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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1952年 『アイーダ』スタジオ録音(3)

1952年の『アイーダ』スタジオ録音からの音源のご紹介、第三弾。

聞き所の多い第三幕です。というか、アイーダの出番が多いのです。

1. ヴェルディ 『アイーダ』 第三幕 "Qui Radamès verra!..."---"O patria mia"


ここは例のチェトラの初録音のとき、アリアに入ってからの部分を鑑賞済みですね。あのときとどう違ってきているか。

今回は"Qui Radames verrà..."から動画を作りました。大切な部分ですから。"Qui Radamès verrà..."の後には、スコアに"lungo silenzio"とあります。「長い沈黙」を空けるのですね。その次が"Che vorra dirmi?"この後も"idem"とあるので、同じように間を空ける。この理由はその後の彼女の歌を聞いていくとわかるようになっています。彼女は別れ話を切り出されると思って、もう絶望しかけているから、いちいち思いにふけって、悲しみに沈むのですね。その後、"Io tremo..."この辺は強弱の指示はありませんが、歌いまくる歌手はさすがにいない、はず。テバルディは沈鬱な様子で、静かに歌っていますね。

次のフレーズは、"l' ultimo addio"の"addi-"あたりが最強でクレッシェンドとデクレシェンドしてから、その次の"Nilo i cupi vortici"の頭にはフォルテがあります。「いっそ、身投げして死んでしまおう」というまがまがしい内容とバックのオケが重なって効果を上げるのです。"e pace forse, e pace forse e oblio."は一転してピアニッシモ。何しろ、「渦の中に身を沈めたら、やっと心の平安と忘却が得られる」と言っているのですから・・・。ですが、悲しすぎる・・・。

では、テバルディの歌を聞いてみましょう。スコア通りですね。彼女ならもう少し強い声が出そうなものですが、フォルティッシモではないので。それに、沈鬱な思いに沈んでいるのに強烈に歌いまくるのは?なので。さすがに暗い内容なので、最後の低音に更に暗い音色がついている。"forse e oblio"は皆、1点ハ音です。

そして、肝心の"O patria mia"からは指示がなくなる・・・。厄介です。テバルディ、このときは、はじめの"Ooooooooo"は割合静かに入り、クレッシェンドをかけ、"patria mia"で最強になって、"mai più, mai più ti rivedrò!"でほとんどピアニッシモに落としています。チェトラの時より、遙かに表現が微細になっています。録音条件が良いから、無理に声を入れようとして力む必要も無かった、という事情もあるでしょう。

"mai più, mai più ti rivedrò."・・・。温度のある、ビロードの声・・・。ひたすら1点ホ音だけのフレーズ。テバルディは"più"という言葉にひねりを入れがちでした(強勢を付ける傾向がありました)が、このときは特にそうしていません。スタジオでやり過ぎを慎むようになったのはこの辺からだったのでしょうか。ですが、この素直な歌い方の方が、私には好もしいです。この単語が出てくる度に力んでしまうと、くどい歌になりますから。

"O cieli azzurri"にくると、"cantabile"の指示。"native"の"ve"は"sfumato"なので音量を絞る。まさにそのままです。そして、カンタービレとなるとつい歌いまくりがちになりますが、このときのテバルディはほとんど彼女らしくないくらい、抑えて、抑えて、ピアニッシッシモくらいで歌っています。(どうやら、熱があったと思われる節があるのです。あとで指摘します。)それでも、これは悪くない。チェトラは歌いまくりすぎていました。今度は、極力落とせるだけ声量を落としています。"dove sereno il mio mattin brillò"も、チェトラでは"mattin brillò"と続く1点ホ音が聞こえにくかったですが、今回はきちんと響いており、(抑えているのに!)ポルタメントするように音高を上げていっています。

前の1点ホ音から2点ヘまで急上昇する"O verdi colli, o profumate rive"の頭には"dolcissimo"の指示。ここが、チェトラでは強すぎて"dolcissimo"になっていませんでした。今度は抑えに抑えています。繰り返しますが、声が嗄れているときは、大声を出した方がリスクが少ないのですが、本調子でなくてこのデリケートな歌が歌えたのだとしたら・・・凄すぎる。次、"O patria mia, non ti vedrò mai più"は"poco crescendo"なので少々大きめにしていく。チェトラでは歌いまくっていました。今度は、今までが非常に抑えめだったので、大きく聞こえますが、指示が終わると"mai più ti rivedrò"でデクレッシェンドでもしているかのように弱音にしていっています。チェトラの時の元気が良すぎる歌より、ずっとこの歌の気分に相応しくなっている。なにせ、「もう二度と故郷を見ることはないでしょう」という絶望的な内容なのですから。

