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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1952年 ミラノ・スカラ座での『ファルスタッフ』 (2)

1952年5月、ミラノ・スカラ座で上演された『ファルスタッフ』の第二幕からの音源のご紹介です。

1. ヴェルディ 『ファルスタッフ』 第二幕 第二場 "Presentiamo un bill"


さて、いよいよ「ヤラセ」の逢い引き場面。入りは特に指示はありません。最初からアリーチェは厳しいことを言っていますね・・・。レガートで歌う指示が出ているのはクイックリー夫人のパートだけなので、皆歯切れ良く歌っています。喜劇でベットリ歌うと重くなってしまいますから。

「お使い」がどうだったか、女性陣に語って聞かせるクイックリー夫人。ここは結構やかましい指示が出ているのです。"Sir John si degna..."では"poco più animando"なので、「少々活気づいて」歌う。"M' accoglie tronfio..."からは(voce grossa)「重々しい声で」と。<<Buon giorno, buona donna>>というファルスタッフの言葉をそのまま聞かせる部分は(contrafacendo Falstaff)「ファルスタッフの物言いを真似て」です。その次は素早く<<Reverenza>>なので、彼女本来の調子に戻す。"poi passo notizie"からはテンポが速まり、レガートが抜けるので、歯切れ良く歌うことになります。"infin..."からは更にスタッカートの指示なので、更に歯切れ良くしないといけません。

エルモの歌はほぼスコア通りですね。"M' accoglie tronfio..."はもっと重くても良かったかも知れませんが、ここまでやかましいスコアを歌って、立派な声が出ていますから、素晴らしい。1910年生まれだったのが残念だったかと。オペラ歌手は30代で一番声が瑞々しくて、自由がきき、更に適切に経験を積んだ後なのでやっと実力が出せるようになる。35歳になるまでの5年間が戦争中だったので、そこが宙に浮いてしまった。歌手がスターになるには、色々な運も関わってしまうのですね・・・。

それぞれ、逢い引きの時間を繰り返します。「2時から3時の間」。「もう2時じゃないの!」というアリーチェの歌詞で、急いで準備しないと間に合わないことがわかります。

召使いを呼んで、「問題の」洗濯物かごを持ってこさせるアリーチェ。これが・・・傑作な幕切れに一役買うのですから。

エキサイトしている中で、ナンネッタが沈んでいるのに気づく母親のアリーチェ(テバルディさん・・・まだ30歳きっかりだったのに、「お母さん」の役の方が似合ってしまう人だったのです。小娘らしいところはなかった。本当に、声も姿も臈長けた女性だったのです。)メロディーも悲しげになりますが、(さすがヴェルディ)なかなかはっきりと理由を言わない娘に少々苛立ち気味のテバルディのアリーチェ。それは、最初の"Ebben?"が1点音域なのに、次の"Ebben?"が2点音域に上がるからです。音高が上がるのに合わせて、声が強くなる。「ほら、早く言ってごらん!」となるのです。

傑作なのはナンネッタ当人の歌詞。「あの、ひいおじいさんとよ!」そりゃ、若い女の子が何十歳も年上の男と結婚させられるのは・・・ご免こうむりたいですよね。全員それを聞いて激しく反対の意向を示す。当たり前です。しかし、テバルディの「お母さん」が「心配要らないわよ」と請け合ってくれるので、ナンネッタはいっぺんに気分が晴れる。

そこへ例の「洗濯物かご」が登場。"Mettete là."からはまた、"senza misura"で"presto"の指示。「リズム抜きで早口に」言え、という指示。リズム抜きは無視だったようです。どうしても長短がついて、メロディーができてしまうテバルディ。ですが、「命令」にかけては、「ザ・リリコ・スピント」ですから、声に威厳をもたせることができました。強い持ち声でないとこうはいかない。ですが、ギスギスしてはいないのです。彼女の声は本当に色々な音色を駆使する余裕に恵まれていて、それをテバルディは惜しまず使っているのです。

娘の"Che bombardamento!"を受けての、"Prepariamo la scena"は普通に歌えばただ一同を促すだけの歌詞ですが、娘の言葉から、思わず笑いがこみ上げるのを抑えられないアリーチェを表すかのように、テバルディはくすぐったそうに笑いを入れながら歌っています。(指示はありません。)

