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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 ブエノス・アイレス テアトロ・コロンでの『トスカ』(一部)(1)

1953年のテバルディの恐るべきスケジュールの件は、既に別項で記したとおりです。今回の記事に関係する部分だけおさらいすると、6月に例の『運命の力』でほぼ1ヶ月を費やした彼女は7月には南米ツアーに出発。既にご紹介済みですが、船でないとダメだった彼女が現地に着いたのは多分7月半ば頃だったでしょう。多分リハーサルを経て同月末に『アイーダ』に出演。

翌月7,9,12,15と、彼女はブエノス・アイレスのテアトロ・コロンで『トスカ』に出演しました。今回の音源はその初日の録音からの抜粋です。この間には、8月20日と24日にブエノス・アイレスのベルグラーノ公会堂で、アリア・リサイタルに出演しています。こちらも別項でご紹介します。

その後、9月から10月までほとんど一ヶ月リオ・デ・ジャネイロに滞在して、4日のテアトロ・ムニシパルでの『トスカ』の後、『オテッロ』、『ラ・ボエーム』などにも出演し、10月6日『アドリアーナ・ルクヴルール』に出演、一連のツアーを締めくくっています。ほとんど、丸2ヶ月、祖国に帰れなかった・・・。いえ、11月はまるきりスペインのバルセロナにいたも同然なので、正確には3ヶ月です。移動しては歌い、の連続です。頭が下がる思いです・・・。

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さて、ご紹介する、ブエノス・アイレスでの公演の一部が収録されているのはMYTOの1 CD 00125 『Renata Tebaldi a Buenos Aires』(写真)。

これが、私の手持ちのテバルディの『トスカ』のライブ録音の中で一番古いものです。時々、ビープ音のような雑音が入っていますが、取り除けませんでした。そういう気になる点を除けば、ライブとしてはましな音質のものに入ります。後年のライブと比べると、比較的大人しいように感じますが、やはりライブであるだけあって、劇的です。一部しか収録されていないのが非常に残念です。

私がブログを再開するに当って、ヘッダーの画像を昔のブログのデスデーモナからトスカに変えたのにはやはり、意味があります。白黒のデスデーモナの写真よりカラーのトスカのほうが豪華な印象になるだろうという考えと、(カラーのデスデーモナの写真もあるのですが・・・)何と言っても、結局彼女が一番頻繁に歌ったのはこの役だったから、です。

ファンの方の中には、「こういうヒステリックなテバルディは好きじゃない」という方もおいででしょう。優しい、ソフトな女性を演じて欲しいと。ですが、「リリコ・スピント」の歌手がその実力を十分発揮できる典型的な役がこれ、なのです。私がテバルディのことをよく「ザ・リリコ・スピント」と書くのは、英語を習った方なら先刻ご承知の通り、"the"が付くということは、「リリコ・スピントは沢山いるけれど、この人はリリコ・スピントの中のリリコ・スピント、特別の存在」という含みを持たせているからです。トスカをこれ程見事に歌った人はいませんでした。そして、トスカはただのヒステリー女ではありません。一筋に想う男性を愛する、信心深い女性です。そういう側面を出せたのは、甘美な声も駆使できるテバルディだからこそ、なのです。激しい嫉妬の裏にはほとんど想像を絶するほどの強い愛着がある。惚れ込んでいなければ、嫉妬も起きません。「あなたが誰に心を移そうが、どーでもいいわーー」になりますよね。それを頭の隅に置いておく必要があります。

録音データを。1953年8月7日、ブエノス・アイレス テアトロ・コロンにて。指揮:ホアン・エミリオ・マルティーニ、演奏:テアトロ・コロン管弦楽団、トスカ:レナータ・テバルディ、カヴァラドッシ:カルロ・ベルゴンツィ、スカルピア:ジュゼッペ・タッディ、スポレッタ:カルロス・ジュスティ、シャッローネ:エクトール・バルビエーリ他、です。

今回は第一幕からの抜粋をご紹介します。

1.  プッチーニ 『トスカ』 "Mario! Mario! Mario!"


スタジオ録音もここから切ってきましたが、この録音の場合、抜粋なので、そもそも、ここから始まっています。どうも、「イライラ」感が出ているとは思えないのですが、結局テバルディは最初からイライラするような歌唱は後年もずっとしていなかったという印象があります。

後年になると、イタリアやメトでは、登場するとき拍手が起こってしまうので、テバルディがどんな風に"Perché chiuso?"を歌ったのかわからない、ということが多かったのですが、これはちゃんと聞こえるし、第一声から彼女のよく響く声に惹きつけられます。そして、早速、声に疑いの色が入っている。「他の女と話してたのじゃないの?」という。