次のフレーズには指示はありません。チェトラの時は、音高の高低に沿わせるように強弱をつけていました。今度は、そういう露骨な強弱が極力つかないよう、配慮されているのがわかります。音高が上がるとどうしても声が強くなってしまう。それを抑えているのです。本当に「不調」ならここまでコントロールするのは辛い。それでも、やれている。

次、"O patria mia, o patria, patria"の最後の"patria"の頭がフォルテの指示。と、思ったら、すぐ次の"mai più ti rivedrò"はピアニッシモ。ここは、"O patria mia, o patria, patria"全体が大きめに歌われています。"patria"のフォルテは、音高の上がる(2点イ音)のに自然に任せている、という様子で、特に声を張りまくっていません。もしかすると、少々元気がないかも知れませんね。熱もあったとしたら、今度は大声を出すのが体力的にしんどい。ただ、またマイクから離れさせられたという可能性が考えられなくもないのです。(よく聞くと、そういう印象を受けます)スタジオ録音時のエピソードが何も残っていないのが残念ですが、そんなことに頼らなくても、聞き手が聞き取らなければなりません。そういう所から得られる情報は「先入観」に変わりやすいからです。ピアニッシモの方は、問題なく実践されています。

次、"mai più, no, no, mai più, mai più"の頭はピアニッシモで、"parlante"のあと"parlato"の指示。弱音で、語るような調子で。音程はひたすら1点ホ音。チェトラの時はまるきり歌っているように聞こえました。今回は非常に抑えめなので、歌っている、という印象は特に受けません。ですが、節はついていますね。そして、最後の"mai più"では、前の方のフレーズで入れなかったひねりを入れています。少し涙混じりにして、強調気味にする。同じ歌詞の繰り返しですから、歌を単調にしすぎないため、最小限の効果は入れる。わざとらしくならない程度に。ずっと、好もしい歌になっています。

"O fresche valli, o queto asil beato"は頭が"cantabile"で"beato"で"dolcissimo"、最後は"sfumate"で音量を絞る。チェトラの時も、これは実践されていました。今回も実践されています。ただ、少々声を張ろうと「頑張った」様子が覗える。結構辛かったのかも知れないですね・・・。"che un dì promesso dall’ amor mi fu"は指示なしですが、この最後の"fu"が彼女にしては珍しく、不安定です。やはり、これは「不調」の表れでしょう。弱音を安定して維持させるのは、具合の悪いときは辛いので。ここまで、こういう箇所がなかったことのほうが・・・呆然ものです。

"Or che d’ amore il sogno dileguato"は頭に"dolce"、"(dile-)guato"あたりから"poco più forte"。少々ヒステリックで"dolce"になっていなかったチェトラの時とは違って、声を張りすぎることなく、優しい調子を保ったまま、十分な声を出している。少々ビロード感がいつもより欠けているのは、やはり具合が悪かったからでしょう。ですが、では他の歌手の声の方を好むか?といわれたら、私なら、「それでも不調のテバルディで聞きたい」になります。"o patria mia, non ti vedrò mai più"と続く。前の強さを保ったまま、歌い継いでいます。

"O patria mia, non ti vedrò mai più"は最後の方でクレッシェンド。これはそのまま。この後がキツい。"no mai più, maaaaaaaaaaaaaaaai,"でクレッシェンドしながらハイCまで上げていく。しかも、"dolce"の指示!ちょっとこの日は、金属的で、"dolce"ではないです。ですが、声は十分出ていて、ここで気がつきました。やはり、マイクから離れさせられています。明らかに。テバルディは・・・調子悪いと言わなかった模様。彼女の「歌手魂」は常人の想像以上のものだったのでしょう。「この程度なら、歌える」と判断したら、自分の都合でスケジュールを変えさせることはしなかったのですね。"non ti vedrò, non ti vedrò mai più!"は"senza affrettare"「急ぐな」。エレーデもゆったり振っていますから、テバルディもじっくり歌って「急いで」いません。ここは盤石の安定感で、最後まできっちり歌えている。

