロポリタン歌劇場でのライブ録音です。ここでのテバルディはテバルディという歌手自体への認識を変えてしまうほどの表現域に達していて、指揮のミトロプロスが例え"Vissi d'arte"で悩ましいまでに遅いテンポをとっても、息切れすることなく、完璧に対応しています。

170回歌っただけあって、彼女の『トスカ』の記録は非常に多いのです。私が持っているだけでも、スタジオ録音2種類、ライブ録音7種類、(抜粋盤を含めれば8種)DVD2種類があります。DVD以外は全てご紹介することになると思いますが、その場、その場によってテバルディの出来は違うし、良いところも物足りないところもあります。確実に言えるのは、最高の記録は1956年のライブ盤だということです。そして、残念ながら、2回のスタジオ録音はこのライブ盤の出来映えには遙かに及びません。

ただ、この度記事を全面的に書き改めるに際して、果たしてこの録音時までに、彼女がどれだけこの役をステージで歌っていたか、例のCronologiaで確認しました。すると、驚いたことに、1946年に3度、1947年に6度、歌っただけだったのです!(一つ前の『蝶々夫人』に至ってはステージで歌うことになるのは遙かに先のことだったのはもう言及済みです。)彼女がステージで盛んにこの役を歌うようになったのは1953年からでした。この録音がされた1951年にも、ステージでは4度しか歌っていません。テバルディに関して言えば、ステージで歌ったことがあるかないか、は出来映えとはほとんど関係なかったのです。スコアを見れば、頭の中でどう歌えば良いか、細部まで詰めることができる。そうでないと、実際舞台で歌わなかった演目のレコーディングは不可能でした。

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とにかく、リリコ・スピントの最高峰であって、微細な表現に富み、途方もない美声に恵まれたテバルディでなければ、この役をこのように易々と(彼女はこの役を歌うのに苦労しているようには聞こえません。それはこの盤でも確実に言えます)歌える歌手はいなかったし、これからもいないでしょう。

では、録音データを簡単に記してから、動画のご紹介に入ります。録音は1951年8月3,6日、指揮:アルベルト・エレーデ、演奏:ローマ・聖チェチーリア音楽院管弦楽団・合唱団、主なキャストは、トスカ:レナータ・テバルディ、カヴァッラドッシ:ジュゼッペ・カンポーラ、スカルピア:エンツォ・マスケリーニ、スポレッタ:ピエロ・デ・パルマ他、です。ジャケット写真は単売されていたときのものです。

1. プッチーニ 『トスカ』 第一幕 "Mario! Mario! Mario!"


トスカはバックステージから恋人の名を呼びながら登場します。私が動画を作るときは、最初の2度の呼びかけはカットします。ご了承下さい。ここからが、本格的なトスカの出番だと思いますので。早速テバルディの声の見事な響きと音色に魅了されるのですが、彼女がここを歌うとき、ト書きにある(stizzita)「苛立った様子で」というのがいつも、今ひとつ出ていないのですが、よく考えると、バックステージからあれだけの声を張って、なおかつトゲトゲしい様子を声に混ぜると、下手をすると怒っているように聞こえてしまうからではないか、それで控えめにしたのかもしれない、と思うに至りました。ラレンタンドの指示もあるのですが、それは守るので、最後の「マーーリオーー」が一番スローに聞こえるのですね。

最初は、ほとんどフレーズごとに音高が同じの機関銃です。ここではテバルディは敢えて機関銃のままにしています。彼女は恋人が誰か他の女と話していたのではないかと疑い、問い詰めるのですから、妙に歌心がついてしまうと却って不都合だからです。"Colei! quella donna"あたりから音高が上下してきます。そして、"Ho udito i lesti passi e un fruscito di vesti..."は"e un"あたりを頂点にクレッシェンドとデクレッシェンド。その通りに歌っています。"Lo neghi?"はフォルテにしろという指示はありません。ただ、"ne-"が2点イ♭まで上がるので、必然的に強めになるのですね。"Oh, innanzi la Madonna."は"(in)-na-nzi la"までテヌート記号がついていますので、くっきり歌っています。そして、指示こそありませんが、ここから歌のトーンが甘口になります。