"A chi parlavi?"から"Ho udito lesti passi e un fruscìo di vesti."までそのまま、声に暗い色調が入っています。"passi e un frusìo di vesti"までは、"Colei"以外は音高に上下を付けず歌う所が多いので、音程が上下する所は目立ちます。"passi e un frusìo di vesti"は"e"を最高に、クレッシェンドとデクレッシェンドの指示。むしろ"un frusìo"の方が強めに聞こえますね。"Lo neghi?"にフォルテはありませんが、2点イ音まで上がるので、強烈に聞こえます。歌詞自体はあっさりしていますが、「本当に違うの?噓じゃないでしょうね?」という気持ちが入っているのですから、強烈でも筋が通らないことはありません。

カヴァラドッシが彼女の疑いを否定した後、トスカに熱烈に近づこうとすると、今度は彼女の方が、聖母像に花を捧げるから、と拒絶。"Oh, innanzi la Madonna"には(con dolce rimprovero)「優しくとがめるように」ですから、「拒絶」といってもギスギスしてはいけない。この辺の歌い方はむしろ"dolce"です。焦らすように甘口。

その後、「お花を捧げさせてね」のあたりは特に指示なし。ただ、"No, Mario mio"は1点ホ音♭なので、低音域です。録音条件は悪くはないですが、良いとも言えません。それでもしっかり響いてきます。その後は2フレーズともレガート。録音がもっと良ければ、なめらかで甘美な歌唱が十分堪能できたはずなのですが・・・。

"Ora, stammi a sentir"からは例の、「逢い引き」の誘いをする場面。"canto"が目立つのは音高が上がるからですが、何せ、トスカは歌手ですから、「歌うのよ」が強調されるのは当然です。でも、すぐ終るから、その後逢いましょうよ、なのですね。

"Tu m' aspetti sull' uscio della scena"までがスラー、次"e alla tua via andiam"までがスラー。"Soli, soletti"までがスラー。もうこの演目に関しては、歌い方が板に付いていますね。ライブですが、その通りのフレーズの区切り方。『運命の力』みたいな不安要素がありません。

"E luna piena ed-il notturno ef-fluvio floreal-inebria il cor."は-で区切ったところが区切りで、後はフレーズごとにスラー。"(ef)-fluvio floreal"にはテヌート記号。その通りの歌です・・・。"Non sei contento?"は、当然、相手が乗り気になるだろう、と期待しているかのように、気軽で、どちらかというと、「可愛い」歌いぶり。ところが、カヴァラドッシの返事は上の空。それで、ト書き。(colpita dall' accento freddo di Cavaradossi)「カヴァラドッシの返事の冷淡さに驚いて」。それで、強烈に"Tornalo a dir!"。スタジオの時と同じか、それ以上に強力です。彼の次の返事もなんだか反射的なだけ。なので、更に"Lo dici male,"が(stizzita)となる。そこには苛立ちを声に入れるけれど、次の"lo dici male"は、ピアノとラレンタンドと"dolce"の三つ巴の指示があるので、甘口に。このあたり、完全にスコアが頭に入っています。実はこの年、4月から6月までスカラ座でみっちり『トスカ』を歌いましたから、当然なのですね。「デビュー戦」とは違う。

"non la sospiri la nostra casetta..."からは頭にピアニッシモがあり、(carezzavole)「優しい・媚びを含んだような」といったト書き。"verde ci"のところはリタルダンドテヌート。すぐ後の"(a)-spetta"は"a tempo"で「元に戻せ」と。"nido a noi sacro, ignoto al"までスラーでくくられ、"ni(-do)"にアクセント。 "mondo in(-ter)"まで一音節ごとにアクセント。 "pien d' amor di m"apister"はレガート。・・・。完全にスコアが身についています。その上、「逢い引き」に誘うのですから、非常に甘美な歌いぶり。"dolce"なんて書いてありませんけど・・・。

"Al tuo fianco sentire"は頭がフォルテでアラルガンドなので、強力かつ遅めに歌う。"fian-"からデクレッシェンドで"a tempo。指揮のテンポもありますが、ここは前半がちゃんと遅めになっているので、(しかも強力)後半が"a tempo"になっているとわかります。"per le silenziose stellate ombre salir,"ここは指示がありません。綺麗な歌詞なので、テバルディは素直に歌っています。 "le voci delle cose."ここは厄介。"del-le"が全部8分音符で2点ロ♭、2点イ♭、2点ヘ、2点ニ♭と微妙に音高が下がっていくうえ、ここでクレッシェンドとデクレッシェンドの頭を作る。しかも、"le-vo-ci-del-le"と、区切ったところまでで一音節ごとにスラーでくくられているのです。"co-oo"はスタッカート。テバルディの歌は?強弱は微妙です。音高が上がるので、自然とそう聞こえますが。スラーでくくって歌っていると言うよりスタッカートしているという印象が。ここはスコア通りに歌うのに苦労したようですね。

