読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1952年 『アイーダ』スタジオ録音(1)

お詫びとお知らせ:

このブログを、登録者の方のみに閲覧を限定した会員制ブログに致しましたが、登録者数が少ないため、却って登録者の方自体がアクセスしづらい状況になってしまったようです。それでは本末転倒ですので、全面公開に戻すことに致しました。二転三転して申し訳ございません。頂きましたメールは削除いたしましたので、当方には記録が残っておりません。アドレスが洩れるご心配はありませんので、ご安心下さい。

**********************

今回から、1952年7月にスタジオ録音された、モノラル盤の『アイーダ』の音源から、テバルディの出演場面を主にご紹介します。

実を言うと、私は、『アイーダ』といえば、1974年のクレジットがついている(実際の録音年月が書かれていない・・・。)、EMIの、リッカルド・ムーティー指揮の盤を長年愛聴していました。勿論、(と言ってしまうと身もふたもないけれど)カバリエのアイーダを聞くのが目的ではなく、コッソットのド迫力のアムネリスや、まぁまぁのドミンゴのラダメス、ギャウロフの重厚なランフィス、アモナスロには不足のないカップッチッリ、その上、これがレコードでのオペラ全曲指揮デビューだったムーティーのこれもド迫力の演奏に魅せられてのことで、唯一の欠点は表情付けの不十分に感じるカバリエのアイーダだと思っていました。

だから、ずいぶん長い間、『アイーダ』の聞き物はアムネリスだと思っていたくらいです!それを覆して、私のCDプレイヤーを徐々に浸食し始めたのが、この1952年の、テバルディの『アイーダ』でした。ここではアムネリスのエベ・スティニャーニは、残念ながら、おばあさん臭くて、コッソットの強烈なアムネリスには到底及びません。(スティニャーニは1903年生まれだから、そう聞こえても仕方なかったのです・・・。が、根本的にこの人の歌は無表情だと思います。)が、とにかく、テバルディのアイーダと、デル・モナコのラダメスが魅力で、他のキャストもさほど悪くはないのです。アモナスロはアルド・プロッティだし、エジプト王には、真面目な役も立派に歌えたフェルナンド・コレーナが配置されています。ダリオ・カゼッリは・・・あまり印象にない・・・。

前回書いたとおり、私はカラヤン盤の『アイーダ』の方はずっと無視していて、購入したのもかなり後でした。しかも、聞いた感想は・・・これはイケてない、でした。何故そうなったかというと、カラヤン盤の『オテッロ』でずっと「何か違う」と思っていたからです。『アイーダ』も似たり寄ったりだろう、と思ったら、予想通りでした。カラヤン先生の指揮と、カルショウのエンジニアリングばかりがクローズアップされた悪盤。いくらアルベルト・エレーデが指揮者として凡庸でも、オペラは「歌」を聞くもので、オーケストラはそれを最高の形でサポートして欲しい、というのが理想の私には、エレーデの指揮でも、これら二演目の場合は特に問題を感じていません。

スティニャーニのアムネリスさえ我慢できれば、この盤には何の問題もないと思うのです。アルド・プロッティはほとんど評価されなかったバリトンですが、これには特殊な事情がありました。『音楽家が語る51の物語』(上・下巻、2011年発行、発行元:フリー・スペース)のプロッティの項を読むとこの事情がわかります。彼は戦後もファシスト党員であることをやめませんでした。戦中のファシスト政権の暴虐の記憶も新しいイタリアでは、ファシスト党員であることは論外で、そのため、彼はあらゆる評論家から黙殺され、一切言及されなかったのだそうです。(この本には私が問題にした、「例の本」ですから、彼についての記述部分もどこまで信用できるやら・・・ですが。)