その後はしばらく指示はありません。ただ、比較的長い歌詞をスラーでくくられているところが。"Tu m' aspetti sull' uscio della scena"までがスラー、次"e alla tua via andiam"までがスラー。最初のフレーズ、長いですね・・・。ですが、お聞きの通り、テバルディはちゃんとスラーの所をレガートで続けて歌っています。

その後も詰めが細かい、というか、これ以上スコアを効果的に歌い出せるのか?という・・・。"E luna piena ed-il notturno ef-fluvio floreal-inebria il cor."は-で区切ったところが区切りで、後はフレーズごとにスラーでくくられています。"(ef)-fluvio floreal"にはテヌート記号。"Non sei contento?"まで、テバルディは甘口に歌っています。切れ目やテヌートはその通りに。ところが、カヴァラドッシの返事は上の空。それで、ト書きがあります。(colpita dall' accento freddo di Cavaradossi)「カヴァラドッシの返事の冷淡さに驚いて」ですね。それで、前とは打って変わって、鋭く"Tornalo a dir!"を歌い、次の返事も今ひとつなので、更に"Lo dici male,"が(stizzita)となるのです。確かにそこは、ちょっと憤慨気味のトーンが混じっているのに、次の"lo dici male"には、ピアノとラレンタンドと"dolce"の三つ巴の指示。ここはそのため、急に優しいトーンになっています。

"non la sospiri la nostra casetti..."からは頭にピアニッシモがあり、(carezzavole)「優しい・媚びを含んだような」といったト書きがあります。"verde ci"のところにはリタルダンドの指示があるのにすぐ後の"(a)-spetta"は"a tempo"で「元に戻せ」と。"pien d' amor di mister"の頭にクレッシェンド。"Al tuo fianco sentire"の"fian-"からデクレッシェンド。切れ目としては"d' amor di mister"のほうが適当ですが、一度ここで切ります。"pien d' amor"がクレッシェンドしているかどうかが微妙なだけで、後は見事にスコア通りですし、彼女ならではの甘美な歌になっています。

次、"ombre salir"までは特に指示はないのですが、"le voci delle cose"の"cose"が例の、厄介なポルタート。また、"dall' imo dei franti sepolcreti"に進むと、ここでも"dei franti se-(polcreti)"までがポルタートです。ここはテバルディ自身にとっても厄介だったのでは?と。ポルタートというよりは・・・"voci delle cose"をスタッカートで歌っています・・・。やはり、歌でポルタートって無理なんじゃ?と思ったら、二度目の方は割合ポルタートに近くなっていますね。最初の方をスタッカート気味に歌う傾向は数年続きますから、これもこのように習得してしまったのでしょうか。勿論、スタジオでは譜面台の前で歌いますが、スコアばかり見てはいられません。何よりも指揮者を見ていなければいけませんし、共演者の入るタイミングではそちらをちらっと見る必要もあります。彼女は半ば、記憶ベースで歌っていた可能性もないとは言えません。

"la note escon bisbigli di minuscoli amori"はラレンタンド。"e perfidi consigli"は(con intenzione)「意図を含んで」というト書きがありますが、結局、この「入れ知恵」なるものは、恋人達の恋心を更に燃え立たせるような雰囲気を作るのだ、ということでしょう。ラレンタンドはまさにそのままに歌われており、「入れ知恵」はこの場合、強めに歌っていますね。"per fi di con-"まではテヌート記号もついており、"stentando"の指示もあるのです。じっくり、ゆっくり歌うのですね。もうちょっとテンポが抑えられたほうが良かったように思いますが、エレーデの気分もありますから・・・。(苦笑)。ただ、強調しているのは「けしからん入れ知恵」をいたずらっぽく目立たせたかったからでしょう。その後の"che ammolliscono i cuori"が歌詞そのまま、また甘美きわまる調子になっているのはさすがです。