最後の"O patria mia, mai più, non ti rivedrò, ooooooooooooooooooooooh"。またしても最初がピアニッシモ。最初の"O"を歌っている間にクレッシェンド、デクレッシェンドし、"con forza"なので、強めに。ところが"mai più"は"もうdiminuendo"なので弱める。"ti rivedrò"はピアニッシモ。最後の"oooooooooooooooooooooo!"で2点ハ音から2点イまで上げつつ、"smorzando"。チェトラではピアニッシモで始められていないこと以外に問題はありませんでした。今回は・・・私は本調子ではなかったと思いますよ、思いますが、そういう歌手がこういう歌を歌えること自体が驚異的なのが、ここの部分なのです。今度はスコアの指示を何一つ落としていません。ちゃんとピアニッシモで始まっていて、"con forza"がスコアの要求している部分だけ強まっている。"ti rivedrò"は1点ハの半音下のロまで下がるのに、きっちり聞こえるけれど、強くはありません。ピアニッシモですから。そして、そのまま弱音でなめらかに最後の"oooooooooooooooooooh!"につながり、ここは本当に、本当に微妙にスモルツァンドしています。驚愕と鳥肌のフレーズでした。

むやみな高音とか、超絶技巧とかが「聞き物」なのではありません。こういう瞬間こそが、「本当の聞き物」なのだ、と私は思います。そして、テバルディはこれ以上ができた可能性があったのです。調子が良さそうではないので。・・・絶句ものです。

2. ヴェルディ 『アイーダ』 第三幕 "Ciel! Mio padre!"


ラダメスと二人だけで会うことだけを考えていたところへ、父のアモナスロが現れて、敵軍の秘密を聞き出せと促す場面。実の父親に脅されて(ヒドイ)心ならずも同意するに至る、その心理の動きを歌い出さなければならない、これはこれで難しい場面です。

入りには指示はありません。驚いた様子が出れば良いでしょう。しばらく、アモナスロが囚われているうちに見て取った人間関係の秘密を娘に「皆お見通しだ」と告げます。次。"E in suo potere io sto! Io, d’ Amonasro figlia!" ここは、「らしく」ないミスが。"potere"がはっきり発音できていません。"fiero"「荒々しく・いかめしく」の指示の通りにしようとして勢い込んだせいでしょう。(この場面全部を聞いた後で相当具合が悪かったらしい、という結論に達しました。それも「らしく」ないミスの原因のようです。)確かに、ここは激しく歌っています。「あなたの娘、王女の私があの人の言いなりなのよ!」散々誇りを傷つけられた憤りと、嘆かわしい実情を父にぶつける。ここがスタートなのです。それが、どう変化するか。

プロッティは、最初に書いたような事情で(本当かどうかは、情報源が例の本なので・・・定かではないにせよ)ほとんど批評家に評価らしい評価を受けなかったと。(それが本当ならまたしても「評論家先生」方がいかに色眼鏡を通してしか歌手を評価できない職業の方々かを物語ってしまっているのですが)ここの歌い方は見事だと思います。

"No!... se lo brami la possente rival tu vincerai, e patria, e trono, e amor, tutto tu avrai.""No"と"tu"にアクセントがついていて、最後の"(a-)vrai"に"morendo"「弱める」の指示しかないのに、彼は、"e patria, e trono,"を強く、誇らしげに、そして、何よりも "e amor"をまるで"dolce"の指示でも出ているかのように猫なで声で歌って、娘に希望を持たせようとする。最後は見事に"morendo"になっています。何しろ、娘が何に夢中なのか、十分わかっているのですから・・・。無表情なバリトンなら、こうは歌えない。プロッティは決して、無表情ではなかったのです。

次のフレーズは"cantabile dolcissimo"の指示が出ていますから、彼はその通りに歌っています。アイーダにとっては誘惑的な展望。これを彼女はオウム返しする。ここには(con trasporto)のト書きと"dolcissimo"の指示がご丁寧についています。ですから、「夢見るように我を忘れて、極力甘美に」歌うのですね。テバルディの音色は、先ほどとまるで違っています。明るめで、優しい調子に変わっている。父の猫なで声につられて、希望を持ち始めたということですね。ある意味、素直すぎる・・・。

