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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 フィレンツェ テアトロ・コムナーレでの『運命の力』(4)

テバルディ・メインのブログなので、1953年の『運命の力』もこれが最終回になります。

第四幕、いきなり超有名アリアから。

1. ヴェルディ 『運命の力』 "Pace, pace, mio Dio"

 

この演奏では、ミトロプロスはこのアリアの部分もやたらと遅く振っています。何の気まぐれなのか?テバルディは早く振られるより遅く振られる方が好きだったようですが、こんなに・・・。

私はミトロプロスが1960年に『運命の力』をウィーン国立歌劇場で振ったOrfeo D' Or盤も持っていますが、この時のレオノーラは例のステッラ。リリコ・スピントとしては、今時の歌手より遙かに力が合ったと思うのですが、何故か、この時のこのアリアのテンポは凄く速いのです。テバルディの方は前奏から後奏が終るまでで6分20秒。拍手は抜きです。ステッラの方はトラック全体で5分36秒。拍手も入って、です。1分近く差があるのです。何なのでしょう?

最初の"Pace"から度肝を抜かれます。こんなに長いの???さすがに音程を変化させるあたりでバランスを崩しかけますが、大したことはありません。何しろ2点へから一気に1点ヘにオクターヴ下げるのです!

入りの"Pace"からしてピアノの指示だったのですが、テバルディは更に弱音にしています。(特に指示はありません)"pace, pace,"次の"pace mio Dio, pace mio Dio"はまだピアノの指示のまま。若干だけ、テバルディは声量を上げます。単調な祈りは・・・NGだと、おわかり頂けましたよね?

"Cruda sventura..."から、は"con dolore"の指示。「苦悩を込め」なので、今度は力の入った歌になります。歌詞の内容も、苦しみの極限を表していますし。レオノーラの場面だけ切り取っているので、ある意味非常にわかりやすくなっていますが、この洞窟に入れることになったときは彼女はあれほど希望に満ちていました。ところが、思っていたようにはならなかった。それをここで精一杯歌い出さなければならないのです。

"come il dì primo, da tant’ anni dura profondo il mio soffrir."これでは・・・到底救われたとは言えません。第一幕では駆け落ちにあれほど後ろ向きだったのに?第二幕ではほったらかしで先に行ってしまったと言って恨んでいた男なのに?このヒロインはまだアルヴァーロへの思いが断ちきれないのだという深い悲しみに沈んでいるのです。暗めの音色と悲しげな彩りのテバルディの声が、その感情を雄弁に物語っています。

次の"Pace"はいきなりフォルテの指示。その次は今度はピアノ!両方たった一つの単語にデクレッシェンドが付いていて、"pace mio Dio, pace mio Dio."は、最後の"pace mio Dio"でクレッシェンドしろ、と。クレッシェンドやデクレッシェンドは微妙ですが、音の強弱のコントラストは絶妙に付いていて、(2度目の"pace"はほとんどピアニッシモです)むしろ途中からはあまり声の大きさを変えすぎず、維持するように心がけているようです。

"L’ amai, gli è ver!"の頭には"con enfasi" 「強調して」ですね。ですから、テバルディも声を強くして、「愛したのよ、それは本当なのよ!」と強く前に出します。その後は指示はなく、"che l' amo ancor"のところで"che"を最強にするようクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。その前のフレーズから強力に入っていますが、さらに声を強めています。そして段々弱めていき"Né togliermi dal core, l’ immagin sua saprò."は"core"で急に2点ニから1点ニにまたオクターヴ下がり、そのまま低音域で歌われます。一番下は1点ハ♯。さっきまで高音を張っていたのに、急にこれですから・・・キツい。急に声が消えてもいけないので、前に出し続けて、かつ、暗い音色を入れているテバルディはさすがに名人です。このアリアだけは、何度かリサイタルで歌っていましたから、ある程度慣れていたでしょう。ただ、若干この辺は、音程が今度は下がり気味かな、と。