"Fiorite, o campi immensi"は、いつもはもっとゆったりしたテンポでたっぷりと歌うのですが、(特に彼女は"immensi"を強調し、甘口で歌うのが常でした)ここでは、エレーデのテンポが急に速くなっているので、それはやれていません。"(Fio)-rite"を頂点にクレッシェンドとデクレッシェンドが指示されているので、これは指示通りにしています。"aure marine nel lunare albor"では"nel lunare al-"にテヌートがついていて、リタルダンドですので、ここは指揮もさすがに遅くなります。エレーデという指揮者は良くも悪くも・・・遊び心がない人だった?テバルディと相性の良かったミトロプロス(彼は彼女を絶賛していましたし、テバルディも彼に感謝していました)などは、テバルディの息がどこまで続くか試しているんじゃないかというくらい遅く振っているのですが、それでいて、だれた指揮には感じないのです。引き締めるべき所では引き締める。名指揮者というのはそういうものなのでしょうね。

"Ah, piovete voluttà, volte stellate!"は頭が頂点でデクレッシェンド。"espressione"「表情豊かに」の指示も。"Arde in Tosca a un folle amor!"は2点ハ以上の高音域で、最後は2点イ♭ですから、指示がなくても盛り上がります。何せ、歌詞が歌詞ですし。テバルディの声、凄いですね・・・。次に同じ歌詞を繰り返すところには"con abbandono"という指示。これ、正直どういう意図の指示なのかわかりません。「無頓着に」は歌詞には合いません。「放棄して」も変です。とにかく、テバルディの歌は、先ほどの強烈な歌から、優しい調子に変わっています。こういうところがまた、ビロードの音色なんですよね。"O mio amore!"はピアニッシモの指示なんですが、そこまで抑えきってはいないような。とにかく、これまたビロード。

「じゃあ、仕事させてくれよ」と言われると今度はすかさず"Mi discacci?"で(sorpresa)「驚いて」です。「たった今逢い引きに行くって言ったばっかりなのに???」といった所でしょうか。それで、最初の"Vado"はイラついて、次の"Vado"には"dolce"の指示。うーん、この辺の声の調子は今ひとつ変化に乏しいですね。彼女らしくないです。

その後が大変なことに。嫉妬の塊のようなヒロインですから、恋人の描いている絵の女が自分とまるで違うタイプなのにすぐ気づいて、邪推。ですが、"Chi è quella donna..."の所には指示はありません。テバルディは鋭い調子を入れて、早速嫉妬の虫が動き出したのを表しています。ここは上手いですね。"È troppo bella!"もややヒステリー気味。それがツボにはまっています。「別に大したもんじゃ・・・」といった調子のカヴァラドッシの反応が余計に彼女をいらだたせてしまう。"Ridi? Quegl' occhi cilestrini..."からは女の正体を見破ろうと考えにふけるのですね。ここは"quasi a piacere"「まあ、ご随意に」でしょうか。無責任な指示のような。その後の"Aspetta...Aspetta..."は後年はもっと重く歌うのが常でした。(指示はないところです。)ちょっと、ここではお気楽過ぎるかもしれません。

"È l' Attavanti!"には(trionfante)「勝ち誇って」というト書きが。ちょっとこのト書きはないんじゃないか・・・と。クイズ番組じゃあるまいし、当てられたから嬉しいってものではないでしょう。テバルディの歌、私には「勝ち誇って」いるようには聞こえませんし、それ以降の録音でもそういう風に聞こえた記憶のあるライブは無いような・・・。「あの女と浮気してるのね!」という逆上が入っていると思うのです。そして、その方がこのヒロインには相応しいと。

次の頭には(vinta della gelosia)とあるのですから。「嫉妬に屈して」ですね。"La vedi? T' ama? Tu l' ami? tu l' ami?""Tu l' ami"からクレッシェンドで、2度目のには(piangendo)「泣きながら」というト書き。テバルディはそれはやりません。少し声のトーンを暗くするだけです。泣くところでは遠慮無く泣く人でしたが、『トスカ』でむやみと泣きを入れるのは逆効果だと思っていたのかもしれません。むしろ、強烈な嫉妬をむき出しにした方が良いと。もう少し歌が練れてくると、そういう、統一したヒロイン像が彼女の中でできあがってきているのだな、というのがわかってくるように思います。

