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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 フィレンツェ テアトロ・コムナーレでの『運命の力』(1)

さて、今回から1953年のテバルディの音源のご紹介に入ります。

この年のテバルディの多忙ぶりについては前項でご紹介しましたので、もうご承知いただけたかと。ですから、私は何点か、彼女のこのときの歌唱に問題を発見しました。ですが、歌声自体やコントロール、表現にはほとんど問題は無いと言って良いのです。よくこれ程の声が出るものだと・・・唖然とするくらいですから。むしろ、歌詞の記憶不徹底など、そうした種類の問題なのです。

この公演の準備はスムーズにはいかなかったようです。テバルディはミトロプロスとはむしろ相性が良く、彼に高い評価を受けていました。ですが、例の「伝記」によると、彼のテンポは非常に独特で、歌手達は合わせるのに苦労し、ついには学生時代に戻ったかのようにスコアを再確認しながら、それぞれのリハーサル室で練習し直す必要があった、と。

更に、(この頃からあったとは!)演出にあたったオーストリア人のゲオルク・パプスト(ジョージと書いてありますが、ゲオルクが正しいのでは、と思います。)は、はじめ、時代を第二次大戦中のフランコ将軍の時代に移し、現代の大砲や銃火器を持ち込んで、なおかつテバルディを軍隊付きの看護師にしようという案を持ってきたそうですが、歌手達の猛反発にあい、(当然だと思います・・・。今はそのままやってしまうんでしょうけれどね。)結局16世紀のスペイン、というオーソドックスな演出にせざるを得なかった、とのことです。(2008年版P57)

そのようなわけで、一聴するとさして苦労がなかったかのように歌手達は立派な歌を聞かせているのですが、実は楽ではなかったのです・・・。

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さて、こまかい問題については鑑賞録で指摘いたします。(私は「フェア」であることをやめるつもりはありませんから、贔屓の歌手だからといって問題をなかったかのようにごまかすつもりは一切ありません。他の歌手の問題を指摘する以上、そういう基本的姿勢はどうしても必要なのです。)録音の話に移りますが、音質は、メトのライブならともかく、イタリアでのライブ録音は音の悲惨なものが多い割には、これは非常に聞きやすいものです。ただ、経年劣化していない箇所がないとは言えないのが残念なのと、もっさりした音質を極力クリアーにするため調整は必要でした。音源はArchipelのARPCD 0126(写真)です。

録音データに参ります。1953年6月14日、フィレンツェ テアトロ・コムナーレでのライブ録音。指揮:ディミトリ・ミトロプロス、演奏:フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団・合唱団、アルヴァーロ:マリオ・デル・モナコ、レオノーラ:レナータ・テバルディドン・カルロ:アルド・プロッティ、グアルディアーノ神父:チェーザレ・シエピ、フラ・メリトーネ:レナート・カペッキ、プレツィオシッラ:フェドーラ・バルビエーリ、カラトラーヴァ侯爵:シルヴィオ・マイオニカ、クッラ:アンジェラ・ヴェルチェッリ他、です。

では、音源のご紹介を。今回は第一幕です。

1. ヴェルディ 『運命の力』 第一幕 

"Buona notte mia figlia..."---"Me pellegrina ed orfana"


レオノーラという役は、他の役とはまた別種のキツさがある、と書きました。何かというと、高音を巨声で張らなければならないのは勿論ですが、低音域がきちんと響かないと歌いこなせない、というところが多いのです。中低音が充実していて、悪声にならなかったテバルディには向いていましたが、"La Vergine degli Angeli"などのデリケートなピアニッシモを駆使しなければならない場面もあり、難題多し、の役です。これを結局彼女は51回舞台で歌ったのですから・・・。最初の出来映えが少々問題でも、それだけの実力が無ければ不可能な回数でした。1963年に声を痛めてからはこのレパートリーは彼女の持ち役から消えました。代わりに取り組んだのが『ジョコンダ』。

というわけで、入りの"Oh angoscia!"からして1点へ♯、ホ♯、ニと下がっていくという始まり方。何しろ、普通好きな男性と駆け落ちをするのならすぐにでも、とそわそわするのが当然なのでは?と思うところですけれど、レオノーラは違う。彼女がぐずぐずしないと決定的な不幸が起こらないから、という筋書き上の必然性もあって、このヒロインは駆け落ちに乗り気でない。訳のわからない新大陸でどう生きていくのか?そういう不安があっても不思議はないけれど、とにかく「お父様」にこだわりすぎなのが奇妙なのです。