前置きはこの辺にして、音源のご紹介に移ります。じっくり聞くとわかるのですが、実はこの録音の時、テバルディはどうやら風邪か何かひいていたようで、声がかすれている箇所があるのです。それだけではない、熱もあったようなのです。聞くとわかる箇所がありますので、記事でご紹介していきますが、それでも、「風邪をひいたテバルディ」の声が他の「健康なソプラノ」より圧倒的に美声なのには、改めて驚かされました。

f:id:AkankoMarimo:20170331085239j:plain

では録音データを。1952年7月、指揮:アルベルト・エレーデ、演奏:ローマ・聖チェチーリア音楽院管弦楽団・合唱団、アイーダレナータ・テバルディ、ラダメス:マリオ・デル・モナコ、アムネリス:エベ・スティニャーニ、ランフィス:ダリオ・カゼッリ、アモナスロ:アルド・プロッティ、王:フェルナンド・コレーナ 他。写真は単売されていた頃のもの。

以前のブログではデル・モナコの「清きアイーダ」の動画も作りましたが、今回は割愛しました。やはり、私のブログおよびYouTubeチャンネルはテバルディ専門を謳っていますので・・・。テバルディ中心に専念したいと思います。ということで、いきなりここから。

1. ヴェルディ 『アイーダ』 第一幕 第一場 "Quale insolita gioia"


アムネリスが来て、ラダメスとアイーダの関係を探ろうとする場面です。アイーダが登場するのは、アムネリスがそれとなくラダメスの態度を観察した後ですから、しばらくはテバルディはお休み。

とにかく、この入りからして、スティニャーニときたら・・・。「この人本当にイタリア人?」の世界なのですよ・・・。特に"Di quale nobil fierezza ti balena il volto!"の"quale nobil"がダレーッとつながっている上、("n"がしっかり聞こえるように発音できていないからです)"balena"が「バレーナ」ときっちり発音できていません。「ワレーーーア」みたいに、いい加減きわまりない。"volto"も"v"が「ヴ」ときっちり響いていない。こういうのを締まりの無い歌、と言わずして何と言いましょう?もう、こういう歌が余りにも多いので、「本当にやる気あったんですか?」と言いたくなるのです。どうせならクローエ・エルモみたいな人を起用して欲しかった・・・。

この人の歌については、こういうところを指摘していたらそれだけで文章が長引きすぎるので、今後は一切指摘しません。とにかく、ダラダラした、締まりの無い歌唱、の見本だと思って頂いて良いと思います。

さて、4分くらい経ってからやっとテバルディ登場。ですが、前の経緯を抜かすわけに行かないので、だらしないアムネリスと、少々早めに入りすぎのデル・モナコのラダメスを聞いて頂くのは仕方なかったのです。

ここのアイーダの入りに余り細かい指示はありません。彼女が入るところからテンポが ♩=76から ♩=112に上がること、"l' atroce grido io sento"の"io"に強アクセントがついていること、"per voi pavento..."はクレッシェンドして"pa-"で頂点にし、"-vento"でデクレッシェンドしろ、とあるくらいです。

テバルディの歌は、"io"の強アクセントは微妙です。全体が強めなので、ここだけが特に目立ってはいません。"pavento"はその通りになっています。"-vento"で弱音にするところなどは・・・後で風邪だった証拠の部分は指摘いたしますが、この声を聞いても、まったくそういう印象は受けません。むしろ、余りにも美しいので、他にこういう声の出る歌手、いるのだろうか、と。

次の入りは、もう3重唱になったところです。風邪をひいているときは、むしろ弱音より声を張ってしまった方が歌いやすいでしょうから、彼女は声を張っています。いつもより若干声が弱いかな・・・と感じなくもないです。熱でもあったなら、今度は声を張るのは体力的に辛いですからね。ただ、デル・モナコが手加減なしに歌っていても、(テバルディは彼に体調について何も言わなかったのでしょう。言ったとしても、デル・モナコは手加減してくれる人ではなかったですし・・・)消されることはありません。アイーダのパートはまず、頭に"cantabile"の指示が。そして、レガートの連続です。ずっとそればっかり。最後の最後で"(sventu-)rato amor!"がフォルティッシモになります。ここは三人ともフォルティッシモなので、消されないためには必然的にそうなる。テバルディにとっては難しくない箇所です。ただ・・・その最後が2点ロまで上がりますから、風邪の彼女には辛かったかも知れませんが。結局、デル・モナコが歌いまくり続けているので、消されないため全員目一杯歌っていますから、特にここだけ強まっているという印象はないです・・・。