ですが、その後のやりとりで、この父親は悟る。娘は「夢に見ているだけ」で「一日だけ」幸せならもう十分だと。エジプトを壊滅させたい父親としては、娘がこういう調子では困るのですね。ともかく、この"Un giorno solo di sì dolce incanto, un’ ora, un’ ora di tal gioia, e poi morir, e poi morir!"には(con espansione)「感情を十分吐露して」のト書きがありますので、テバルディは声を張って歌っています。"un ora"で2点イまで上がって、"e poi morir"あたりで1点ニまで下がる。テバルディは何の破綻もなく、くっきり声を響かせています。「これが私の願いなの!」と。

こういう流れはアモナスロとしては困るので、話を変えるのですね。エジプト軍の所行を娘に思い出させる。こういうのを聞いていると・・・人類は何も進歩していないのにがっくりします。未だに、こういうことが、世界のどこかで行われているのです。これは紀元前、それも遙か昔の話のはず。もう21世紀なのに・・・。人間には忌まわしい遺伝子が、取り除きようもなく、必ず伝えるのでしょうか。同じ人間を殺し合い、異質な文化を破壊しようという願望を。

とにかく、それで素直な(?)アイーダは父の話の線に引き戻されます。"Ah! ben rammento quegli’ infausti giorni! Rammento i lutti che il mio cor soffrì."ここは"appassionato"「熱烈に」の指示。なので、テバルディは声を張って、先ほどより厳粛な調子で歌っています。「勿論、祖国の不幸は忘れていないわ!」と。

その後が、またアモナスロと微妙にずれてくる。この娘は、「祈る」だけで「復讐に燃える」ような猛々しい気性を持っていないのです。次のフレーズ"Deh, fate, o Numi, che per noi ritorni, che per noi ritorni, l' alba invocata de' sereni dì." ここはピアニッシモで入って、"cantabile"の指示があります。どこかで強めろという指示はありません。が、オケが結構鳴るので、そのまま、というわけにはいかないでしょう。テバルディがピアニッシモなのは"Deh!"だけ。後は声を張って文字通りカンタービレで歌っています。「実際、祈ってきたんです!」と。

素直だけれど、自分の思惑通りの方向に考えてくれない娘なので、アモナスロはもう、単刀直入に核心に入ります。「敵軍の進軍路さえわかれば勝てるのだ」と。それに対し、当然の反応をするアイーダ。"Chi scoprirlo potria? Chi mai?" 「わかるわけがないのじゃないかしら?誰にわかるの?」と。

ところが父親は彼女にとっては全く思いがけないことを言い出す。"Tu stessa!"「お前自身だよ」余りに思いがけないので、たった一語の"Io?"という歌詞に、テバルディは驚きの表情を付けるのを忘れていません。「私が???どうして???」といったところでしょう。

アモナスロは自分の発言の真意をそれとなく説明。それだけで全てを理解したアイーダは強烈に反発。何しろ、それは熱愛する人を裏切る行為なので。"Orror!"には別にフォルティッシモの指示はありませんが、ここで初めて、といって良いほど、テバルディは強烈な反応ぶりを聞かせています。そして、"Che mi consigli tu? No, giammai!"も何の指示もないにもかかわらず、非常に激しい。「それだけはできません!」と。

ではエジプト軍の好きにさせるしかあるまい、また祖国に惨劇が繰り返されるだろうよ、と娘を脅すアモナスロ。まんざら噓でもないので、返す言葉がありませんよね。"Ah, padre, padre, pietà, pietà, pietà!"という、とにかく、そんなことは聞きたくない、と伝えるのが精一杯の歌詞。テバルディは強烈に歌って、「秘密を聞き出すのも、祖国の不幸を聞くのも嫌です!」と必死で訴える。調子が良さそうではないのに、これだけの声が出るのですから・・・。凄すぎる。

今度は、エジプト軍に惨殺された祖国の人々の亡霊が「お前のせいだ」と言うだろうよ、と。。。オヤジ殿・・・娘一人のせいにして良いんですか?あなたも戦略ミスとか、しなかったと言えるんですか?でも、「素直」なアイーダは「素直」に怖がってしまう。"Pietà! Pietà! Padre! Pietà!"強烈な声です。恐怖でパニックになりかかっているのですね。

