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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1952年 『アイーダ』スタジオ録音(4)

1952年の『アイーダ』のスタジオ録音から、最後の音源のご紹介です。

● ヴェルディ 『アイーダ』 第四幕 第二場 "Fatal pietra"

 

祭司達の尋問に沈黙で通して、申し開きをしなかったラダメスは、もう石室に入れられ、そのまま生き埋めの刑になります。そこには、アイーダが潜り込んでいました。二人で共に死を迎えられることをせめてもの慰めとする恋人達。

どうやら不調どころか、かなり具合悪かったんでは?という様子のテバルディですが、デル・モナコは手加減する人ではありませんし。彼女ももう何度も彼と舞台で共演していたから、それはよくわかっていたでしょう。

はじめはラダメスの独白。やむを得なかったとはいえ、こういう死に方をするのは無念でしょう、そして、アイーダはどうしているのか?それを思い巡らしているうちに、そのアイーダを発見、驚く、というわけです。

入りの"Son io!"が余りに立派なので、もしかしたら、このシーンからレコーディングした?と思ったりもしました。レコーディングって、オペラの進行通りのスケジュールで行われるとは限らないので。

次の"Presago il core della tua condanna."の頭には"triste"「悲しく」の指示。テバルディは「悲しく」といっても、めそめそするわけではありません。(「すすり泣く」とか書いた誰かさんは一体何を聞いておられるのか?)むしろ、彼女特有の「威厳」のある声で厳かに歌っています。それが、もうすぐ死を迎えなければならない二人には相応しい。いまさらめそめそしたところでどうにもなりませんから。「悟り」って、仏教文化圏内だけの感覚では無いのではないかと。

"In questa tomba che per te s’ apriva, Io penetrai furtiva..."ここまでは同じ調子で歌うことになっています。最後の"furtiva"で音高が上がっていく。次に続くからです。

"e qui lontana da ogni umano sguardo"は"con passione"「情熱を込めて」です。 "nelle tue braccia desiai" は"dolce largo" でアラルガンド。「甘美に、ゆっくり」で更に遅めて、 "morire."には"morendo"「消え入らせる」・・・。最後まで細かいスコア・・・。ですが、テバルディの歌は全くその通り。ここは・・・一体どうしたのか?いつもの美声に完全に戻っている・・・。

アイーダは少し前から飲まず食わずでここにいたのだから、当然衰弱しています。ト書きでもラダメスより先に死ぬことになっています。

"Vedi?...di morte l’ angelo..."からは"vaneggiando"「もうろうとしながら」そして"dolce"だそうで!勿論、衰弱していればそうなりますが、"dolce"って!結局、歌手にはもうろうとしているゆとりなんてないです。非常ーーーーーーに緻密なコントロールを駆使しないと、そういう歌は歌えませんから。

おそらく、本当に熱でもあってもうろうとしかかっていたかもしれないテバルディ。"Vedi?... di morte l'angelo, radiante a noi s' appressa"は"morte"からポルタートで、"radiante..."からはクレッシェンド。もうろうとしてなんて、いられないんです。それにしても・・・「死の天使」まで美しすぎるのは一体何?テバルディさん・・・。具合悪いのはどうなさったのです?クレッシェンドは見事にかかっていて、最後は"morendo"しているように締めています。

"ne adduce a eterni gaudii, sovra i suoi vanni d' or"は"sovra"からまたクレッシェンドで、"vanni"で切れる。"i suoi vanni"にはスタッカートがついています。"d' or"は一旦切れたクレッシェンドがまた付け直されている。

ここで、やはり、テバルディが具合悪いまま歌っていたのがわかるのです。ほとんど、そんなことは信じられませんが。"(e-)ter(-ni)"の2点イ音は、一つ前のフレーズでは見事なまでに美しく歌われていますが、ここでは少々声がかすれています。非常に微妙ですが・・・。スタッカートはついていないです。"d' or"はクレッシェンドしているという感覚はありません。ですが・・・ですが・・・こんなに美しい"d' ooooooor"にケチを付けようなどという気が起きなくなるような歌いぶりです。

この後はさらなる試練が。"Già veggo il ciel dischiudersi, ivi ogni affanno cessa, i-"変なところで切りましたが、"cessa" の最後の音と次のフレーズの"i(-vi)"がスラーでつながれていて、ポルタメントしなければならないからです。"Gia veggo...di-"までがクレッシェンドかつスタッカート。"-schiudersi"の"-si"はいきなり2点ロを出せと!そして"ivi ogni affanno"まで、またスタッカート。"(cess-)sa"一音がディミニュエンドで、最初に書いたとおり、次のフレーズにポルタメントでつながる。

テバルディは余りスタッカートをブツブツ切って歌うのが好きではなかったのでしょうかね。私も、スタッカートは『ファルスタッフ』のような喜劇に相応しいと思います。こうした、死を前にした人がスタッカートでポンポン跳ねまくるのは変なのじゃないかと。2点ロは・・・かすれもせず、余りにも美しく歌われています・・・そして、"cessa"の最後の一音は見事にディミニュエンドして、ポルタメントで次に続いています。これで、具合が悪かった(もう確実です!)なんて!!!