その後は「逢い引きの場」の「準備」の場面。この辺は特に指示がありません。しかし・・・。"Bravissime! Così! Più aperto ancora."という淡々としたテバルディの入りでも、(1点音域です。中途半端な。)はっきり響く立派で華麗な美声・・・。こんな所まで感嘆してしまうのですから、まさに『天使の声』です。"Più aperto ancora."は2点音域に上がるので少々強く響きすぎていますが。

さて、その後は珍しく、アリーチェが歌いまくる場面が登場。"Fra poco s' incomincia la commedia."からひとしきり。頭には例の"a piacere"「ご随意に」のぶっきらぼうなご指示が・・・。ですが、"Gaie comari di Windsor"はピアニッシモで、"mezza voce"「半ばくらいの声で」???どっち?"Gaie comari"はスタッカート。"L' alta risata che scoppia scherza"は"(ri-)sata che..."から"leggerissimo"「ごく軽く」、"Che sfolgora..."の頭にはフォルテです。

テバルディの歌。「ご随意に」の部分はごく楽しそうに笑い混じり。"Gaie comari..."はやはり若干声を落としています。"che scoppia, che scherza"は「ごく軽く」というよりは、完全にスタッカートで歌っています。"Che sforgola"はちゃんとフォルテになっている。

その後の部分。"Gaie comari festosa..."で始まります。ここは"Gaie co(-mari)"までスタッカート。"Sul lieto viso" "Spunti il sorriso" "splenda del riso"は皆最後の語が韻を踏んでいる。それをヴェルディは生かしています。どのフレーズも最初の三音節がスタッカートで、"vi(-so)" "(sor-)ri(-so)""ri(-so)"にアクセント。"(Fa-)villa"はフォルテで、デクレッシェンドして、"favilla incendiaria di gioia"は何とピアニッシッシモ。"nel l'aaaaaaaaaa" はずっとスタッカートで、"-ria"はハイCまで上がる。"Di gioia nel cor"は途中に装飾が一カ所入るだけ、で終わる。

テバルディの歌は、アクセントはきっちりついています。まあ、ここはアクセントのつく箇所でオケも「ドン」と大きくなるので、歌手もアクセントを付けやすいからではあります。ピアニッシッシモかどうかは、微妙ですが、明らかに音量が落ちていますし、スタッカートもしている。例のスタッカートしながらどんどん音高が上がってハイCになる部分はまさにその通り。レガートしか歌えない歌手のような理解も、誤りです。しかし・・・とにかく・・・美声過ぎる・・・。こんなアリーチェは聞いたことがないし、これからも聞けないでしょう。

その後はいよいよ時間が迫って、全員配置につきます。その後、また数フレーズ、アリーチェの独演が。"E mostreremo all' uom che l' allegria" "(al-)l' uom che l' allegria"は一音節ごとにポルタートで、最後の"a"に強アクセント。"D' oneste donne..."のフレーズには特に指示はなし。"Fra le femmine quella è la più ria, che fa la gattamorta." は"fe(-mmine)"にアクセント、"quella"に強アクセント、かつ"quella è la più"まで一音節ごとにポルタート。"Che fa la gattamorta"は"ingrossando la voce"「声を膨らませながら(?!)」の指示。"gattamorta"って、そのまま読めば「死んだ猫」なのに、もう「猫かぶり」という語義が定まっています。辞書はその定義になっている。日本語の「猫かぶり」だって、そのままだと、「猫をどうやってかぶるの?帽子じゃあるまいし」ってことになりますよね。こういう言葉の成り立ちって・・・不思議です。

ただ、少々、この小学館の『伊和辞典』の定義では完全に納得いかなかったので、GarzantiのHPで伊伊辞典の定義を確認。"gattamorta"は"persona che, sotto un’apparenza tranquilla e ingenua, nasconde un’indole aggressiva e malevola:"「穏やかで無邪気な外見の下に攻撃的で悪意のある本性を隠している人」という定義でした。まあ・・・「猫かぶり」にあたるでしょうね。

