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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

テバルディの『アイーダ』とトスカニーニ

今回から、1952年スタジオ録音の『アイーダ』の音源をご紹介する予定だったのですが、その前にひとつ、テバルディと『アイーダ』についての逸話をご紹介したいと思います。出所は例の「伝記」です。

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写真は、トスカニーニからテバルディに送られた、彼の添え書き入りの写真で、テバルディは、こうした、マエストロや先輩達からもらった写真を綺麗なフレームに入れて、終生ピアノの上に飾っていました。「皆私の守り神なのです。」と、どこかのインタビューで話していました。

彼の添え書きは読みにくいので書き起こしました。

a Renata Tebaldi

Coi più fervidi auguli di una luminosa carriera. Ricordo di Arturo Toscanini 9 Settembre 1949

レナータ・テバルディ

輝かしいキャリアへの、ごく熱い願いを込めて。アルトゥーロ・トスカニーニの記念として。1949年9月9日


テバルディのスター街道への躍進には勿論本人の実力が群を抜いていたという事情もありましたが、やはり「あの」トスカニーニが『天使の声』と評した、という事実も、彼女の名前を広める一因となったことは間違いないと思います。

インタヴューで答えていたとおり、テバルディは、最初からリリコ・スピントという自覚はあったけれども、声を痛めたくなくて、リリックな役からスタートしました。それで、スゼルやグノーの『ファウスト』のマルグリートなどを歌ったのです。

アイーダのタイトルロールを歌うよう、テバルディに強く勧めたのは、他ならぬ、トスカニーニでした。1949年、最初、スカラ座から要請があったとき、テバルディは引き受けようかどうしようか迷ったのですが、トスカニーニが、彼女に「君なら歌える」と後押ししたのでした。

トスカニーニはテバルディをヴィア・ドゥリーニにある自宅に呼びました。スコアを持って来なさい、と告げて。そして言ったそうです。「君が迷っているのは知っている。君はあのレチタティーヴォや『勝ちて帰れ』や、重唱なにかを心配しているんだろう。だがね、君は2幕や3幕では安心するだろうさ・・・。」実際歌ってみてのテバルディの感想はマエストロの言った、まさにその通りだったそうです。

「あれは君に向いているオペラだ。アイーダは火のような、気性の激しい女ではないんだよ。彼女は優しい女なんだ。今まで、この役は、ヴェルディが書いた通りに解釈して歌われてこられなかった。皆、興奮して、大声で、極度に劇的に歌うことにこだわってきた。だがね、必要なのは、ノスタルジアとか、表現とか、正しい発声なのだ。アイーダは超人的な役ではなくて、人間らしい役なんだよ。君がこのことを理解すれば、アイーダをしかるべく歌うことができるだろう。」

テバルディはカルメン・メリスと、スコアは一応勉強してきました。が、テバルディの驚いたことには、トスカニーニはピアノ伴奏でスコアを自分で全部歌いながら、彼女に注意すべきポイントを教え、最終的にテバルディに、自分にはアイーダが歌える、という確信を持たせたのだそうです。それでも慎重だったテバルディは、第4幕からさかのぼって練習していく、という方法をとったのでした。

結局、テバルディは1950年の2月、スカラ座で彼女の最初の『アイーダ』を歌いました。ヴォットー指揮、ラダメスはデル・モナコ、アムネリスはフェドーラ・バルビエーリ、他でした。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

アイーダの歌唱のいろいろなパターンについては、もうこのブログの冒頭の"Ritorna vincitor!"のご紹介でいい加減食傷なさった方も多いかと。ですから、これ以上どうこうご託を並べるのは控えることにいたしました。

次回からはモノラル盤のテバルディの素晴らしい『アイーダ』をご堪能頂きます。