その、次のフレーズ。"ivi comincia l'estasi" "(co-)mincia l'esta(-si)" までポルタート"-si" には強アクセント。8分休符がついてから"d' un immortale a-"までまたポルタートで"(a-)mooooooooooooooor"は2点ト♭の4分音符+8分音符+8分音符+2点トナチュラル+2点ロ♭+2点イ♭と音程が推移する間、"dolcissimo"で歌え、と。その後は"comincia l'estasi d' un immortale amor."。"comincia"にスタッカートが付き、最後の"(immorta-)le amor"はラレンタンドです。もう、衰弱が進むので、遅くなるのですね。

ここの美しさは!!!私は背筋にほとんど戦慄が走りました。"-si"は見事に強くなっており、"(a-)moooooooooooooooooooooooor"は"dolcissimo"などという言葉では表現できないような天上の美で歌われています・・・まさに、『天使の声』。そして、音高が上がる2点ロ♭と2点イ♭に"ah"を入れて、歌いやすくしている。別に、そこには"dolcissimo"はなく、二つ目の音符にアクセントがありますから、スタッカート気味に歌っていたとしても、さして問題だとは思えません。強いスタッカートではなく、かなりソフトに、音符に軽く降りるような歌いぶりですので・・・結局、ここでポルタートやスタッカートの指示があったとしても、実践するつもりはなかったのでしょう。その後も1点ニの低音までしっかりと響いて、ラレンタンドで長めに歌って締められている・・・。

"Triste canto!"は1点イ♭の機関銃。"Il nostro inno di morte."は1点ニ♭の機関銃。もうすぐ死を迎えるので、言葉が単調になるのですね。ですが、テバルディはあえて弱々しく、聞こえないような声では歌っていません。"morte"に少し強勢を入れているほどです。ですが、大きくなりすぎないように配慮されているのは十分わかります。ラダメスが石を動かそうと無駄な試みをするのに対し、"Invan!"と歌うときも1点イ♭。それ以上に、これらの歌詞に、テバルディは先ほどの「天上の美」とは違う音色をつけています。「不滅の愛」ではなく、「終わっていくこの世での出来事」は、彼女にとって忌まわしいことでしかない。だから、暗い音色を付けているのです。「不滅の愛」が神々しいまでに麗しかったのと対照をつけるのを忘れていないのです・・・何度熱があったのか、知りませんが。

そして、彼女自身による死の宣告。"Tutto è finito sulla terra per noi""Tutto è fi(-nito)"の"-to è"の2点ニ♭を最強に細かいクレッシェンドとデクレシェンドがついています。"sulla terra per noi"はディミニュエンドです。音高も1点ニ♭まで下がります。そのままに歌われている・・・。しかも、これもまた低音に暗い音色がついていて、「忌まわしいこの世の終わり」という感覚が伝わります。

"O terra, addio, addio, vale di pianti"、最初は2カ所に強アクセントがついているだけです。"Sogno di gaudio che dolor svani."は、ややこしくて、まず、頭にフォルテで"So-"にスタッカート、"-gno"が2点へでテヌート。"di"にまたスタッカート。"gaudio che in dolor"の頭はもうピアニッシモ(!)で、最後は"morendo"「消え入れ」 "svani."は指示無し・・・。テバルディ・・・スタッカートこそぶっつり切っていませんが、他は皆、実践しています。

"A noi si schiude, si schiude il ciel,"はポルタート以外の主な指示とすると、"ciel"でクレッシェンドしろ、というもの。そして、次のフレーズの頭はフォルテ。"si schiude il"までまたクレッシェンドをかけ、 "ciel e l' arme erranti"の頭はもう、ピアニッシモ!・・・ちゃんとクレッシェンドがかかっています。ピアニッシモのタイミングはちょっと微妙で、"il ciel"からもうピアニッシモになっています。しかし・・・具合の悪かった人の歌とは思えない。少々、クレッシェンドのかかり具合がいつもより弱め、そのくらいですね。

