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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1952年 ミラノ・スカラ座での『ファルスタッフ』 (1)

今回からは1952年5月収録のスカラ座でのライブ録音『ファルスタッフ』のご紹介に移ります。

テバルディと『ファルスタッフ』・・・。イメージが湧かない方が多くて当然だと思います。このオペラの主役はファルスタッフであり、彼女が歌ったアリス・フォードは大勢の中の一人に過ぎません。デッカの看板ソプラノとしての彼女が、デッカの『ファルスタッフ』のスタジオ録音で、アリス・フォードとして起用されることはついにありませんでした。

デッカが出した『ファルスタッフ』は1964年の物で、指揮はゲオルク・ショルティファルスタッフをゲライント・エヴァンズが歌っています。アリスはイルヴァ・リガブエ(私はこの人のことはよく知りません。)、クイックリー夫人をシミオナートが歌い、ナンネッタをフレーニが、フェントンをアルフレード・クラウスが歌っているあたりはイタリアオペラらしさを感じさせますが、肝心のファルスタッフはやはりゴッビやタッデイやコレーナでないとピンときませんね。

つまり、本来、アリス(以後はイタリア語読みのアリーチェにさせて頂きます)・フォードはテバルディ・クラスのプリマ・ドンナが歌うような役ではないのです。EMI盤ではシュヴァルツコップがアリーチェを歌っていますが、彼女はリリコ・スピントではなかったし、彼女の歌唱が特にイタリア・オペラに向いていたかというと、そうではないと思います。ただし、この役はリリコ・スピントが歌う必要のない役ですが。

テバルディが何故、ライブでは頻繁にこの役を歌っていたのか、その理由はわかりません。彼女はこの役をやるには勿体ない人ですが、声の酷使を控えるという配慮と、劇場側の、押し出しの立派な、貞淑で美しいマダムらしいソプラノにこの役をあてたい、という双方の要望がマッチしたから?というのが納得しやすいといえば言えると思います。

テバルディの出演した『ファルスタッフ』のライブは手持ちで3種ありますが、(後は1958年と1961年のもの)この録音の時の彼女が一番声がフレッシュであるのは間違いありません。他のプリマ・ドンナ・オペラでの彼女ばかりに注目していると、この演目でテバルディがいかに素晴らしい歌を披露したかを聞き逃してしまうのです。実はそれは非常に勿体ないことで、この演目での彼女からは、本当に歌のうまさが伝わってくるのです。大げさに言えば「七色の声を駆使している」かのようです。多くの悪意のある「評論家先生方」の、「ただ美声だけで歌っていた歌手」というテバルディの評価が、世迷い言に過ぎないことが証明できる歌唱の記録のひとつです。

彼女は巧みにアンサンブルに溶け込めたし、ソロで歌う場合もその場その場で的確な表現で歌っています。そうでなければ、その他の、上に挙げたような理由があろうとも、テバルディがこの役に起用され続けた訳がないのです。

テバルディ出演の『ファルスタッフ』は、バリトン歌手を聞くためだけでなく、テバルディを聞くために必聴なのです!特に、この時の録音はお勧めです。

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では、録音データを。私の使用した音源は実は4枚組の、Music & Arts のCD-1104で、(写真)他にもオマケのトラックが収録されていますが、ここにオペラ全編が収録されているのはこのライブ録音だけです。1952年5月26日、ミラノ・スカラ座での上演、指揮はヴィクトル・デ・サバタ、演奏はミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団、ファルスタッフ:マリアーノ・スタービレ、アリーチェ・フォード:レナータ・テバルディ、メッグ・ペイジ:アンナ・マリア・カナーリ、クイックリー夫人:クローエ・エルモ、ナンネッタ:ロザンナ・カルテリ、フェントン:チェーザレ・ヴァレッティ、フォード:パオロ・シルヴェーリ他です。