次にも頭にしつこくト書き。(non ascoltandolo, con ira gelosa)「彼の言うことを聞かず、嫉妬の怒りをもって」です。"Quei passi? e quei bisbiglio?"です。テバルディ、ヒステリー気分を続けていますね。それでいいのですが。次はフォルテで、クレッシェンドかつ、"con anima"ですから、滅茶苦茶に激怒するのが相応しいのでしょう・・・。"Ah! Qui stava pur ora!""pur ora"あたりはデクレッシェンドになっていて、"Ah! la civetta!"の頭でフォルテがつけ直されていますが、デクレッシェンド???ともかく、テバルディはわずかですが、そこだけすこし声を落としています(少しだけですが)"A me! a me!"まで強烈な歌。最後は(minacciosa)「脅すように」のト書きがありますし。しかし・・・29歳の歌手が、たとえ9度といってもステージで既にこれを歌っていて、スタジオでもこういう歌を披露できるのは驚愕ものです。ヒステリックなところと甘美なところを両方出さなくてはならないというのは、ほとんど二律背反なのですが、どちらも無理なくできている・・・。畏敬すべき才能です。

うんざり気味のカヴァラドッシになだめられてようやく落ち着きを取り戻しますが、まだこだわっていたり(苦笑)。"Come mi guarda fiso! Di me, beffarda, ride!"って。。。絵の女が???ですが。ライブだともう少しひねりを入れて、「憎らしい」というトーンを入れていたりするのですが、ここではやっていません。スタジオだと・・・どうしても大人しめなのがテバルディ。とにかく、ここまで思い込みが激しいとカヴァラドッシも持てあますかと思いきや、こういう激情的なところが彼の気に入っているのでしょうね。その後の彼の歌がそれを物語っています。

"Ah! quegli occhi..."はラレンタンドです。ちょっと、エレーデさん、テンポの落とし方が足らないのでは?カンポーラが途中から入ってくるのはスコア通りなのですが、もう少しテバルディに歌わせてあげないと。

この録音の問題はカンポーラにもありますね。その後カヴァラドッシが必死にトスカをなだめるので、しばらく歌い続けるのですが、彼の声は震え気味ですし、フレーズの終わりでは早めに消えてしまっています。テバルディ相手の理想的なカヴァラドッシとは言えないです・・・。

なにせ、その直後のテバルディの"Oh, come la sai bene l' arte di farti amare!"が、強力に入りつつも、余りにも美しい上、なんとなく悲しげな色を含んで音量を下げていくのを聞いてしまうと・・・見事すぎて息をのみます。"dolce, ma sentito ed espressivo" 「甘美に、が、心から、表情豊かに」です。"l' arte..."からピアノの指示があるので音量が落ちるのです。ここの彼女の歌には、音楽にもそういう雰囲気がありますが、何だか「秋」のトーンが感じられるような・・・。「浮気しているのかもしれないけれど、この人の魅力には惹きつけられざるを得ない、どうしようもない」というような複雑な感情が入っているように。ト書きは「恍惚として、彼の肩に頭をもたせて」ですが、恍惚感、というのとは違うものを感じるのです。

"Ma falle gli occhi neri..."は(maliziosamente)「非常に意地悪く」ですが、テバルディはこのト書き(前のも実践しているとは思えません)は無視しているようです。そういうのは相応しくないという判断でしょうか。その後の、「自分でも嫉妬深いのは認める」というくだりには特に指示はありません。"tu guardi mio dolor"が2度出てきますが、両方クレッシェンドです。エレーデのテンポはどうも早過ぎるように思いますが、テバルディの歌は雄大です。カンポーラもそれなりに頑張ってますね。ただ、この録音、これもひとつの欠点なんですが、テバルディの巨声に恐れをなしたデッカのエンジニア達が、彼女が強烈に声を張る場面では明らかにマイクから離れて立つように指示したと思われる箇所がはっきり聞き取れてしまうのです。この辺はそうでもないですが、ちょっと音が小さめに入っているような・・・。

何の指示もなく、レガートでもない"Dillo ancora la parola che consola...dillo ancora!"はどうも、歌い出しから"che consola"までブレスを入れた形跡がない・・・。驚異的な息の長さです。そして、なめらかで甘美な歌が、歌詞の甘えかかるような内容とぴったり合っている。