2. ヴェルディ 『アイーダ』 第一幕 第一場 

"Alta cagion v'aduna"---"Su! del Nilo al sacro lido"


ここは大アンサンブルが主なので、そこまでのアイーダのパートに、どうということは無いです。エチオピア軍を率いているのが実の父だとわかって"Mio padre!"と傍白するところ、対するエジプト軍を率いるのが恋人のラダメスと決まって"Io tremo"を繰り返すところ、だけ、なので。彼女の声はちゃんと聞こえてきます。音高によって、"Mio padre"は響きやすいですし、"io tremo"は低いから暗くしやすいので、テバルディは特に工夫しなくても、声だけ前に出せば良かった。問題は、体調がよくなさそうなのに、全員が歌いまくるところで声を張り続けなければならない次の部分です。

さて、アンサンブルの中の入り。厄介なことに(?)デル・モナコと二人で出なければならない。"Per chi piango? Per chi prego qual poter m’ avvince a lui! Deggio amarlo ed è costui un nemico, uno stranier!"これはアイーダとしては苦しい胸の内を傍白するところですから、むやみに強くてもいけません。苦悩を表さないと。なのに、相手がデル・モナコ。私は彼の声がむしろ大好きな方ですが、(これだけ輝かしくて、これまた「古典的な男性性」が声そのものにある人は余りいません。)繊細な歌い手だったかというと、そうは思っていません。

それだけではありません。ここの入りは何と、ピアニッシモの指示。ピアニッシモなんて守ろうとしないデル・モナコと歌って、これをやるのは・・・それだけでもしんどい。クレッシェンドはかかっていますが、今度はレガートが全くなく、ほとんど一音節ごとにアクセントがついているという意地悪なスコア・・・。"un nemico e stranier!"でやっとアクセントが消える、というような調子です。スタッカートではないですからポンポン跳ねるわけにはいかないけれど、一音一音強調気味にするからには、べったり歌ってはいけない。むしろ歯切れよく歌うのですね。

テバルディの歌。デル・モナコさんにはどうぞ、ご勝手に、だったようで、特に彼を圧倒しようとはしていません。悲しみに沈み、苦悩にさいなまれているのに、デカい声を張りまくるのは不適切なことだというくらい、テバルディにはわかりすぎるほどよくわかっていたのでしょう。彼女の声にはちゃんと哀感がこもっている。最後のアクセントが抜けるところが前に出なかったのは、1点へ音の機関銃だからです。直後のスティニャーニがデカく聞こえるからといって、「テバルディなんて、大したことないじゃん」とか言う方は、スコアをご覧になっていないのを暴露なさっているだけです。

そのスティニャーニさん・・・そりゃ、大将に軍旗を誇らしげに渡すんですから、歌いまくっています。フォルティッシモの指示はないのですが。まぁ、ここはこういうメゾソプラノの方が多いですね。晴れがましい役割なのに、情けない声しか出せない方が問題ですから。

その後全員が入ってきたところでは、高音で突出して聞こえるのがテバルディ。レガートが多いです。彼女の声がちゃんと聞こえるのは、スコアが結構高音を指定しているからですが、彼女も目一杯歌っているからです。非力な歌手だったら消えますね・・・。

"Guerra, guerra!"で一旦アンサンブルがばらついた後、また全員そろって歌い出す部分は、全員フォルティッシモです。テバルディのパートは結構高音が要求されていて、"deggio amaaaaaaarlo"の"amaaaaaa"の途中でハイCまで上がります。ここは特に目立って聞こえてきます。最後の"ah!"は2点イ音。スティニャーニも歌詞は違うけれど同じ音を歌いますから、どちらも同じくらいですね。(アムネリスって、しんどいのですよ。それを絶妙に歌えたのがコッソット。彼女の場合、滑舌を良すぎるくらいにして、言葉をとがらせ、意地悪さを演出しているので、絶妙なのです。)