だから、彼女は恋愛に没頭しているというよりは悲しみに沈んでいる・・・。駆け落ちを控えた女性がこういう状態なのは本当に不可思議ですがそういう話ですから。低音で始まるのも、彼女の恋愛は薔薇色ではないからなのですね。テバルディの入りは十分すぎるほど響いています・・・。しかも、悲しげ。

"Padre, signor..."はもう少しで泣きそうなのではないか、というくらい悲しい音色であり、しかも「お父様」への愛着に満ちている。"signoooor..."がすがりつくような調子で歌われているからです。

"Ah, padre!"に指示はないですが、テバルディの声は初めて強くなっています。もう少しで、本当のことを言ってしまいそうな調子で。実際、後で、そういう趣旨の歌詞が出ますから。"Oh rimorso"で音高が下がり、傍白なので声量も落ちる。"Ah, padre mio!"は音高が上がり、"mi(-o)"にアクセントがついていますから、強く響きます。同じような歌詞の繰り返しが、彼女の「言ってしまおうか、でも言えないわ」というためらいを表す。「お父様・・・実は・・・」と言い出せないので、「お父様」でいつも止まってしまうのですね。テバルディは未練が残るように、すがるように歌って、それを表しています。

その「お父様」に"Addio"と言われてしまうので、ついに言い出せないでぐずぐずしたままのレオノーラ。テバルディの"Addio"は、やはり泣きそうなくらい悲しい、涙の響きが混じっています。(指示はありません)

この「お嬢様」と対照的で、やけに駆け落ちに乗り気なのが侍女のクッラ。歌詞だけ見ていると何だか彼女の方が偉そうなくらいですが、そこはさすがにテバルディの声の持ち前の威厳がそれを感じさせない。ただ、「お節介な侍女」という印象は強いですね。

"E sì amoroso padre avverso fia tanto a’ voti miei?"・・・明らかにヴェルチェッリとはケタ違いのテバルディの分厚い声の響きです・・・。自分の最初の考えをはっきり後悔し始めているレオノーラ。"No, no, decidermi non so."フォルテなどの指示は一切無いですが、テバルディは強めに歌っています。"decidermi non so"はまたしても1点ヘ♯やニ ナチュラルという低音域で歌うのですが、こういう音域でもずっしり響く彼女の声。この役ははじめから最後まで絵に描いたように悲劇的ですから、テバルディも暗めの声で通します。祈る場面は違いますが。

"Quegli accenti nel cor come pugnali scendevanmi."ここはヴェルディが歌詞に相応しい指示を出しています。"come pugnali"が最強になるよう、クレッシェンドとデクレシェンドをかけろと。"scendevami"は又しても低音に下がる。その「短剣」が心に「突き刺さる」ように、音画が描かれている。テバルディは最初から強く歌いすぎですね・・・。強弱がついていません。低音がまたずっしり響いているのはさすがですが。日本人の男性は女性の声としては高めの声を好む方が多い傾向があると思います。こういう声は聞いても魅力的ではないと。ですが、「イタリアのリリコ・スピント」にはこういう声が必要不可欠なのです。こういう声がお嫌いならば、スピントの歌手が歌うオペラは十分味わえません。レッジェーロな歌手の歌うモーツァルトやRシュトラウスなどのドイツのオペラや、フランス・オペラをお楽しみになった方が良いと思います。あるいは、イタリアものでも、ベル・カント・オペラなど。

"Se ancor restava, appreso il ver gli avrei."ここに出てきます。「もう少しで本当のところを言いかねなかった」というレオノーラの本音。テバルディは少々動揺気味な調子を入れています。クッラはそれを「とがめる」(変な侍女ですね・・・)。テバルディの"Taci!"・・・なにしろ、「命令」が「命令」らしく聞こえるように歌える人でしたから。