とどめは、「お前の母親もお前を呪うからな」・・・亡き妻があなたを呪わないという保証は?・・・こういう一方的な方、困るんですよね。でも、「素直な」アイーダは恐怖のどん底に陥ります。"Ah no! ah no! Padre pietà, pietà! Pietà! Pietà! Pietà!" わざわざ、(nel massimo terrore)「恐怖の極限の中で」というト書きが付いていますから。この立て続けの"pietà"は「お慈悲を」というよりは、「やめてーーー!!!」という感覚だろう、と。それに相応しく、強烈に鳴るオケを圧倒するようにテバルディの声が響く・・・。ドラマティックです。

そして、最後には引導を渡す。「お前は私の娘じゃない!ファラオの奴隷だ!」・・・。この人、父親?ともかく、この「ヒドい」オヤジ殿の「素直な」娘は、"Ah!" でまず強烈に反応。(con un grido)「叫びとともに」です。が、テバルディは叫ぶと言うより、強烈に歌っています。その後は間を置きながら、力なく、"Pietà! pietà! pietà!"と繰り返す。何の指示もありませんが、オケはピアニッシッシモになりますから、自分だけ大声を張り上げ続けるのは奇妙ですね。とにかく、「祖国の裏切り者」のように思われるのは、彼女としても心外なのです。だから、「せめて、そんな風に思わないで・・・」と力なくすがるのです。

それからは、彼女なりの主張。"Padre, a costoro schiava non sono... Non maledirmi...non imprecarmi:"ここの頭には"molto sottovoce e cupo"「極力抑えた声で、暗く」の指示。スコアも休符がたびたび入り、アイーダがやっとの思いで話しているような調子が出る仕掛けになっています。テバルディの歌は、彼女としては歌というより、ほとんど苦しくてあえいでいるかのようです。かすかに涙混じりでもある。"Non maledirmi"が強いのは、間違いではありません。"Non male(-dirmi)"まで強アクセントがついているからです。力がガックリ抜けたのは、オヤジ殿の言うとおりにするしかない、と悟ったからなのですね。

次のフレーズからはスラーがついて、レガートになりますから、歌い方を変えなければならない。"Ancor tua figlia potrai chiamarmi. Della mia patria, della mia patria degna sarò."テバルディはスラーでくくられているフレーズの終わりごとに声を消え入らせ、「やっとの思い」の表現とスコアの指示の両立を成し遂げています。最初の"Della mia patria"は"pa(-tria)"を頂点にクレッシェンドとデクレシェンドするので、ここだけ目立ち、次のフレーズはレガートが消えるので、また力なく、途切れがちに沈みます。見事にスコア通りであるだけでなく、ほとんど生きているのが辛いです・・・という調子です。こんなにも役柄になりきれる歌手をはっきり、「役柄になりきるということを知らなかった」とお書きになった「大大大文化人」の方を存じておりますが、その問題はずっと後ほど取り上げます。「権威筋」の「言葉の暴力」と戦うのが、私のこの世の最後のつとめだと、私は自分に定めたのですから。

ヴェルディは巧みに、その後のオヤジ殿のフレーズに妙に甘ったるく、あるいは祖国愛を表す高尚さが聞き取れるようなメロディーラインを与えています。私には「偽善的」に聞こえるだけですが。その後のアイーダのパートは今までと一転して大変。"O patria! o patria, quanto mi costi! o patria! quanto mi costi!"2度目の"o patria, quanto mi"まで、まず一回目のクレッシェンド。2点イ♭に上がって"cooooooooooosti, o"までで二度目のクレッシェンド、最後に"patriaaaaaaaaaaaa"で三度目のクレッシェンド。締めの"quanto mi costi"は今度は"morendo"「消え入らせる」・・・。テバルディ・・・見事すぎて、しかも最後の涙声で二重に泣けます・・・。本調子ではなかったはず。なのに、こんなに立派に歌えたアイーダがいたでしょうか?私の知る限りでは、いません。

3. ヴェルディ 『アイーダ』 第三幕 "Pur ti riveggo, mia dolce Aida"