"Tu fino a stasera..."からは機関銃のスコアです。このときのテバルディはヒステリーを起こしていたときとは別人のように可愛く歌っています。とくにメロディーラインをいじってはいません。"treccia bionda"にはテヌートが付いていて、このあたりからラレンタンドなので、じっくり、しっかり歌っています。彼女にとっては「金髪の女」は敵ですからね・・・。その後、特に指示のあるのは「マリア様の前で?」とカヴァラドッシにいさめられたときに"È tanto buona!"というところを"dolcissimo"で歌えと。これ以上は無理でしょうというくらい、テバルディは甘ーーーく歌うのが常でした。うーん、もっと甘口のを聞いたことがあるような。最後の"Ma falle gli occhi neri!"が遅めなのは、オケが"Lentamente"「ごく遅く」になっているからです。

標準からするとずいぶん立派な歌なのですが、ここまで聞いた感じでは彼女の完成形ではないですね。

2.  プッチーニ 『トスカ』 第一幕 "Or tutto è chiaro"


こちらは、カヴァラドッシが、脱獄したアンジェロッティを別荘に案内するため逃げた後、スカルピアがやって来て教会を捜索してからのくだりです。

スカルピアはトスカがカヴァラドッシの愛人だということを知っているのはご存じの通り。そして、アンジェロッティが落としていった、妹の扇子を、トスカの嫉妬を煽るため使おうとすることも。

トスカはカンタータの後宴会に呼ばれることにでもなったのでしょう、逢い引きはお流れになった、という、彼女にとっては辛い知らせを持ってくるのですね。歌い出しの前に、ト書きで、教会の中のそこここを探し回るというのがありますが、当然彼は見つからない。なので、最初からテバルディは声を張って"Mario?! Mario?!"と呼びかけて、恋人の返事を期待します。

"Ingannata?..."からは特に指示はありません。最後の"tradirmi egli non puo!"がメゾフォルテで、ト書きに(quasi piangendo)「ほとんど泣きながら」とあるだけです。テバルディがここを特に強くしたり、泣きを入れたりという記憶はないです。せいぜい、少し暗めのトーンが入るくらいです。彼女のトスカはやたらと泣くタイプではないのです。せいぜい、この場面の退場の時盛大に泣くくらいです。

"Grazie signor!"は反射的に答えただけ、という感じですし、"Bontà vostra"には(distratta e pensosa)「気が散った様子で、思いにふけり」ですが、特に思いにふけっているという声を出していた記憶もありません。ここも相手が何を言っているのかどうでもよく、反射的に答えているだけ、という調子を出しているのみです。

スカルピアが何やら妙に含みのあることを言い出して初めて、彼女はやっとスカルピアの言葉に注意を払い始めます。"Che intendete?"には(sorpresa)「驚いて」のト書きと、"-dete"にアクセントが付いていますが、ここではテバルディは全体を強めに歌っています。奥歯に物が挟まったような言い方をされて、イライラしている、という調子ですが、それはまさに適切、と思えます。気性の激しい女性ですから、はっきりしない物言いは嫌いなのですね。

「愛」という言葉が出て初めて、彼女は完全にまたヒステリー気分に突入。"Che? D' amore? Le prove! le prove!"もっと強烈なときもありますが、この時も気分が完全に変わったのを表現。女持ちの扇子を見せられて(ヨーロッパに男持ちの扇子って無いか・・・)"Un ventaglio? Dove stava?"何の指示もないですが、完全にヒステリーモードですね。29歳でこれだけの声が張れるのですから・・・。凄い。スカルピアから扇子をひったくって彼女はそれを検分。"La corona. Lo stemma. È l'Attavanti! Presago sospetto!..."何の指示もないですが、"È l' Attavanti!"で音高が上がるのにつれて噴火して、最後で陰うつこの上ないトーンを入れているのはさすがです。

その後、しばし、今度はこの上なく悲しいトーンで"Ed io venivo a lui tutta dogliosa"と始まります。ト書きにも(con grande sentimento, trattenendo a stento le lagrime...)「大いに表情を込めて、かろうじて涙をこらえつつ云々」とありますし、歌詞も歌詞ですから。大変な悲哀感が、声に入っています。