因みに、ここでファルスタッフを歌っているマリアーノ・スタービレ(1888-1968)は、1921年に初めてトスカニーニによってファルスタッフに起用されてから約1200回(!この記録はちょっとあてにならない・・・)この役を歌ったという名手です。トスカニーニつながりということもあって、テバルディと談笑している写真も残っていますが、今回は動画のサムネイルにそれを使いませんでした。使用したテバルディの写真は、ずっと後年のものです。

まず、第一幕 第二場の抜粋からご紹介します。なお、喜劇はセリフが多くて、テンポが速いため、字幕がすぐ変わってしまい、読みにくいです。よくお読みになるためには、一度通しでお聴きになってから、二度目は一時停止するなどして、セリフを読んで頂くしかありません。字幕をつけるのにも非常に苦労しました・・・。

最初、この動画は第二場全部(約15分程度)をご紹介する予定でしたが、一度に何人も加わる重唱部分の字幕がどうしても入りきらなかったので、途中でフェード・アウトしたりフェード・インしたりして、二カ所削除させていただきました。主に女性陣の歌う場面を中心に編集してあります。

● ヴェルディ 『ファルスタッフ』 第一幕 第二場 "Alice", "Meg"


最初の会話部分はスコア上、何の指示もありません。アリーチェの長めのフレーズにスラーがついていて、レガートで歌う指示が所々ありますが、こういうのは別にテバルディにとってはまるで苦にならなかったはずのものですから。

"Giungi a buon punto. M’ accade un fatto da trasecolar."の"da trasecolar"がポルタートですが、やはり歌唱でポルタートを実践できる歌手って、いないんじゃないかと。ここのテバルディはどちらかというとスタッカート気味です。ポルタートはやはり、弦楽器向きの指示では?

"Dunque: se m’ acconiciassi a entrar ne’ rei propositi del diavolo, sarei promessa al grado di Cavalleressa!"ほとんどが悲劇のヒロインを持ち役としていたテバルディですが、このオペラでは気分良く(?)明るい歌唱が披露できたようです。特に声を張るところではないですが、彼女の声はリリック・ソプラノとはやはり響き具合が違います。そして、歌い口が明るい。喜劇ですからね。でも、明るさ一辺倒でないことは、これから細かく指摘して参ります。

<<Fulgida Meg, amor t' offro>>の"t' offro"が強調気味に聞こえるのは、スタッカートがついているからです。その後、メッグが読み続けて「なぜかはお聞きなさるな、だが、」で切ったところで<<t' amo.>>とテバルディが受ける。この台詞に相応しく(この手紙の主が誰かを考えたら、これは甘美すぎるのですが)甘い調子で歌います。(指示は何もありません)ただ、「理由は聞かないでただ愛してると言え」って、失礼ですよね。テバルディがわざと甘ったるく歌うのは、皮肉を込めているからです。

そして、その直後の"Pur non offersi cagion"はまるで違うトーンがついている(指示はありません)。「こんな付け文されるような素振りをしたことないのに!」憤慨しているから、テバルディは声を暗くして、怒っている様子を出しています。アリーチェは元来貞淑な女性で、日頃、人中で、好色な男に対し隙を見せるような振る舞いはしていない、と言いたいのです。

しばらく、全員で、アリーチェとメッグに来た手紙を見比べます。結局、名前をすげ替えただけの手抜きレターなのですね。ますます馬鹿にしている。

でも、テバルディは手紙を読み上げるときはアリーチェ自身の憤慨は置いておいて、手紙の内容に沿った歌にしています。レガートの指示が続いている、というのもあります。要するに、月並みかつ、甘ったるい。<<Facciamo il paio in un amor ridente di donna bella e d’ uom...>>。いつものテバルディ節に明るい色調のついた歌いぶり。全員で<<appariscente>>を歌う所にはフォルテの指示。まぁ、全員で歌いますから、強力にはなります。ですが、テバルディは突出して目立っていません。このオペラではアンサンブルの一員だということをちゃんと心得ているので、自分だけ歌いまくって他のソリストの声を消すようなことはしない。(彼女ならやろうと思えば十分可能でしたが)本当に自分の役割をよくわきまえている人でした。