有名な「ナイルの二重唱」と呼ばれる部分ですが、この録音ではまたテバルディの「不調」の証拠が聞き取れてしまうところ。歌い出しの"T’ arresta, vanne...che speri ancor?"の"ancor"の所にはっきり聞き取れますが、少々いがらっぽい喉の状態を何とかカバーして歌ってはみたけれど、いつものようには歌えていません。しかも、多分それを周囲の人に言わなかったのか、デル・モナコが無神経なのか、デル・モナコはいつもの調子でガンガン歌いまくっている・・・。自分一人のために全員のスケジュールを変更させるのは忍びない、というのはテバルディらしい考えですから、「大したことはありません、」くらいにしか伝えなかったのだろうか、と。

"Te i riti attendono d’ un altro amor. D’ Amneris sposo..."の最初のフレーズも彼女としては少し痰が絡んだような声ですし、"attendono"の滑舌が少々怪しい。なんとか、こらえて歌ったという感じです。しかし、次のフレーズで少々ラダメスに当てつけがましく嫌みを言いながら声を張ると、調子が戻ってしまう・・・。全く、何という人でしょう!プロのオペラ歌手は「喉で」歌うわけではないですから、こういうことも可能です。ライブなら、十分ごまかせる。が、レコーディングでリスクを冒す人は余りいないような・・・。

"D’ uno spergiuro non ti macchiar! Prode t’ amai, non t’ amerei spergiuro."は "Prode t' amai..."からは"declamato"「朗唱風に」です。ので、歌うと言うより、言葉を叩きつけるようにしています。アイーダとしては、少々、どういう筋道で父の言いつけを守るか、考えながら話を持って行かなければならない。最初は、恋人を裏切ることは本来、気が進まないので、わざと愛想づかしをして、彼が離れてくれるといい、と期待しているのですね。それで、キツく嫌みを言う。それで彼に離れられたら勿論、後で悲嘆に暮れるのはわかっているけれど、裏切るよりましだし、父親にも、「ご覧の通り、失敗しました。」で済みますね。

"E come speri sottrarti d’ Amneris ai vezzi, del Re al voler, del tuo popolo ai voti, dei Sacerdoti all’ ira?"ここは"Re al voler"あたりから"stringendo a poco a poco"「徐々にテンポを速めて」とあります。丁度その辺からオケがピアニッシモからフォルティッシモになるのに合わせて、テバルディもテンポを速めながら声を強めて、切迫感を出しています。「これだけの障害があるのに、何ができるの?」と詰め寄るのですね。

その後は、ラダメスの薔薇色過ぎる未来像の独演会なので、(多分)具合の悪かったテバルディも一休み。独演会が終わると、(ヴェルディがライトモティーフを積極的に使ったとは思いませんが)「アムネリスのテーマ」みたいなざわざわと不吉な音楽に変転して、アイーダの入り。"Né d’ Amneris paventi il vindice furor? La sua vendetta, come folgor tremenda, cadrà su me, sul padre mio, su tutti!"不調の人とは思えないほど強い声で、「アムネリスを侮りすぎてはいない?大変よ!」と警告。

どこまでも楽観的なラダメス君は"Io vi difendo!"と胸を張りますが、懐疑的なアイーダ。"Invan, tu nol potresti."とあっさり一蹴。彼の独演会や、その後のやりとりの間に、アイーダも思いついたのでしょう。「一緒に逃げましょう」、これがいいわ!と。で、次のフレーズ。"Pur...se tu m’ ami... ancor s’ apre una via di scampo a noi..."ここは2点ハ音より下の中途半端な音域で歌われるので、調子の悪いときは声を響かせるのが辛かったに違いないのですが、ちゃんと響いています。いつもよりビロード感に欠けるだけ。ただ、ここは特に甘ったるく歌うような場所ではないですから。

「それはどういう?」とラダメスに聞かれて、決定打を。"Fuggir..."別にフォルテの指示はないですが、弱々しく歌っても仕方ないですよね。「これしかないのよ!」と言い切るのですから、きっぱり断言した方が良い。とにかく、テバルディはいがらっぽさもはね飛ばしたかったのか、かなりの勢いでこれを歌っています。

ここからは、「具合の悪かった」らしい、テバルディにとっては延々と試練が続く・・・。弱音のまま、甘美な未来像を描き出さないといけませんから・・・。本調子なら、彼女にとっては簡単すぎる箇所なのですが。