最後は全員"Ritorna vincitor!"で締めるのですが、明らかにテバルディの声は聞こえます。多分、調子はよくなかったはず。好調ならもっと響いた可能性があるので。ですが、目立てば良いというものではありませんから。

3. ヴェルディ 『アイーダ』 第一幕 第一場 "Ritorna vincitor!"


例の有名アリアです。これは、ブログ最初の特集で嫌というほど聞いて頂きましたが、1949年から3年経つうちに、彼女の歌い方も変わっています。声も前より重みを増しています。何よりも、以前、スコア通りでなかったところがきちんと修正されていることに、彼女のたゆまぬ精進が覗えます。

入りにはフォルティッシモの指示はないのでした。ここを勢いよく入るのは、自分が思わず、敵側と唱和してしまったことが、我ながら意外であり、そうするべきではなかったという後悔がない交ぜになる、それはほとんどアイーダにとってショックに近いことだから、という解釈が一般的だからでしょう。

"E dal mio labbro uscì l’empia parola!"は、49年の録音では彼女は"parola"を強めに歌って、汚らわしい言葉を振り捨てるような調子を出していました。今回は、むしろ、全体に暗い音色をつけています。特に激しさはなく、むしろ、内向するような、「深い反省」の調子になっています。

"Vincitor del padre mio, di lui che impugna l’armi per me, per ridonarmi una patria, una reggia e il nome illustre che qui celar m’è forza.""di lui che impugna l' armi per me,"はここだけ2点ハ音以上の音で通しますので、必然的に声が強まります。エレーデの指揮はむしろ49年の時よりスローなのに、テバルディは特定の部分を引っ張るというようなことをしていません。実は、これも本調子ではなかった証拠なのかも知れない、と思うのです。

"Vincitor de’ miei fratelli... ond’ io lo vegga, tinto del sangue amato, trionfar nel plauso dell’ egizie coorti!"ここは、愛する人たちの返り血に染まって勝ち誇る恋人の姿の不気味さを描き出すところでしたね。テバルディの歌は49年のより明らかに落ち着いているので、薄味になっているように聞こえます。ですが、それは、よく聞くと実はそうではない。派手な表現を少々慎むようになっただけで、むしろもっと微細になったのです。

"miei fratelli..."の"miei"でほんの少し、声量を落として"fratelli..."で復活する。声の厚みをわずかに薄くしたり、元に戻したりすることによって、激しさを抑えながらも「勝って帰った」ラダメスの姿の恐ろしさを表すのです。"ond' io lo vegga"も"io"が薄めになっている。"tinto del sangue amato"では"sangue"の"san"が引っ込んでいます。音高が下がるわけでもなく、強弱の指示もありません。彼女の裁量です。余りにも微妙なので、ほとんど気づかない。

次、"trionfar nel plauso"の"plauso"にフォルテの指示が出ます。これはスコア通り、声を張って歌われていますね。今回は"l' egizie coorti"に特に憎しみをぶつけていません。もう少し暗い音色を付けても良かったかな、と。これも本調子ではなかったからかも知れませんし、以前よりスタジオでは表現を抑えようという考えが働き始めたせいかもしれません。

"E dietro il carro, un Re, mio padre, di catene avvinto!"ここは十分暗い音色がついています。"Re" "mio padre" "di catene"というキーワードを強調して、それが自分にとって恐ろしい光景だということをありありと示す。"avvinto"は音高が上がるので、そのまま歌っても響きますが、更に強く響かせて、「こういうことになるのだから・・・恐ろしいことだわ!」というショックを十分表しています。多分、本調子ではなかった、と私は思うのですが、そうだとは信じられないような美声で、かつ強靱な声なのです・・・。テバルディの歌は、強く歌っても、決して乱暴にはならない。そういう風に聞かせないようにという注意が働いているからです。美声のはずのカバリエがここは綺麗に歌えていないのや、ニルソンがかみつくような歌いぶりだったのは、最初に散々指摘いたしました。