次、<<e il viso tuo su me risplenderà, come una stella, come una stella sull’ immensità.>>ここは指示が出ています。(con caricatura)「からかうように」と"dolcissimo"という、一見矛盾した指示。ですが、ここを極度に甘ったるく歌うことこそ、この図々しい付け文男をあざける格好の手段なのです。ですから、テバルディの歌も(彼女にとっては簡単なことだったでしょうが)甘美に入って、次第に豪華になっています。最初の"come una stella"はクレッシェンドの指示があり、"stel(-la)"が最強になるようになっていて、その後はデクレッシェンド。"l'immensità"の"(l'im-)men(-sità)"は厄介なトリル。つまり、甘ったるく歌ってわざと盛り上げた上で、最後にトリルで馬鹿にするのです。(スコアがそうなっていますから)ここでは、トリルが歌えない(・・・)テバルディもなんとか頑張ろうとしています。馬鹿にしているとはいえ、このフレーズの豪華な声は・・・。リリック・ソプラノには出せない声です。最後の"l' immensità"の"à"を極力明るく発声して、からかっている調子を出しているのも、テバルディとしては普通です。

<<rispondi al tuo scudiere...>>にも指示。"senza misura" "parlato"「リズムを付けず、語りで」1点ホ♯の機関銃です。"John"だけが16分音符であとは8分音符の連続。機関銃で、リズム抜きかというと微妙です。どうしてもテバルディは「歌ってしまう」タイプなので。ちょっとリズムがついているかも知れません。ただ、送り主がどんな男か彷彿とさせるような読み方をしていますね。何せ、太鼓腹の巨漢ですから、「重そう」に読んでいるのです。これも、からかいの一部になっている。そんな指示がなくても、こういう工夫ができる人だったのです。

それぞれ「怪物!」と歌ってから、実際に「からかってやりましょう」になった後は、少しずつタイミングをずらしながら四重唱に入り、やがて声をそろえて四重唱。ここは全員早口で(というか、これがイタリア語のナチュラル・スピードに近いか、少し遅いくらいでしょうね。)まくし立てるので、あっという間に字幕が変わります。歌詞をご確認いただくには、いちいち止めていただくしかないです・・・。ご了承を。ここは全員歯切れ良く、リズミカルに歌うとこういう調子になるかと。いかにも、井戸端会議に集まった女性達のおしゃべり、という調子になっている。テバルディだけではなくて、他のメンバーも絶妙です。

その後、男性陣が入ってくるあたりはカットしました。字幕が入りきらないからです・・・テバルディがメイン、だということもあります。フェントンとナンネッタのやりとりもカット。最後だけ残しました。

テバルディのブログとはいえ、テバルディだけ褒めるのが私のブログの目的ではありません。他の歌手の素晴らしいところに気づいたら、極力言及したい。ナンネッタのロザンナ・カルテリも良い歌を聞かせています。<<Anzi rinnova come fa la luna>>の"luna, come fa la luna"を延々と延ばしています。(スコアがそうなっていますので)多少声は揺れていますが、ウォブルと言うほど聞きづらくはない。リリック・ソプラノとしては凄いことで、(非力な人が多いので、こういうとき波打つように派手にウォブルする人が圧倒的に多いのです)これも絶賛ものです。

さて、その後のテバルディの入り。"Falstaff m' ha canzonata"は"Fal-"にアクセントで、"m' ha canzonata"に全部テヌート記号がついています。ので、割合声を張って、目立つように歌っています。