"Fuggiam gli ardori inospiti di queste lande ignude;"最初は"sottovoce parlante"「小声で、語るように」で、"colla più viva espansione"「より生き生きと感情を表して」ですが、最後は"morendo"。このフレーズだけで???ちょっと注文が多すぎますね。さすがのテバルディにも、何とか、"gli ardori inospiti"をくっきり際立たせるくらいしか対応のしようがなかった様子。"sottovoce"と"morendo"は守られています。

"una novella patria al nostro amor si schiude."には特に指示無し。テバルディは"sottovoce"のまま、音高が上がっても声が大きくなりすぎないよう、十分注意しています。

"Là... tra foreste vergini di fiori profumate,"には"dolcissimo"の指示。ここも極力抑えた歌です。下手をすると声が消えかねないくらい、抑えています。いつもより少々華やかな感覚が欠けているのは、やはり体調が悪かったので、コントロールするので精一杯だったからでしょう。

"in estasi beaaaaaaaaaate la terra scorderem."の頭には"estremamante piano"の指示「極限までピアノで」って???pppppとか書くのとどう違うのでしょう???うーん、作曲家の指示って、わからないことが往々にしてあります。"beaaaaaaaaaa(-te)"を歌いながらクレッシェンド。でも、"in estasi, in estasi"はピアニッシッシモ。 "laaaaaaaa teeeeeeeeeeeeeerra scorderem."は"laaaaaaaaa"でクレッシェンドして、"teeeeeeeeera"でデクレッシェンドしてから三連符を3度歌い、(その間は"dolcissimo") "senza affrettando"「急がずに」締める。・・・。厄介です。

「不調」のテバルディさん・・・。なぜこんなに美しく歌えたのでしょう?!本調子だったらどうなったことか、と考えると恐ろしいくらいの美しさです。"estasi, la te(-rra)"の間にも三連符が3回入っていて、それぞれの頭に強アクセントがついていますので、上に書いたやかましい指示は勿論のこと、これも全部守られている。・・・絶句するしかありません。

しばらくラダメスの独演会(結局、彼としては逃げるのは不本意なので)のため、テバルディは休めますが、その後がまた試練です。ただでさえデカい声のデル・モナコとデュエットしつつ、スコアの厄介な注文を守るという大変な課題が待っていますので。

その、「試練」の入り。"Là...tra foreste vergini, di fiori profumate,"は"dolcissimo"・・・。可哀想すぎる!!!その後も、"estasibeaaaaaaaaaaaate"でまたさっきと同じパターンを強いられる。「極限までピアノ」で始めて、"beaaaaaaaaa"でクレッシェンドをかけたかと思うと、すぐデクレシェンドして、"in estasiのピアニッシモ(今度はpppでないだけがまし)に持って行って、後は全く前と同じパターンです。ツラい。

ところが、聞いて驚愕。こちらの方が、本来のテバルディの声になっているのです。華があり、女性的で、つややかな。こちらも弱音に極力抑えられていることには変わりないし、歌い方も前と同じなのですが・・・。デル・モナコもいつもよりは遠慮がちに歌ってくれている。とにかくベストを尽くしたいというテバルディの心情を考えると、ますます粗末には聞けません。

"Sotto il mio ciel, più libero l’ amor ne fia concesso;"は特に指示はありません。"l' amor"を歌っている間に2点イ♭まで上がり、急にオクターブ下がるという箇所がありますが・・・。"Ivi nel tempio istesso gli stessi Numi avrem."は、"Ivi nel tempio istesso"全体でクレッシェンドです。"gli stessi Numi avrem."も本来のテバルディの声になっています。クレッシェンドの間にいがらっぽさを吹き飛ばした?

その後はほとんど1点ヘ音のポルタートを強いられた後、("ivi nel tempio istesso, gli stessi Numi avrem,")この最後でクレッシェンドをかけいきなり2点ホ♭に上げる。"ivi nel' tempio, istesso gli stessi Numi a(-vrem)"最初の2点ホ♭から音高が下がっていき、"Numi"の頭で1点ハまで下がる。そして、この最後は"morendo"の指示。そして、"Fuggiam, fuggiam, fuggiam...."は1点ニから2点ロまで上がる。その最後の"(fuggi-)aaaaaaaaaaaaam"の間は"dolce"にしろ、と。・・・。いじめ?