"Io non amarlo? ben tu sai s’ io l’ ami! "の入り、ほとんど、コワい。クッラの言うことはさすがに許せなかったのですね。「愛していないですって!そんなことはないわ!」強烈に否定。"ben tu sai s' io l' ami"は本来は"tu ben sai..."なのです。結局、テバルディ、歌詞の暗記が間に合わず、即興で矛盾のない程度に歌詞を変えていたりするのがこの公演。但し、彼女のここの歌の調子は歌詞に合っています。初めて、優しい音色になる。実際、「愛している」からですね。なのに、今いる場所を離れるのは辛い。それがこのヒロインの抱えているジレンマです。

"Patria, famiglia, padre per lui non abbandono?"入りは優しい。こちらもアルヴァーロに劣らず、彼女にとって愛おしいものだから。その代わり、後半は強烈に。"per lui non abbandono?" 「(こういう愛おしいものをみんな)彼のために捨てるのではない?違うというの!」否応なしに同意しなさい、という調子です。(指示はありません)

"Ahi, troppo! troppo sventurata sono!"ここも指示なし。最初の"troppo"は強いです。「余りにも!」を強烈に訴える。ですが、素早く柔らかで、悲しみに満ちたピアニッシモに変わっていきます。単調にならない歌・・・。さらに、耳をそばだてさせてしまうような音色・・・。これが、テバルディの凄さです。抑えて"sventuraaaaaata sooooooooono"の最後の"sono"で少々強調を入れて、どうにもならないジレンマに苦しむ思いを、例によって身をよじっているかのように描き出している。

そして、本格的にアリアに入ります。"Me pellegrina ed orfana lungi dal patrio nido"頭に"mezza voce"の指示。「抑え気味の声で」それは、悲しみに沈んで歌うのですから、景気よすぎてはいけませんね。"un fato inesorabile sospinge a stranio lido."には"sospinge"からピアノの指示があります。テバルディの入りは相当強いですね。「容赦の無い運命」ですから、それでもいいと思います。ピアノの箇所からは声が抑えられていますし、涙混じりにすら聞こえます。

"Colmo di tristi immagini, dai suoi rimorsi affranto"ここは"crescendo ed accelerando"の指示がある割にはクレッシェンドしていませんし、テンポが速まっているという感じもないです。やはり、少々未消化です。"è il cor di questa misera dannato a eterno pianto."ここも"misera"が最強でデクレッシェンドかつ、"(danna-)to"でピアノまで落とすので、強弱は正しくついているのですが、"misera"で少々手間取りすぎて、指揮とずれています。

もう一度"colmo di tristi immagini, dai suoi rimorsi affranto"がくると、今度は頭がピアノでクレッシェンドの指示。"è il cor di questa misera dannato al pianto."ここは前のフレーズの"affranto"から更にクレッシェンドして、最後に最強にしろという指示。"piaaaaaaaaaaaantoooo"は2点ロ♭、2点イ♭ときて2点トで落ち着く。もの凄い声ですね・・・。冷静なのですよ、冷静なのですがやはり、少々スタジオより血が沸いてしまうのでしょうかね。ライブのテバルディはスタジオほど大人しくないのです。「熱血」と言えば「熱血」ではある。"dannato a eterno pianto..."は音高も下がるし、デクレッシェンドするので、声量も落ちていきます。

"Ti lascio, ahimè, ahimè, con lacrime, dolce mia terra! Addio."は(con massimo dolore)「悲しみの極致で」ですから、今まで以上に悲しそうに歌わないといけません。しかも・・・キツい。最初は何とぎりぎりの1点ハ音で始まりますが、2度目の"ahimè"で2点ハまでオクターヴ上がる。テバルディは音高に合わせて声量を上げ下げしていますが、下がっていく"con lacrime"も強いですから、単純に音高だけに合わせているのではありません。「涙とともに」というのをしっかり聞かせるのを忘れていない。

"Ahimè, ahimè, non avrà termine sì gran dolore! Addio."はまた1点ハから始まって"non avrà"で2点イ♭まで上がる。こちらは、"termine sì gran"も声を張ったままで、更に"dolore"はかなり強く強勢を付けている。「苦悩・悲しみ」という言葉を無感動に歌う人ではなかったので。「この苦悩は尽きることがない」。そのひとかたまりが全て強められている上、「苦悩」は前に投げ出すように強める。未消化な箇所が散見されても、テバルディの歌には味がある。無味乾燥な歌など、歌わないのです。まだまだ完成に至るには早すぎた、それだけのことです。何しろ、これがこの役を彼女が初めて歌ったときの記録なのですから。