では、テバルディの歌。"all' uom che l' allegria"はやはりポルタートというよりはレガートになっています。次の"D' oneste donne d' ogni onestà comporta"は歌詞に相応しく、少々重々しげに歌っています。特に最後の"comporta"がかなり重厚。「まっとうな女のまっとうな振る舞いのありよう、全部」なので。"Fra le..."のアクセントは見事、その通りついていて、その後"è la più ria"で声量を落としています。問題の"che fa la gattamorta"は、「声を膨らませる」ってどうするのかわかりませんから・・・。テバルディはまるで頭でもぐるっと回しながら歌ってでもいるような調子で歌っています。というか、こういう表現を何と描写したら良いのか、私にはわからないくらい、珍しい表現なので。こういうのを思いつく人ってやっぱり天才だな、と。

その後は3重唱。アリーチェだけが"Gaaaaaaie"とのばしてから、"comari, e l' ora alzar la risata sonora..."と全員スタッカートで歌っていく。そのうち、クイックリー夫人の注意で我に返って、皆配置につきます。

ファルスタッフがやってくると、アリーチェの出番は減って、合いの手を入れる程度。しかも、指示が殆どありません。最初の入りは"O soave Sir John!" 引っかけるのが目的なのですからテバルディの声は、特に最後のあたりなど・・・ビロードです。"Povera Lady inver!"と彼女が皮肉っぽく揶揄しているのに、鈍いファルスタッフには通じていません。

はっきり言って・・・セクハラ的歌詞満載のファルスタッフのお追従をやんわりとかわす部分。"Ogni più bel gioiel mi nuoce e spregio il finto idolo d’ or." "dolcissimo con grazia"「この上なく甘美に、優雅に」の指示があるので、ここにもポルタートはあるのですが、テバルディはレガートで歌っています。それが、効果的というか・・・又しても美声過ぎて、ファルスタッフでなくても目を回しそうです。"Mi basta un vel legato in croce, un fregio al cinto e in testa un fior."の方は前のフレーズより高音域なので少々キツく響いていますが、"e in testa un fior"などでまたビロードに戻って・・・。

これで酔っ払わないファルスタッフの方が・・・珍しいのではないかと。案の定、すっかり参った(アリーチェに?テバルディに?)ファルスタッフは襲いかかるので、テバルディの合いの手は聞こえにくくなっています。やっと聞こえやすくなるのは"Se tanta avete vulnerabil polpa."何の指示もありませんが、テバルディはからかう調子を出すために、"vulnerabil"の"-bil"の"i"を普通以上にキツ目に目立たせている上、"polpa"も弾むように歌って、風船のような太鼓腹を突っついているかのような調子を出しています。が、又しても鈍いファルスタッフには遠回しな皮肉は通じない。若い頃はやせていた、という有名な部分(SP時代の歌手などはここだけ吹き込んでいる人もいました)を歌います。

余りに相手が鈍くて話にならないので、メッグにも付け文したことについて何と反応するか試すアリーチェ。"Voi mi celiate. Io temo i vostri inganni. Temo che amiate... Meg..."のあたりは特にという指示ありません。が、テバルディは始めは少々強めの調子で、"Temo che amiate..."には暗いトーンを入れて、まるで本当に恐れているかのような芝居をした上で、メッグに言及。

ところが、ファルスタッフはメッグなど眼中にないとすっとぼける。これには呆れ果てて、"Non traditemi, John"と言ってはみるけれど、さっきのビロードが効き過ぎて(?!)完全にのぼせ上がったファルスタッフが本気で襲いかかってくるので、見かねたクイックリー夫人が助け船を出します。メッグが怒ってこっちへ向かっていると。ファルスタッフはアリーチェの手前もあるし、メッグが怒るわけも十分わかっているので、隠れたがる。そこへ当のメッグが来て、こちらは違う説明。フォードが来るから早く逃げないと。と。わざと声を張って"Misericordia!"と大芝居をうつアリーチェ。2発目の"Misericordia"は最高2点ロ♭なので、目立ちますし、その通りを強く歌うと、慌てている様子が出ます。

すると、今度はクイックリー夫人が、本当にフォードが来たと言いに来る。「?」となったアリーチェは"Dassenno oppur da burla?"と聞き返す。テバルディは傍白にしてははっきり歌っていますので、ちゃんと聞こえます。その後のクイックリー夫人の説明中、テバルディが"Oh!"と効果音を入れているのですが、お気づきになりましたか?こういうのがライブのテバルディなのですよね・・・。本当だとわかって驚いたのを出している。冷静なのです、そうでないと、「ここではこう歌って・・・」という細かい考えが働かない。ですが、役柄にはなりきっているので、こういうリアクションがすっと出る。このバランスが取れる歌手が、最高の歌手のあり方ではないかと。