"L' Insana parola o Numi sperdete"はピアニッシモで入り、"Numi"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンドの指示。これはその通りになっています。ここでエレーデのテンポが急に速くなるので、すこし慌てた?だからでしょう、次で、彼女が「風邪だったかも知れない」証拠が聞けるのです。"Al seno d’ un padre la figlia rendete" "Al"をよく聞くと、声がしわがれているのです。でも、少なくともこの幕ではここだけです。他はこういう体調の人が歌っているのに、どうしてこういう声が出るの?という位の美声なのです!

"Struggete!"は2回ともフォルテで歌わなければならない。私が思うに、本調子でなかったはずのテバルディですが、調子が良くてもこういう歌が歌えない歌手は沢山いるのですから・・・。もの凄い声で"Struggete!"が決まっています。ですが、このフレーズの歌い方はやはり本調子ではないように感じました。"nostri oppressor!"がどちらかというとなんとかバランスを崩したり、また声を嗄らしたりしないよう、凌ぐのでやっとだったように聞こえるのです。

"Ah!"はフォルティッシモですから、これまたもの凄い声。今までの独白がどういうことを意味するか、悟ってハッとするからですね。そして、"sventurata, che dissi?"は一転して沈鬱に声が沈む。音高も相当下がりますが、そこに、悲しく、力ない調子が加わる。

49年の録音では次の"E l' amor mio?"が絶妙だったのでした。"mio"を震わせるようにしていたので、「では、私の愛はどうなるの?」という自問が本当に自問に聞こえたのです。今回はそうしていません。そこまでやるのは精妙すぎる、と考え方を変えたのか、(何しろ、あの後ライブで14回歌いましたから、そこまでのニュアンスを聞かせるのが難しいことを実際に体験したのかも知れないのです)そのままの調子で、特に表現を加えていません。どちらかというと、このあたりは49年の方が緻密だったように思います。

"Dunque scordar poss' io"も特に目立つ表現はありません。次、"questo fervido amore"からクレッシェンドし、"come raggio di sol"でデクレッシェンド。ここは驚愕しました。クレッシェンドはその通りかかっています。驚いたのは"Come raggio di sol qui mi beava"のほうです。ここは、明らかに進歩している、というか、ほとんど矛盾することを同時に成し遂げているのです。49年の時は"come"を美しく歌うことに気持ちが傾きすぎたのでしょう、声全体が裏返るような調子でした。それはそれで美しかったのですが、ここはデクレッシェンドの頭なので、一番強くなければいけなかったのです。それが、今回は解決できている上、強く入りながらも素早く声を透明にして、(そうすると声が薄くなるので一歩間違うと急に弱まって聞こえますが、そうは聞こえない・・・。どうしてこんなことができたのか、見当もつきません・・・)「陽光の中にいるような」幸福感を出しているのです。"come"だけで、それをやってしまっている。そして、"di sol"あたりの声は又してもビロードで、こういう声を出せる歌手はテバルディしかいなかった。この歌いぶりがこのフレーズの内容をいかに雄弁に表していることか。

"mi beava?"のデリケートで、優しい調子もこのフレーズの完成度を高めています。私が思うに本調子でないテバルディですが、例えば、ニルソンなら、"sventurata, che dissi?"からは暗いだけで、こういうニュアンスが出せません。繊細なヒロインの繊細な心が揺れ動く様を聞き手にはっきり伝えられるのはテバルディが非凡だったから、そのひとえに尽きるのです。