"Ti lascio, ahimè, con lacrime, ti lascio dolce mia terra."また前と同じ歌詞がきます。所々に強アクセントが付いている以外には指示はありません。テバルディは前よりずっと静かにこのフレーズを歌いつつ、"Ti lascio"や、やはり"con lacrime"を強めにして、「悲しみ」を強調し、"dolce mia terra"「愛しいこの地」は甘口で、優しく歌っています。

"Per me, per me non avrà termin sì gran dolor!"ここは厄介。"per meeeeeeeee, per"と歌っている間にクレッシェンドしてデクレシェンド、次の"me"はピアニッシモにしろと!これは完全に忘れたようですね。最初から大きく入りすぎです。"sì gran dolor"あたりでやっとピアニッシモになっている。最後のピアニッシモは美しいですが。

"per me non avrà termin, per me non avrà termin, sì gran dolor, sì gran dolor, Addio, addio"は最初の"sì gran doloooooooooor"の2点イ音が最強になるようにクレッシェンドして"affrettando"「テンポを速めろ」と。次の"sì gran doloooor"はデクレッシェンド。ところが、"Addiiiiiiiiooooooo"の"-di-"はフォルテで、そこからデクレッシェンド、次の"addio"で指示が抜けます。ここでまた、歌詞を忘れちゃったようで・・・。"sì graaaaaaaaaaaaaaan"とやって、"dolor"は抜かしています。他の指示は大体その通りですね。それでも最後の"dolor"の後や、最初の"Addio"の後で、慟哭しているように息を飲んでいるのは・・・さすがに「熱血」。悲しみに浸るにも、スケールの大きさが並じゃないのです。

その後はフェルマータがあるくらいで特別な指示はありません。"dolce mia terra, addio! Ahimè! non avrà termine sì gran dolore! Addio, addio" ほとんど指示のないここが一番見事だったりする・・・。非常に抑えめに"dolce mia terrra addio"を歌った後、いきなり2点ロまで上がる"Ahimè!"で強烈な声を張っていますね。「悲しいのよ!!!」という感じです。その後は少しだけ声量が落ちますが、大きいまま"gran"にきて、ここは楽譜のフェルマータが見えているように長めに歌ってから、また"dolore"に強勢を付けて強調。"Addio, addio"は最初の方が1点ハまで下がるので抑えめにし、2度目は音高が上がるところで少し強勢を付けて締めています。ここはフェルマータもついてますし。・・・ですが、最後の"addio"は・・・17秒以上ブレスなしで続いています・・・私の知る限り、テバルディの最長記録・・・。どういう肺をしていたのでしょうか???

完璧とは言えないですが、忙しい中覚えたにしては起伏や情感が十分についた歌ですし、大体、これだけムラ無く上から下まで声が出て、しかも途方もない声の強靱さが備わっていて・・・。ローザ・ポンセルもこの役を歌って有名でしたが、それ以来であって、この後はない、という感じです。

2. ヴェルディ 『運命の力』 第一幕 "M' aiuti, signorina"---"Ah, per sempre"


アリアが終わって、またクッラとのやりとり。スコアを見て驚く、というか、呆れるのは、"Ah, no, più non verrà"の所で(con gioia)「嬉しそうに」とあること!レオノーラって・・・。本当にアルヴァーロのこと、好きなんですかね???テバルディのは、「嬉しそう」というより、とにかく、強烈。テアトロ・コムナーレは1800席ぐらいのさほど大きくない劇場ですから、これ程の声だと末席の観客の鼓膜までビリビリしそうです・・・。

ところが、そこに馬のひずめの音。"Oh Dio!"にはさすがに、"con dolore"というような指示は「ない」です。それだと、全く「愛してない」ですからね。とにかく、ちょっと遅く来られたので慌てる、というところでしょうか。

"Ah, per sempre"でデル・モナコが登場しますが、彼はもうこのテアトロ・コムナーレでは相当おなじみだったのでしょう、出てきただけで拍手。テバルディも4度歌っていますが、『コリントの包囲』や『オリンピア』『グリエルモ・テル』のような珍しい演目に混じって『アイーダ』を歌っただけでしたから、(それも、相手のテノールが年上過ぎる、ラウリ=ヴォルピやマリオ・フィリッペスキでした)余り強い印象を残せなかったのかも知れません。