次の"L' innamorata Tosca è prigioniera..."には"con grande passione"「大いに苦悩して」という指示が。声を張っているだけでなく、こちらにも悲哀のトーンが入っています。

"dei regali tripudi, prigioniera!"こちらは"(pri)-gio"を頂点にクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。同時にこの音は2点イに上がります。まさにその通りの歌です。ト書きや指示によっては従っていないところもありますが、それは、あまり従っても適切だと思えないと判断したときだけで、これは実践すべき、と判断したところでは忠実に実践しているのですね。

ほとんどスカルピアの言うことなど聞いていない彼女。"io qui mi struggo...."には何も指示がありませんが、テバルディはクレッシェンドをかけているように、歌詞が進むにつれてどんどん声量を上げて、最後はかなり強烈なところまで持って行っています。「許せない」という思いが強まっている、それが聞いている方にも伝わります。

その後はもう、余りの激怒に半ば人事不省に?"Dove son?"ですから。"Potessi coglierli traditori"今度は現場を押さえてやるという考えに方向が変わります。何の指示もありませんが、テバルディは"traditori"「裏切り者達」という言葉に強勢を置きます。ここ、音高も同じで、本来は機関銃なのですが、彼女は本当に適切に言葉を選んで強調すべき所を強調できるのです・・・。

"Oh qual sospetto!"には(sempre più crucciosa)「どんどん苦悩を増して」というト書き。 "Al doppi amori è la villa ricetto."には"con forza crescendo"「力を強めていき」という指示が、"Traditor...traditor"には(con gran dolore)というト書きが。忙しいですね。最初の2フレーズは強烈に歌って、苦悩というより怒りが爆発しているようです。"Traditor..."は声は抑えめで暗いトーンが入っていて、怒りが恨みに変わっていますね。コワい。それが、絶妙なのですが。

"Oh bel nido..."には"con forza"という、テバルディには無用のような指示が。当然、彼女は怒りに燃えたような激しさで歌っています。"Vi piomberò inattesa!"には「突然決心して」というト書きが。これも過激なくらいです。"Tu non l' avrai stasera, Giuro!"には最後に(grido acuto, disperato)「鋭く叫ぶ、絶望的に」というト書きがついていて、"(sta-)sera"にはアクセントがついています。アクセントはまさにその通りついていますが、"Giuro!"は強烈ではあっても、絶望的ではありません。「現場を押さえてやるから!」とアッタヴァンティ夫人がモデルの肖像に向かって叩きつけるのに、自分が絶望してどうするのでしょう?テバルディの解釈の方が自然です。

「教会の中ですよ」とスカルピアに注意されて(教会内でみだりに誓いや呪いの言葉を言うのは、罰当たりなのですね。)から、「神」を意識した彼女の気分が完全に変わります。怒りが消えると共に、どっと悲しみが押し寄せてくる。熱愛している恋人に裏切られたのだと。"Dio mi perdona..."は今までの強靱さが一旦抜け、悲しみに沈みます。"Egli vede ch' io piango!"には"con grande espressione"「大いに表情をこめ」で、"vede"からクレッシェンドの指示。心の底から訴えるような切迫感のある雄大なクレッシェンドになっています。終わりに(piange dirottamente)「非常に激しく泣く」のト書き。その通り、初めてテバルディは泣きます。トスカは信心深いという設定ですから、「神様」が出てきたら、急に心が折れてしまったのですね。悲しみに身を任せながら教会を出て行くのです。


スコアにべったり従うことが必ずしも適切ではない、という記事は既に書きましたが、テバルディは無理を感じさせない表現にするために、敢えてト書きや指示を守らなかったり、指示がないところでは適切な表現を工夫して付けています。もうこの段階で・・・。ただ、彼女にはまだ伸びしろが沢山ありました。本当に驚異的な歌手です・・・。

次回はこのオペラの一番の見せ場、第二幕からの音源のご紹介です。

 

次回は第二幕の動画のご紹介に移ります。