"Imprecherò la morte a Radames, a lui ch' amo pur tanto!"は"mes"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンド。ここにも49年の録音にはなかった素晴らしい成果が現れています。あちらは指揮が急ぎ足だったので、このように歌う余裕がなかった。クレッシェンドとデクレシェンドが指示通りなのは言うまでもありませんが、何よりも、"a lui ch’ amo pur tanto!"に聞ける、これ以上は無理だろうという、深く、甘美な愛情の吐露の表現。別に"dolcissimo"なんて指示は書いてありませんが、テバルディは自分でそうしている。"a lui"を歌っている間にデクレッシェンドをかけて声を弱めていき、"pur tanto"は余りにも優しく、柔らかく歌われているのです。「こんなにも愛している彼を!」という歌詞をこういう風に歌える日本人がいないので、日本の男性方が可哀想です・・・。

"Ah! non fu in terra mai"の入りはフォルテで、"da più crudeli angoscie un core affranto!"は"(an-)goscie un core af(-franto!)"はクレッシェンドの指示。"Ah!"は2点イ♭ですから、必然的に強くはなるでしょうが、本調子でなくてもこれだけの声が出るのは驚きです。49年の時は、3連符ごとに区切れているのがわかるように歌っていましたが、このときは敢えてそうしていません。レガートで歌った方がいい、という判断に変わったのかも知れません。微妙にクレッシェンドして、最後の最後"-franto!"で声を弱める。49年の時より声が重くなっているので、ここの低音がよりくっきり響いています。クレッシェンドする間もずっと低音で歌うことを強いられるのですが、これだけの声が響かせられるようになっている。しかも、前のフレーズとは打って変わって、暗い音色になっています。49年の録音にはそれなりの良さがありました。あの時点でも大変な完成度でした。でも、このときはまた、できることが変わってきている。それに合わせて歌も進歩すべき所は進歩しているのです。同じ歌を何度も歌わされるのは飽き飽きする苦行に近い、とこちらは思いますが、彼女はそのたびごとに、真剣に取り組んでいた。だから、こういう歌が歌えるのです。こういう所にも、テバルディの「歌手魂」が表れている、と私は思うのです。

"I sacri nomi"からは割合指示が多いです。まず頭には"triste e dolce"「悲しげに、優しく」の指示。"né profferir poss’ io, né ricordar"では"né profferir"の1音節ごとにアクセントがついていて、次の"né"にもアクセント。"io piangere vorrei, vorrei pregar."では"io pian ge"の各音節に強アクセント、"(piange-)re"に通常のアクセント。2度目の"vor(-rei)"にもアクセント。この辺のアクセントの付け方はスコア通りとは言えないですね。アクセントをスコア通りに付けることよりも、歌詞の対比を強調することを重視したようです。最初のフレーズは"i sacri nomi"をピアニッシモのように弱音にして次第に強め、"padre" "d' amante"を際立たせています。"né"は2つとも強調がついて聞こえます。

次のフレーズ。"per un, per l' altro"もまた弱音で入って、"confusa e tremante"を強めています。これは感情が入りやすい言葉ですので。"piangere vorrei, vorrei"は全体に強めです。何と言っても、「泣きたい」ので。"pregar"が弱音なのは低音域に下がるからですが、ここを敢えて前に出すと「悲しげに、優しく」無くなってしまうからでしょう。消え入るようにフレーズを終わらせた方が、悲しげに聞こえます。「意地でも聞かせるのよ!」とばかりに低音をずしーんと響かせたら、悲しくも優しくもなくなって、全体の印象が台無しになりますから。

"Ma la mia prece"からは一転して、"con più forza"「より力を込め」の指示。49年のエレーデの指揮はこの辺からが非常に早めになっていましたが、LPになったので、彼も安心して(?)テンポを遅めに取れるようになった?前より急ぎ足でなくなっています。テバルディの歌はスコアの指示通り、ここからは強くなります。風邪(?)がどこかへ吹き飛んだかのような「ザ・リリコ・スピント」の声。"bestemmia"は49年ほど強烈ではないですが、やはり強めに歌っています。こちらの最後の"sospir"は強くはありませんが、消え入ってはいません。むしろ、内容からして、暗い音色できちんと響かせる方が適切だからです。