実はアルヴァーロのパートは"veggo a giubilar"でピアノにしないといけないのですが、例によって、ピアノやピアニッシモはガン無視のデル・モナコさんはそのまま歌っています。テバルディも、相手にそう来られたら急に自分だけ小さくなるわけにいかなかったのか、忘れたのか、ピアノの指示通りには入らずに、"Don Alvaro..."とくっきりはっきり歌って対応。

"Ma d' amor si puro e santo"あたりのアルヴァーロの(というか、デル・モナコの)歌を聞いていればわかりますが、"Cantabile"の指示が出ています。見事にカンタービレですよね。まるでイタリア民謡を聞いているような気分で、高揚感があります。さすが、ヴェルディ。同時にクレッシェンドやデクレッシェンド、"dolcissmo"の指示などがありますが、デル・モナコさんは豪快に無視。それでも私は好きなんですが・・・。特に、"il nostro palpiiiiiiitooooooooooooo"と彼が声を張ったときの輝かしさは・・・。どうしても惹きつけられてしまうのですよ。"letizia"の妙に男の色気を感じさせる発声も何とも言えません。

もともと、女の私が作るなら、男性歌手のブログ、が普通なのかも知れませんが、同性の方が同性の歌を客観的に判断しやすいのです。男性のブロガーさんの方が、男性歌手の細かい長所や難点がよくわかっていらっしゃる。そういうのを読んだことがありますから。私が女だから、テバルディを突き放して聞き込める。男性のブロガーさんだと「全面許容」か「全面拒否」になってしまうのでは?私は自分で、男性歌手の客観的ブログは書けそうもないと自覚しているので、女性歌手としては一番好きなテバルディがテーマになったのです。デル・モナコが少々無神経に感じても、批判的になるのは私にはいささか難しいのです・・・。

さて、話を戻します。その後は「荷物を下ろせ」「いえやめて」の押し問答。この間にはフォルテの指示など一切無いんですが、お二人とも強烈な声です・・・。レオノーラの最初の"Ciel! risolvermi non so."は"Ciel"だけ2点ニ音で後は1点ヘ音の機関銃。だから、強く響かせるのは割合辛い。相方が弱音を嫌い抜いているような人ではテバルディも頑張らざるを得ず、暗い音色を付けつつ立派に聞かせています。その後の2人声を合わせるところはフォルテの指示がありますから、胸を張って(?)大声を出せます・・・。今までも十分大きかったのに更に大きい・・・。

その後はアルヴァーロが「もう準備は万端」で「未来は最高」と又してもカンタービレで歌い上げる。"E quando il sole..."の所はピアニッシモなので、若干、若干だけ、静かになっていますよね、ね。(私の説得力不足は承知です)"splendooooooooooore"が異常に輝かしいのはfffがついているからで。しかし、これを聞いてもレオノーラの反応はいまいち、どころか???本当に変なヒロインというか・・・。駆け落ちを一度決心して、これ程優柔不断なヒロインって、珍しいと思うんですが・・・。

とにかく、また押し問答になる上、「明日にしましょう」などと言い出されると、さすがにアルヴァーロの脳天気も冷めてくるのですね。この辺はアレグロ・アジタートというテンポの指示しかありません。テバルディのクッラへの"Ancor sospetti"とアルヴァーロへの"Diman"ははっきり音色が違います。クッラに対しては「命令」なので声が強い。アルヴァーロには、相手が恋人だし「懇願」なので、少々うろたえた、弱い調子。"Ten prego, aspetta"で強まる。「お願いだから、待って!」とはっきり、駆け落ちはやめたい、と伝えようか、と思い始めるからですね。

"Dimani si partirà"は1点ホの機関銃。テバルディは暗い音色で、気が進まない様子を暗示。ここから先が妙なだけに難しい。言葉の上では喜んでいるかのようなのに、態度は悲しそうにしなければなりません。肝心のここはまるで指示がない。とにかく、レオノーラが一人でまくし立てるので、それが異様に感じられるように作られています。最初は4分音符や2分音符でのんびりしていますが、段々早口になるように8分音符になっていきます。"Sì, perché m' ami, nè opporti dei"の箇所には(si confonde)「混乱して」のト書き。結局、自分でもこのヒロインは訳がわからなくなってしまうのです・・・。こっちだって、わかりませんから・・・。