ポルタートはさすがに、レガートにはしていません。低音ですが、しっかり響いている。クレッシェンドをかけたという感じはないですが、2点ホ♭に上がるのに合わせて声を大きめにしてはいます。"Numi"あたりはぎりぎりまで音高が下がるので、自然に声量も落ちている、が、ちゃんとビロードの声で響かせている。最後はピアニッシモのまま"Fuggiaaaaaaaaaaam!"・・・お見事、の一言に尽きます。

ここから先は・・・これはこれで辛いのかなぁ?今度は声を張りっぱなしになるという・・・。"Tu non m' ami.. Va! Va!"と決定的に愛想づかしして、ラダメスの決心を促すのですね。

特に指示が出るのは、"Allooooooooooor...piombi la scure su me, sul padre"の頭でフォルテ。その後"miiiiiiiiiiiiiio"でフォルティッシモ。と、言われて、ラダメス、ついに決意、となるのです。

声は十分出ています。ですが、やっぱり「不調」なのですよ。そうでなければ、こんなにコンパクトに"miiiiiiio"を終わらせるはずはないので。スタジオだから慎んだのかも知れませんが、この録音はこういうコンパクトすぎるパターンが普段より多いのです。息が長いテバルディにしてはコンパクトすぎる。

ラダメスがまず独演会のあと、アイーダの出番。"Nella terra avventurata"までクレッシェンド、"de' miei padri il ciel"はピアニッシッシモ(!)"ne"に強アクセントで"attende," "ivi laure è imbalsamata,"でまたクレッシェンドし、"ivi il snudo e aro-"までピアニッシモ。"-mi e fior, Fresche"まで強アクセント、"valli e verdi prati a noi taramo sarranno,"ここで一度"talamo"で2点イまで上がってフェルマータ。"su noi gli astri brilleranno"の"brilleranno"で2点ロ♭まで上がる。更に、"gli astri"からはクレッシェンドもかける。"di più limpido fulgor"で1点ヘまで下がる。へとへと・・・。

うーん、むしろ声を張り続ける方が辛かったようですね。(熱があった?)いつもの滑舌の良さが生きていない。強弱は指示通りついているのですが、高音を張るところの発音がいつものようにくっきりしていません。"talamo"が「タラモーーーーー」に聞こえませんし(「タラオーーーーー」のようになっている)"brilleranno"が「ブリッレッラーーーーーンノ」ではなくて「ブリッレッラーーーーオ」のように聞こえる。熱でクラクラしているのならはきはき発音しろと言われても、辛いものがあります。仕方ないですね・・・。

次はラダメスとオクターヴ違いで同じ歌を歌うという試練が・・・。"Vieni meco, insiem fuggiamo questa terra di dolore, Vieni meco, t' amo, t' amo, a noi duce fia l' amor."さすがに・・・周りも気づいたのか、テバルディが申告したのか、ここは非常にコンパクトに終わっています。が、デル・モナコは手加減していませんから、テバルディは目一杯歌っています。恋人同士で未来の展望を歌うのに、女の方がヘタヘタしていたらダメですから。

さて、問題の場面がやってきます。きっと、ずっとどういうタイミングで切り出すか、アイーダは悩んではいたでしょう。結局、ぐずぐずしているうちに最後になってしまいました。"Ma dimmi: per quai via eviterem..."と切り出して、エジプト軍の進軍路を聞き出しにかかる。彼女の声は暗い。何の指示もないですが、テバルディはアイーダの内心の呵責を暗い声で表すのです。「聞いたら大変なことになる、でも聞かないわけにもいかない」、ですね。

"E quel sentier?"はこの時は割合あっさり歌っています。ここはステレオの時の方が上手かったかも知れません。その後、アモナスロが出てきて、ラダメスはパニックに。「敵に機密を漏らしてしまった!」と。アイーダはとにかく、ほとんど錯乱状態の恋人を落ち着かせるので精一杯。"Ah no! ti calma, ascoltami, all' amor mio t' affida"とか"Ti calma"とか。当然、声を張らないと聞こえない。大変だったでしょうね・・・。

その後は"Io son disonorato!"というラダメスに、"Ah, no!"と合いの手を入れ、"Ti calma!"。最後の歌詞は皮肉なことに、神殿から出てきたアムネリスへの"La mia rival!" 多分、熱でグラグラだった(?そうでなければ、あのダレダレの滑舌はあり得ません)らしいテバルディですが、このごたごたのシーンでもしっかり声を聞かせています。一言残らず。感服。


次回は第四幕から。