なんとか懲らしめてやろうという話になり、ナンネッタに「お使いを立てたら?」と提案されて、アリーチェはクイックリー夫人に行ってもらうことに。"Da quel brigante tu andrai."ただの明るい調子とは違って、微妙に重々しいトーンをつけています。重要なお役目だから、よろしく頼むわ、という念押しなのですね。ところが、"Lo adeschi all’ offa d’ un ritrovo galante con me."お使いに行って、相手をどう誘い出すか、ということになったら、自分との逢い引きをえさに、という案を夫人に与える。"ritrovo galante con me."は三連符でくくられている部分があり、最後に"stringendo"の指示がありますから、引きずらず短めに切り上げます。それ以上に、テバルディはここを軽い調子で、あっけらかんと歌っています。ふざけているときに、荘重に歌うのは場違いです。相手を出し抜くための「偽の逢い引き」なので、こう歌う。指示は、何もないのです・・・。

次のテバルディの入り。"Prima. Per attirarlo a noi, lo lusinghiamo..." "Prima"はポルタメントの指示があるので、なめらかに歌う。"attirarlo"は音節ごとにスタッカートなので歯切れ良く。"lushinghiamo..."は2カ所に前打音の装飾がついている。これはちゃんと歌っています。ここも、スコアからして、ふざけた気分が続いています。から、テバルディは明るい声でスコアの指示通り歌う。"...e poi gliele cantiamo in rima." "glie(-le)"が強いのはアクセントがついて2点ト♯に上がっているから。でもテバルディはそれだけでなく、"in rima"にも強勢を置いています。「ホントのこと」を言ってあげる、からです。その後も皆散々言いたいことを言いまくっています・・・。男性方には余り愉快ではないかも知れませんが、女は玩具ではなくて、同じ人間ですから、一方的に好き勝手に扱っていただいては困ります。この女性達の憤慨にも当然、ご理解を。

とは言っても、このオペラ、いくら主役がファルスタッフだといっても、付け文される役の女性歌手達に魅力が無いと、非常に説得力の薄い、つまらないオペラになってしまうのです。結局は、今で言うとセクハラ要素の多分にある「艶笑もの」の側面を持っていますので。私はそれが理解できないほどお堅くありません。テバルディとカナーリが見た目も歌声も魅力的だから、効果的だったのです。また、クイックリー夫人はまじめくさって"Reverenza"を荘重に歌える、喜劇のセンスのあるメゾが歌わないとこれも骨抜きになる。クローエ・エルモは戦前から活躍していた人ですが、大変な名手。他の役を歌っても素晴らしい。もっと評価が高くても良かったように思います。エベ・スティニャーニなどよりずっと上手いと思います。ナンネッタは可愛らしくないと、脇筋で進行していくフェントンとのロマンスが素敵に聞こえない。ここでのカルテリはまさに適役。役者がそろって初めて、効果的なオペラになるのです。ここで組まれているようなキャスティングはもう実現不可能ですね・・・。

さて、また、どっと男性陣が入ってきますから、そこはカットしました。

その後は、この奇っ怪な事件にまつわる井戸端会議の終わり。慌ただしく別れの挨拶が交わされますが、その後。アリーチェが"si gonfia, si gonfia"を歌う度にクレッシェンドの指示があるので、(歌詞もそういう趣旨ですし)テバルディは目一杯盛り上げます。その後全員で"si gonfia"を歌うのでますます盛り上がる。ファルスタッフの太鼓腹が風船のように膨らんでいくのが見えるように・・・。"e poi crepa"で音高が下がるので、「破裂して終わり」なのですね。

次にテバルディ、このシーン、最後の活躍場面。"Ma il viso mio su lui risprenderà"ここは"cantabile"の指示。またしても豪華な声で、まさにカンタービレで歌っています。「私の顔が・・・ですってさ」だから、ここも馬鹿にしているのですね。くだらない付け文を豪華な声で歌われると・・・笑うしかない!!!その後は全員で続ける。そして、高笑いで終わります。


次回は第二幕 第二場のご紹介を。