テバルディはこのあたりを解決するために、最初は強く"Anco una volta il padre mio, povero padre, veder desio;"を歌い出します。結局、こちらが本心、と聞かせたかったのでしょう。その後、段々声を落とします。自分でも混乱するのだから、自信がなくなっていく。"e tu contento, gli è ver, ne sei?"は念を押しつつ、自分もそう思おうとしているかのように、ためらいがちに。"Sì perché m’ ami...né opprti dêi... Anch’ io, tu il sai... t’ amo io tanto"ははじめは「混乱」しているので、弱めに、確信がなさそうに、"Anch' io"は強がって、本心とは裏腹のことを故意に強めて、相手をなだめるように。でも、次からはまた確信のない様子で、弱めて。記憶不徹底の箇所はあるにはあるのですが、このあたりはやはり、上手いです。

"Ne son felice!...oh cielo, quanto!...Gonfio di gioia ho il cor!"見事なほど(?)指示がない。"Gonfio"の上に(piange)「泣く」というト書きだけ。テバルディは"son"と"quanto"を強調。「私は・・・なのよ」「とても」だけ。後はおろおろ気味の歌。"Gonfio..."は特に泣いていません。"gioia"は音高も上がりますが、テバルディは強めに歌って、本心とは裏腹のことを強調。

"mio Alvaro, io t' amo, io t' amo!"の2度目は2点イ♭に上がるのに合わせて、少々ヒステリックな調子を入れています。「愛していることは疑われたくないけれど、駆け落ちは気が進まない・・・では、私は一体この人をどう思っているのかしら?」というところでしょうか。無理矢理感たっぷりの"Alvaro, io t’ amo! io t’ amo! Alvaro, io t’ amo..."かえって、こんなに何度も「愛している」と言ってしまうと、嘘くさく聞こえますね。実際、テバルディは音高の下がるのに合わせて声を弱め、最後はかすかに泣き出す。

真実の見えたアルヴァーロの歌う間、テバルディの「熱血」がまた入ります。声を忍ばせつつ、嗚咽。そして、彼に引導を渡されると、今度は豹変?!"Alvaro, Alvaro!"は今度は「嫌われたくない」というような必死の調子が入ってきます。アルヴァーロが"Io sol saprò soffrire."と言い渡している間、テバルディは"Oh!"と、ショックを受けたようなうめき声を入れています。「やっぱり、そんなのは嫌だわ」なのでしょうね。この訳のわからないヒロインを演じるのは彼女にとっても苦労だったでしょう。

"se tu, com’ io non m’ ami; se pentita..."ここは"a piacere"「ご随意に」なのですが、デル・モナコさんもさすがにこういう歌詞を怒鳴るのはどうかと思ったのでしょう。"se pentita..."までは抑えて、悲しげに歌っていますね。彼としては不本意きわまりないことなので。

そう言われてしまうと、突然決心するから、レオノーラというのは又しても妙な人です。テバルディは強烈に"Son tua, son tua col core, tua col core e colla vita."を歌い出し、二度目の"tuuuuuuuuuuuuua"が2点イ♭まで上がるのに合わせて声を張り、"colla"で点のつかないロ♭まで下がるというスコアをきっちり歌いきっています。

"Ah! seguirti fino agli ultimi confini della terra;"は最初の"Ah!"がフェルマータ付きなので、長い。"con slancio"「激しく、情熱的に」という指示があるので、勢い込んだように歌わないといけないのですね。ですが、テバルディは強弱記号がないのに"confini della terra"を抑え気味にしています。これは理由がわかりません。記憶違いかも知れませんし、一本調子にしたくなかったからかも知れません。

"con te sfidar impavida di rio destin la guerra,""guerra"のテンポが変になるのは、録音のせいだと思います。ここのテバルディの歌唱部分には欠落もあるので、オリジナルのテープの劣化が残ってしまったのでしょう。"mi fia perenne gaudio d’ eterea voluttà!"ここはピアニッシモかつ"dolcissimo"で「レガート」とわざわざ書いてあります。ここは非常に美しい。内容が内容ですから。肝心のここで最後の"voluttà"の原音が欠けているのがとても残念です。

次はまるで違う指示。フォルテで、ほとんど一音節ごとにアクセントを付けながら"Ti seguo... Andiam di(-viiiiiiiiderci)"を歌って、その"-viiiiiiiiiiderci"は2点ロまで上がり、フェルマータ。その後もレガートなしなので、べったりは歌えません。これまでも強烈だったので特に強烈という印象はないですが、とにかく、凄い声です・・・。ここまで短時間で完全に気が変わるのって???