次、今度はいきなり2点トに上げて、フォルテの"Fatalità!"とんでもなくキツいアリアです・・・。これをアンコールで歌ったことがあるというのだから・・・。テバルディは並じゃありません。次の"Fatalità, fatalità"はいきなりピアノ。・・・絶句。テバルディの歌は全くその通りで、なおかつ、最後は涙を飲んでいるように消え入っています。このように歌わないと、「苦悩の極致」は伝えられないのですよ!そして、どんなに音程や強弱が猫の目のように変わってもほとんど不安定にならず、美声のまま、音色だけ暗めに保っている。こういう歌手を叩くようなことをお書きになるような方々は、そもそも何がおわかりなのか?人間としての共感力をお持ちなのでしょうか???

"Un delitto disgiunti n’ ha quaggiù!"には特に指示はありません。テバルディはそれでも"delitto"「罪」に強勢ををつけて強調しています。

次の"Alvaro, io t’ amo,"は"con passione"で「情熱を込めて」なのですが、テバルディはいつも、ここを比較的淡々と歌うのです。これが、不思議でならなかった。思い切り振りかぶるように叩きつける歌手の方が多いのに。私が思うに、テバルディは、そのような歌い方は深く心に沈潜した愛情を表すのにはかえって相応しくない、と考えたのではないかと。

そして、その後の方を強調することで十分思いが表せる上、絶望的な「愛」の暗さを極限まで表現できると考えたのではないかと思うのです。"E su nel cielo è scritto: Non ti vedrò mai più!" 「いくらあなたを愛していても、もう会えないと定められているのよ!」これほど悲しいことはないでしょう。ここの"cielo"を彼女は非常に美しく歌います。「天国」とか「神」とか「聖母」は、テバルディにとっては特別な言葉だったのでしょう。清浄に、清らかに、あるいは強い思いを込めて歌いたかったのだと思います。そして、"mai più"に思いのありったけが込められています。珍妙な歌は歌っていません。ですが、このあたりの歌い方は独特です。これが、本当のオリジナリティーの表れではないのでしょうか?一般的聴衆が理解に苦しむような歌い方は一切せず、それでもより効果的な歌に仕上げる。

"Oh Dio, Dio, fa ch' io muoia"には指示はなし。このときの最初の"Dio"には、本当に神に呼びかけ、すがっているような調子が、巧みな強勢の付け方で表れています。"fa ch’ io muoia"は苦悩の限りを表すように声を震わせて。"Che la calma può darmi morte sol."そもそも、ここに来れば全て綺麗さっぱり忘れられ、心の平安を得られるだろうと期待してきたのに、それが無駄だったとしたら、死ぬしかない、とそこまで思い詰めている。まるで涙のこもったような歌いぶりに悲しみと絶望がひしひしと感じられます。

"Invan la pace, qui sperò quest' alma"には"agitattissima"「非常に興奮して」とあります。テバルディは涙混じりの声から、強い声に素早くトーンを変えています。ここは事実を述べているので。「興奮」するからといって、歌唱を不安定にしたりしません。強烈な声を張ることで、それを伝えている。何しろ"pace..."以降はスラー続きですから、ガタガタ歌ってはいけないのです。

"in preda tanto, tanto duol, ah in mezza tanto, tanto duol."ここはレガートではありません。"pre(-da)" "tan(-to)" "tan(-to)"にアクセント。"aaaaaaah"で2点へ♭に上がる。その間にデクレッシェンドして、"in mezzo tanto, tanto duol"を低音域で歌う。最初のアクセントはしっかり付いていますし、デクレッシェンドは見事に実践されています。最後はレガートでもないのに、安定して盤石に歌われています。そして、悲しげな声の色のまま・・・。