フォードが来ると、ヴェルディの音楽も効果的なのですが、嵐のような大騒ぎに。おそらく人が入れないような場所まで(!)探せと叫ぶ。テバルディはごく冷静ながら、声は強めに、嵐のようなオケに消されないように配慮して合いの手を入れます。「あなた、おかしいんじゃないの?」という趣旨で。デスデーモナを歌うときとはまるで違う。あちらは夫に言われるがままに泣き崩れるだけで、立ち向かおうという意志はない。潔白なことだけは表明しつつ、不当な言われようをしても、どこまでも従順な妻。こちらは、不当なことを言われたら、遠慮無く「それは不当です」という妻。どちらをやっても説得力があったのがテバルディなのです。

とにかく、一旦ついたての後ろに隠したファルスタッフを「例の」洗濯物かごに隠せと、メッグが提案。でもアリーチェは懐疑的。"No. là dentro non c’ entra. è troppo grosso."ここの、"è troppo grosso."は、テバルディには珍しく、何も指示がなく、音高がついているのに、台詞にしています。その前の歌詞と音高は同じなので、声が通らないから、という判断からではなさそうです。「でっかすぎる」というのを強調したかったのでしょう。とにかく、一度フォードが引っかき回した洗濯物かごをまた探すことはまず無いので、一番安心なことは確かですし、そのために用意したのでもあったので、(アリーチェが懐疑的になったのは、実物を目の前にして、「あれに入ると思ったのは甘かったかしら」という考えからでしょう)そこに押し込むことに。本人もフォードの狂奔ぶりを見て恐れをなしたので、むしろ積極的に入ろうと努力。

ここで、動画を切りました。

2. ヴェルディ 『ファルスタッフ』 第二幕 第二場 "Ancor nuove rivolte!"


本来は前の部分で動画を切るべきではなかったので、ここだけおまけのように作るのもどうか、とは思ったのですが、この幕の重要な幕切れなので、ここはやはり作らないと。で、短いながらフィナーレをご紹介します。

とにかく、その前までは狂喜じみた捜索が続く間、ナンネッタとフェントンがついたての裏で恋人同士の会話。盛り上がったところで、丁度衝立がひっくり返され、ナンネッタとフェントンはフォードの怒りをかってしまいます。

偽情報に踊らされた男達一同が階段の方へ走っていく間に、アリーチェはチャンスとばかり、召使いを呼び寄せ、窓の下の堀にかごの中身を落とすよう、指示。オケがかなり鳴っていますが、召使いを呼びつけるテバルディの声はくっきり聞こえます。なにせ、(scampanellando)「大声で呼びながら」ですから。

その後。"Roveciate quel cesto dalla finestra nell’ acqua del fosso... Là! presso alle giuncaie davanti al crocchio delle lavandaie."もの凄い早口でまくし立てているのですが、とにかく滑舌はいつも通りです。しかも、音の悪いライブなのにちゃんと声が入っています。

"Tu chiama mio marito!"という小姓への「命令」もしっかり聞こえる。"Gli narremo il nostro caso pazzo. Solo al vedere il Cavalier nel guazzo d’ ogni gelosa ubbia sarà guarito."は特に声にカラーを付けず、「一部始終を聞かせれば、嫉妬の塊のような夫も理解するでしょうよ」という趣旨のことをメッグに伝える。結局、彼女にも一緒に加わって欲しいのでしょう。何しろ、二人に同じ付け文が来たのが発端ですから。ここで最後の部分を強調気味にしているのは、1点ホ音や1点ロ音まで下がるので、強めに歌わないと声が通らないという判断からでしょう。それは正しくて、はっきり、テバルディの声が聞こえてきます。

その後は召使いを鼓舞して、「重い荷物」を堀に空けさせようとかけ声をかけるだけですから・・・。残念ながら、実際の上演では派手な水しぶきが上がるのが普通なので、その音も入っていれば面白かったのですが、そこまでは入っていません。

こうして、「ヤラセの逢い引き」の一件は、波乱含みながら一件落着。ただ、ここで終わらないのがこのオペラ。ファルスタッフが・・・懲りない男なので。

次回は第三幕から。