その後はアルヴァーロの番ですが、彼が歌い終わると、今度は合いの手を入れながら最後に声を合わせることになります。"Ti seguo andiam"はスコアではピアニッシモです。でも、相手が、デル・モナコでは・・・。そうはいかないんですよね・・・。自分だけ声を抑えすぎてしまうと明らかにバランスが悪い。よく、「スタジオ録音のテバルディの相手がデル・モナコばかりなのはまずかったのでは?」という方もおいでなくらいです。私は・・・まぁ、そう言われるのもわかりますけど、彼は彼でヒロイックな役でははまっていると思いますので・・・。

"ah no, dividerci il fato"がリズミカルに聞こえるのは、一音節ごとに付点8分音符と16分音符のペアが当てられていて、スラーでくくられ、音節ごとに区切られているからです。実はここも頭がピアノでクレッシェンドなのですが、そこまで明らかに強弱の差が出せていません。テバルディがそこを歌った後のアルヴァーロの"no, non potrà"はピアニッシモなんですが・・・。全然ピアニッシモじゃないですよね・・・。むしろ、その後のテバルディの同じ歌詞の方は抑えめ。

その後もお互い合いの手を入れ合いますが、最後は声を合わせる。ここでまた問題。テバルディ、"Ti seguo, andiam, dividerci il fato, non po..."の出だしがはっきりしません。アルヴァーロが"Mi seguo andiam di(-viderci)"まで歌ったところで入るのですが、ちょっとタイミングを上手く取れなかった模様。これも歌い込み不足か、リハーサルで徹底できなかったのか、原因は確定できませんが、明らかに歌い慣れていない故の失敗です。最後のデュエットはぴったり合っていますし、フォルテの指示なので、これでいいのです。が、今までがデカかったので、ここが特に強くなったという印象が薄いですね・・・。

その後のやりとりのドラマチックなのは・・・やはりこの二人でないと実現不可能なので・・・。どうやら屋敷の人に気づかれたと知って慌てるレオノーラと「では落ち着かないと」というアルヴァーロ。テバルディは巨声のまま少々ヒステリックに。デル・モナコは巨声だけれど覚悟のある様子で断言調。「武器なんか出して、どうするの?」に対して恋人が「自分に向けるためさ」と答えるので "Orrore!" ライブのテバルディはここがいつも強烈。聞いている方も血が凍るような思いになるところです。おまけにこのときはそのあと"Ah!"と彼女がうろたえきって思わず声を上げる・・・。役がまだなじみきっていないのが歌唱に表れているのに、ここまでやれるのは・・・。実際その場にいる気持ちに入っているからですね。

そこから先は起きてきた侯爵とこの二人の3つ巴のドラマ。これも「ド」迫力。レオノーラの入りはほとんど無いですが、男二人の、段々危険な方向に向かうやりとりを聞きながら息を飲むテバルディの声がはっきり入っています。結局、アルヴァーロが丸腰になろうと捨てた銃が暴発してこともあろうに侯爵に命中。父親に"Ti maledico!"と言い残されて死なれたら、娘は誰だって恐怖に陥りますよ。だから、テバルディ、声を限りに"Cielo pietaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaade!"これ、やたら長いですが、実際、付点2分音符が8個(!)あてられているのです。そして、途中から入るアルヴァーロの"Oh, sorte!"がほとんど聞こえない・・・。デル・モナコは実際、言ったことがあるのです。出典は忘れましたが、「レナータは僕より大きい声が出てしまうことがあるんだよ」と。女性の声の方が周波数が高いとはいえ、完全に、巨声のデル・モナコをかき消しています・・・。テバルディの馬力は半端じゃなかったのです。

これだけエキサイティングなこの場面を聞けることは(スコア通りとは言えませんけど)・・・今は無いと思います。


次回は第二幕から。