次の"Invan la paaaaaaaaaaaaaaaaace"の"pace"は2点ロ♭に上がるのにピアニッシモの指示!高音は大声で歌った方が声が出しやすく、声を絞るとクラックする危険が。それが・・・13秒以上極上の美声で維持されています!さすがに、きつかったのか、テバルディにしてははっきりブレスが入っています。そこでやめるわけにはいかないのであって、すぐ"quest' alma invan la paaaaaaace, quest' alma"がまた待っています。今度は"invan la"でクレッシェンドをかけるので、強烈に高音を歌うことになる。今度の"paaaaaace"は2点イ♭。最後の"alma"で1点へまで下がる。高音から低音までムラ無くしっかり前に出ているテバルディの美声・・・。

"invan la pace, quest' alma invan sperò."最初1点ホ ナチュラルまで下がったところから始まり、2点ヘまで上がりますが、ここはアリアを一旦締めるので、派手な盛り上がりはありません。最初から最後までくっきりと響くテバルディの声。全く破綻がなく、厚みがある。そして、"sperò"では絶望感を出すため、強勢を置いています。「無駄に、希望した」ヒロインのやるせない思いが、そうして、聴衆に届く。

次は、ひっそりと毎日差し入れられる糧を見付けた彼女の言葉。"Misero pane, a prolungarmi vieni la sconsolata vita." 日々の糧すら、彼女にとっては、心の安らぎのない人生を長らえさせるためだけのものだというのがうかがえる歌詞。指示はありませんし、ただ、そういう慨嘆なのですが、"a pro(-lungarmi)"が2点ホ♭に上がりますから目立ちます。それだけを目立たせないように、テバルディは"pane"も強調。最後は音高が下がるのと同時に暗い音色を入れています。

"Ma chi giunge? Chi profanare ardisce il sacro loco?"からはテンポが上がり、緊迫感が出ます。何しろ、誰にも「近づくな」という禁令が出ていたはずなのに、明らかにサーベルが打ち合う音が聞こえるのですから。苦悩に浸っていたヒロインもハッとするのですね。テバルディが移動する足音が入っています・・・。

それで、言葉で防衛するかのように彼女は繰り返す。"Maledizione, maledizione, maledizione,"ここは3度とも同じ音高のパターンの繰り返し。次の"maledizioooooon"は"-zioooooon"が2点ヘに上がって、しばらく維持。最後は、実は前置きなしで、2点ロ♭を出すようになっているのですが、そういう風に歌っている歌手を聞いたことはないような・・・。大抵2点へで"maledi-"を歌ってから、"zioooooooooon!"で2点ロ♭が歌われることが多いです。

まあ、このときの最後の"Maledizioooooooooooooooon!"は!少々2点ロ♭に入るタイミングが早かったとは言え、決めてからは、まるで彗星の尾がずーーーっと引いていくように、「マーレーディツィオーーーーーーーーーーーーーーン!」と声が尾を引きながら、洞窟に戻っていくテバルディと一緒に移動しています!こんなのは他に聞いたことがない・・・。絶句ものです。


2. ヴェルディ 『運命の力』 "Io muoio..., Confessione...."


偶然(これがまた・・・少々話が強引なのですが)同じ修道院に入っていたアルヴァーロがドン・カルロに発見されて、ついには決闘に。結局アルヴァーロが勝ち、歌詞の通り、彼はまたヴァルガス家の血を流してしまう。カルロは瀕死の状態で、最後の告解だけはしたいと望むので、アルヴァーロは途方に暮れたあげく、こともあろうにレオノーラの隠れている洞窟の戸を叩いて、「瀕死の男に秘蹟を授けて欲しい」と頼むのですね。

プロッティの声が遠いのは当然です。デル・モナコは例によってドラマティックな調子で歌い始める。テバルディの本格的な入りは、戸を開けて出てきたところから、と言って良いでしょう。"Temerari, del ciel l' ira fuggite!"ずっと2点へで歌い続けて最後の一音だけ1点ヘまでまたオクターヴ下がる!とにかく、厳かで強烈なテバルディの声。今、こういう声を張れる歌手は???