"Volano al raggio dell' eterno dì."は"Volano"がまたポルタート。"rag(-gio)"で2点ロを出せ、と。その後は音高が下がっていき、1点ト♭で落ち着きます。ここは強弱の指示がありません。テバルディは・・・何と、"Volano al"までをクレッシェンドしているかのように歌って、ところが、一番高音の"raaaaag-"にくるとピアニッシモにしているのです!最後の"dì"は"morendo"の指示でもあるかのように「消え入らせて」いる。何の指示もないのにこういう歌い方を思いつく人というのは・・・。それがまた、「不滅の愛」の続く来世を歌うのにこれ以上相応しい方法はない、ということ、これまでのスコアの指示を考えたら、これが最良の解決法だということがわかっている・・・それが、テバルディの非凡さの表れです。30歳に過ぎない歌手が・・・。

ラダメスの歌に入っても、アイーダは合いの手を入れますが、最初の合いの手の"O terra addio"にピアニッシッシモの指示が出ていますが、これもそれだけ。ちょっと、音高の上がるところで声が強くなりすぎました。忘れたのでしょう・・・。スタジオでもスコアとにらめっこしながら歌うわけではないので。ちょっと不思議だったのは、字幕には出しましたが、最後にラダメスと同時に"a noi si schiude il ciel"と歌う箇所があるのに、テバルディはここを歌っていないことです。多分、これも忘れたのかも・・・。本当に、相当「もうろうとしていた」?

"Aaaaaaaaaaaaaaaaaaah"は何と、ピアニッシッシモから始めて、最後の最後で"rinforzando"「急に強める」です! "si schiuuuuuuuuuuuuuuuude"には指示無し。 "il ciel"になると、今度はピアニッシモ・・・。うーーーん。デル・モナコさん・・・。あなたの歌い出し、それ、ピアニッシッシモじゃないですよね。だから、テバルディさんもおつきあい。"il ciel"はかろうじてピアニッシモになっています。音高が下がりますから・・・。

しかし・・・一度「もうろうとさせた」はずのアイーダにフォルテを歌わせるとか・・・だから、「エセ・リアリズム」は「オペラ」には無用の長物なのですよ。

次からはしばらくデル・モナコさんと歌わなければならないから、テバルディさんもスコア通りとは行かないですね。彼はピアノやピアニッシモに・・・敵意でも持っていたかのような人なので・・・。(私は嫌いじゃないんですけど・・・)

ともかくデュエットの"O terra ad-"はクレッシェンドなのに、次の"-dio, addio vale di pianti"はピアニッシモ・・・。 "sogno di"はクレッシェンドなのに "gaudio che in dolor svanì"はピアノ。"a noi"は指示無し、"si schiude si schiude il"までクレッシェンド。"ciel"は指示無し。"si schiude il"はクレッシェンドで、なぜかアイーダの方だけ"schiu-"に強アクセントがついている。"ciel, e alme erranti"の"erran-"にも強アクセント。まず、ここで切ります。二人とも、気分良くクレッシェンドしていますが、弱音の所は十分弱まっていません。理由は・・・多分デル・モナコさん。

"Vorrano al raggio dell' eterno dì"は最高音の2点ロ♭までクレッシェンドで、そこからデクレッシェンド。それで一旦ふたりはばらつきます。次のテバルディの"il ciel"はピアニッシモ。次の"il ciel"は"dolcissimo"・・・。この違いは???

二人で歌う所は・・・歌いまくっています。若干デクレッシェンドしているだけ。絶妙なのはむしろ、ばらついた後のテバルディの2度の"il ciel"。まさに、ピアニッシモでどちらも"dolcissimo"といって良いくらいです。別に・・・この二つの歌い方を分ける意味って無いような気がしますから・・・。具合悪かったとは思えない声です・・・。

"si schiude il ciel"は"il"までポルタート。最後の"si schiude il ciel"は"sempre dolcissimo"「ずっと甘美の限りで」で、"il"が2点ロ♭でフェルマータ。2点ト♭で終わります。

ここも・・・やたらデカい。のは、誰のせいだかわかりますね・・・。それから、"il"ではなく、"(schiu-)deeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee"が延々と歌われていますが、これはスコアの歌詞の割り振り方も微妙なので、これでも問題ないのです、無いのですが、テバルディさんとしてはもっと「甘美の限り」で歌いたかっただろうな・・・と。


テバルディが本調子でなかったのは、明らかにわかる。ですが、ここを聞いただけでもどれだけ素晴らしかったことか!カラヤン盤の時、いくらテバルディが健康だったとしても、もうこの歌唱は繰り返せていないと思います。また綿密に聞かないと何とも言えませんが・・・。ただ、カラヤン先生はご自分が目立つことが第一だったので、もうそれだけでもまずいことになっていたはず、と予測できるので・・・。誰が何と言おうと、テバルディが少々具合悪そうだろうと、この『アイーダ』が最高なのです!


1952年の音源は少なくて、これで終わり、です。次回から1953年の音源のご紹介に入りますが、その前にいくつか、記事を挟みます。次からの2回は、テバルディのライブのCDが入手しにくくて、残念にお思いの方に、ヒントを・・・。