"in notte cupa la mente è perduta, e nell' ansia crudel vorrei morir..."はまず"men(-te)"を頂点にクレッシェンドとデクレシェンド。そして"(vor-)rei"を頂点にまたクレッシェンドとデクレシェンド。ここは頂点のところが一番高音なので、自然に歌えばそう聞こえるはず。むしろ、低音の"in notte cupa" "perduta" とか"e nell' ansia crudel"をきちんと聞かせる方が難しい。ここは暗い内容なので、テバルディはきっちり聞かせています。彼女の特徴は、最後の"vorrei morir"を弱音に落とさないこと。そのまま歌って次のフレーズに突入するのです。49年の時からそうでしたし、このときもスコア通りに修正するということをしていません。理由はわかりません。「いっそ死んでしまいたい」というのを消え入らせるのはここ全体の意味を帳消しにしかねないという判断からかも知れない、と。私の推測でしかありませんが。とにかく、次が弱音で始まるので、落とした方がつなげやすいはずなのですが、そうしないのが彼女のパターンだったのです。

"Numi, pietà del mio soffrir!"からは"con espressione"「情感を込め」の指示。不調、は私の思い過ごしかと思いかねないような一連の歌。ずっと弱音で我慢。声が嗄れやすい状態の時はピアニッシモの方が苦しいはずなのに、全く破綻がありません。そして、単調な歌とはほど遠い証拠に、"speme non v' ha per mio dolor"の"speme" "v'ha" に強調が入り、"dolor"は然るべく強勢が入って、身をよじるような苦悩をはっきり伝えています。

"Amor fatal, tremendo amor, spezzami il cor fammi morir."は"(tre-)mendo amor"にクレッシェンドの指示。最初から、弱音で我慢してきた前のフレーズと対照的に、大きめに歌われています。前は「希望がない愛」「慈悲を乞う」内容ですから、静かに、祈るように歌う。今度は、「宿命の愛」「恐ろしい愛」逃れようのないものだけれど、結局自分を破滅させる愛について歌っているのです。だから、その恐ろしさを強く訴える。そして"spezzami il cor, fammi morir!"でまた「いっそ殺して下さい」という祈りに戻るので、弱音にする。そして、ここでは49年の時付けてしまっていた"cor"のアクセントが消えています。良くない癖はなくすため、彼女は精進を怠らなかった。それがここでわかります。

また"Numi pietà, del mio soffrir,"が来ると、今度は"poco stringendo"「次第に速めて」の指示。そして、"soffrir, ah! pietà"では"ah!"を頂点にクレッシェンド。クレッシェンドはほとんど雄大なスケールでかかっています。締めの"Numi pietà, del mio soffrir."は弱音になり、49年は"deeeeeeeel miiiio soffrir"としていたのを、"del miiiiiiiio soffrir"に修正しています。本来は"sof(-frir)"の前に装飾音がついているので、"del mio sooooooofriiiir"となるのが正しいのでしょうが、1点ニ♭からいきなり"sof-"で2点ハに上がるのに、そちらに1点音域の装飾音を付けるのは歌いづらいのでしょう。(装飾音は4つの32分音符が全て1点音域で書かれています)"mio"の方に付けた方が歌いやすい。歌詞をどちらに付けるかは、割合歌手の裁量で変えられていることがあるので、間違いとは言えないと思います。

最後の"Numi, pietà, del mio soffrir."はピアニッシモで、"perdendosi"なので「消え入るように」です。この日の「不調」が私の思い過ごしではなかったのなら、ここをこうして歌うのは辛かったはずですが、(何しろ、かなりの弱音のまま、最後まで維持していますので)途中で消えたり、かすれたりせず、安定して弱音のまま相当長く維持して、締めています。ただ、消え入らせてはいませんね。テバルディにとっては、アリアの締めを消え入らせるのは余り気が進まなかったのかも知れません。


アイーダの出番はここまでなので、次回に第二幕を。