その後は、お互いに気づいて戸惑うやら嬉しいやら驚くやら、入り交じった感情が交錯する。最初は確信のなさそうに、次第にはっきりわかって、"Iiiiiiiiiiiiiiiiiiiio ti riveggo ancora!"最初は2点ト音を維持。テバルディはむしろ、驚いていますし、喜んではいません。「こんなことがあるなんて?!」不可解な成り行きの余り喜ぶのも忘れています。

その後の恋人の言い分に更に驚く。"Che mai parli?" 「血で汚れているって・・・何を言っているの?」文字通りですね。テバルディの強烈な声が驚きをはっきり表しています。「死にかけた男が倒れている」と言われたら "Tu l'uccidesti?"になるのは当然。他に誰もいませんから。ここは彼女は声を震わせています。「又しても!」という思いと、「怖いわ!」という思いが混じり合うのですね。

アルヴァーロの簡単な説明では、観客にはすっかりわかっていてもレオノーラに全て伝わったかどうかは?わかりませんが、とにかく、"Ed era?" 「その人は?」どこの誰で、どうなっているのか知りたかったのでしょう。アルヴァーロの答えから「まだ思いの断ちきれない」恋人が今度は「兄」を殺したと知って"Gran Dio!"もう走り出したらしく、テバルディの声は遠くなっています。

デル・モナコさん、例によって立派な声で朗々と皮肉な運命の成り行きを独白、これはこれでドラマティックです。彼の声が消えるか消えないうちにテバルディの叫び。結局、こと切れていなかった兄に致命傷を負わされるという・・・。暗すぎる・・・。

テバルディの次の入りは、もうグアルディアーノに支えられて何とか登場。"Nell’ ora estrema perdonar non seppe, e l’ onta vendicò nel sangue mio."休符が入って切れ切れのメロディーラインに加えて、テバルディ、敢えてぜいぜいと息をする声を入れた上に、強弱を出したり引っ込めたりする、彼女ならではの方法で瀕死のヒロインの苦悶を表現。これ、ただ平たく歌ったら、1点ト音の機関銃で、全く何の変哲も無いのです。彼女がこれだけ表情を付けているので、激痛に苦しみ、息も絶え絶えだというのが伝わるのです!

アルヴァーロの呪いの言葉を戒めるグアルディアーノ。ここのパートはレガート、レガート、レガートで、まるでテバルディがいつも歌っているようなスコア。なので、シエピの歌も穏やかでなめらかです。この役は、絶対に、暗すぎる声のバスより、彼のような甘口のバスが歌った方が映えると思います!その間に、苦しみながらも最後に恋人に伝えたいことを必死で合いの手を入れながら歌うレオノーラ。今度は2点ホ♭で始まってしばらくそのまま。"dolcissimo"の指示も。テバルディ、弱音で、かつ、普段の彼女ではあり得ない、声の震えを入れて、衰弱を表現。ですが、暗くはしません。恋人に悔い改めを促すので、清らかに、優しく歌うのです。更に、「熱血」入り(?)なので、他の2人が歌っている間は、時々"Ah!"と苦しそうなため息が入る。

"Di Dio il perdon io ti prometto..."あたりの声、大きすぎると思いますか?実は"io"の2点ヘ♭で最強になるようにクレッシェンドとデクレッシェンドの指示が出ているのです!テバルディは、強めてはいますが、声を震わせるのは忘れていませんから、「瀕死」の状況は表現しているのです。声の大きさがどうこう、という「エセ・リアリズム」と「オペラ」は無縁なのは・・・もう繰り返す必要も無いかと。

"piangi" "piangi" "prega"と歌う度に大きく息をつくテバルディ。声だけで場面が見えるようなのですよ・・・。そしてまた、"Di Dio il perdon io ti prometto..."こちらはピアニッシモで始まって、"prometto"を"dolcissimo"で歌え、と。テバルディの入りは大きすぎましたが、(なにせ"animando"「活気づいて」の指示も出ているという矛盾したスコアなのです・・・)"promeeeeeeeeeetto"は見事なまでにデリケートな2点ト♭のピアニッシモ。これを聞いたら・・・。普通の感性の持ち主なら心が洗われますよね。

その後の"Preeeeega"がまた、絶妙。声は出ていても微妙に震わせて弱らせた調子を出し、最後消え入らせて、その後大きく息をつく。スコアが変な指示を出していても、「瀕死」なのがわかればいい。そのための表現をテバルディは極力駆使しているのです。

全然遠慮の無いデル・モナコは勝手に「救われた!神に許された」と歌いまくりますが、その間のレオノーラのパートは何とフォルティッシモの指示。"Sia loooooooooode a te, lode, Signor!"この"looooooode"が2点ロ♭まで上がる。そのあとオクターヴ下がって(!)終わりの一音は1点ト。「瀕死」でもジェットコースターをやれ、と!テバルディの声は「瀕死」でも、デル・モナコが歌いまくっていても、低音まで前に出ています。

次に珍しく、女性のパートに"Cantabile dolcissimo"の指示!「瀕死」なのに!テバルディとしてはお得意のパターンですが・・・。最後の"santo l'amor"は休符で区切られ、"santo l' amor (sarà)"は一音節ごとにアクセント。ここだけは歌い方を変えないといけません。ここも少々反響が強くて十分テバルディの甘美なメロディーラインを堪能できませんが、極力弱音のまま、それでも清らかに、暗いトーンを抜いて歌っている上、"alla promessa terra"や"la cesserà guerra"の後に大きく息を吸う音を入れたり、(よほどブレスのタイミングを誤ったときでないと、普段はどこで息継ぎしているのか、全くわからないのがテバルディですから、これは「効果音」兼「ブレス」なのです)"santo l' amor, santo l' amor sarà"はスコア通り歌われている。声による、名演技です・・・。

一人取り残される悲しみを朗々と(?)デル・モナコが歌った後は三重唱。また"Lieta poss’io precederti alla promessa terra."から入ります。ここは極力弱めに、スピントを抜いた声で歌っていますが、次の "in cielo t’ attendo,"は"con espressione"「情感を込めて」なので、普段の強い声に戻って強めに歌っています。何しろ、もう「遺言」に近くなるので。「天国で待っているわ!」と。次の"in cieeeeeeeel"は2点ロ♭を出せ、と!。"t' at(-tendo,)"まで"portando la voce"とあるので1点イに下げるときポルタメントするのですね。で、残りの"-tendo"を歌う。 その後 "addio, addio..."ちょっと、ポルタメントは実践できませんでした。強烈に"ceeeeeeeeeelo"を歌いすぎたので、続けられなかったのでしょう。"addio, addio"では単語ごとに苦しそうに息をつく。

まだあるのですよ・・・。また"In cieeeeeeeelo t' attendo"を同じパターンで、今度は"cieeeeeeeeelo t'at-"までフォルティッシモ(!!瀕死ですよ!)で、"-tendo"になると今度はピアニッシモにしろと!今度は"addio"は一度で、その後"più animato"「より活発に」って・・・。実際はどんどん息を引き取るのですが・・・。"ah," "ti precedo" "Alvaro" "Ah.." "Alva.." "Ah.."が台本ですが、このときは最後の"Alva..."と言いかけるところが抜けました。このくらいは・・・仕方ないかと。最後の"Ah.."はかなり弱めています。声だけで、不自然に感じさせずに「死ぬ」演技ができた人、それがテバルディ。だから、もう舞台が見られなくても、十分満足感が味わえる。視覚的要素は、却って邪魔なくらいです。

テバルディの出来としては、始め私が思っていたほど、完璧ではなかった。ですが、デビュー戦かつ多忙な中でこれだけの歌が歌えた(忘れたところも即興で歌詞がはめ込めた?!)のは立派だったと思います。

 

次回からは、MYTOの"Renata Tebaldi a Buenos Aires"から、オマケとしてついている『トスカ』の抜粋です。その後、このディスクの本命の、アリア・リサイタルの模様からをご紹介していく予定です。