その後はレガート続きで、指示が出るのは"dei franti sepolcreti odorosi di timo"です。"dei" "fran-" "-ti" "se-pol-" にはポルタートの指示。これを「メゾ・スタッカート」と書いておいでのサイトさんもありますので、今度からはそう書こうと思います。要するに、本来のスタッカートほどポンポン切ってはいけないが、微妙に切れと・・・大して変わらないかな?とにかく、その上、"(sepol-)creti"からはピアニッシモの指示。さて、ここまで。メゾ・スタッカートの所は、オケの方がスタッカートなので歌手にも思い出しやすいのでしょう。微妙にスタッカートしています。指示のところではピアニッシモになっていませんね。

"la note escon bisbigli di minuscoli amori"はラレンタンド。むしろ、テバルディはここの"escon bisbigli"をピアニッシモくらいに落としています。「ささやき声を立てる」からですね。本当に、歌詞と歌唱の気分を合わせるのが上手い人です。"e minusucori amori"のラレンタンドは同時に先ほどより強めに歌われています。「愛」がテーマになってくるので。でも優しい歌いぶりに変わりは無い。"e perfidi consigli"の(con intenzione)「意図を含んで」というト書き。スタジオ録音の際に書きましたが、この「入れ知恵」なるものは、恋人達の恋心を更に燃え立たせるような雰囲気を作るものという趣旨でしょうね。更にラレンタンドかつ"per fi di con-"まではテヌート記号もついており、"stentando"の指示もある。じっくり、ゆっくり歌わなければならない。ここはその通りの歌です。"che ammolliscono i cuori"はいたずらっぽく歌われています。「心をとろかすような」ですから。

"Fiorite, o campi immensi"は、"-rite"が2点へ、2点ホ♭と高音域なので、最強にするよう指示がありますが、自然に歌えば音高故に目立ちます。そして、この頃から出てくる。"immensi"を強調し、甘口で歌うのです。「広ーい、広ーい(野原)」と。"palpitate aure marine"は最初は"poco ritardando"なのに、"aure"に入ると"a tempo"にしろと。・・・細かい。ここはちょっと対応し切れていません。指揮にも問題があるかと。"aure marine nel lunare albor"では"nel lunare al-"にテヌートがついていて、リタルダンドです。ここはまさにその通りなのですが、珍しく、"marine"の滑舌がくっきりしていません。「マリーネーー」より「マイーーネーー」に聞こえます。やはり、滑舌のしっかりしない歌はだらしなく聞こえるので、非イタリア人の歌手の歌は・・・尚更酷いのですよ。イタリア人でも、こうして歌い損ねることがないわけではないのですから。

"Ah, piovete voluttà, volte stellate!"は頭が最強でデクレッシェンド。"espressione"「表情豊かに」の指示も。"Arde in Tosca a un folle amor!"は2点ハ以上の高音域で、最後は2点イ♭ですから、指示がなくても盛り上がります。何せ、歌詞が歌詞ですし。強烈な声が出ているようですが、(特に入りは凄い)録音が今ひとつで、明瞭に聞こえにくいです。続くベルゴンツィも彼女の近くで歌っているのでしょうが、こちらも聞きにくいので、これは完全に録音の問題です。彼だって、力のある歌手でしたから。

次に同じ歌詞を繰り返すところには"con abbandono"という指示。この指示が正直どういう意図なのかはわかりません。「無頓着に」も「放棄して」も変。テバルディの歌からは強烈さが抜け、甘口になるのが常でした。「もうあなたにぞっこんなの」というところでしょうかね。"O mio amore!"はピアニッシモの指示。デクレッシェンドしているかのように消え入らせています。だから、更に「ぞっこん」の度合いが強くなる。「もうすっかり参ってるの」と。彼女がこの調子なのに、次のカヴァラドッシがまるで気のない反応(何と、「仕事」の話しをするのですから)をするので、彼女は自分の夢中ぶりが宙に浮いてしまうのでいらだつのですね。ここで一旦動画を切りました。


2. プッチーニ 『トスカ』 "Or lasciami al lavoro."


「じゃあ、仕事させてくれよ」と言われると今度はすかさず"Mi discacci?"で(sorpresa)「驚いて」です。ちょっと、巨声のテバルディにしては聞こえにくいです。ただ、先ほど書いたとおりの状況ですから・・・。「私より「仕事」???」となる。それで、最初の"Vado"はイラついて、次の"Vado"には"dolce"の指示。スタジオの時もここは余り変化がついていませんでした。あるいは、2度目の"Vado!"を急に"dolce"にするのは変なんじゃないか、というテバルディ自身の判断があったのかも知れません。

"Chi è quella donna..."の所には指示なし。ここは強烈に歌うのがテバルディの常。「自分より「仕事」の理由はこの女?」という解釈も成り立つので・・・。だから、鋭くて、最後は多少暗みがかる。"È troppo bella!"も強烈でヒステリー気味なのを十分表す。「別に大したもんじゃ・・・」といった調子の恋人の反応がますます彼女には疑わしく感じられる。"Ridi? Quegl' occhi cilestrini..."からは女の正体を見破ろうとする。ここは"quasi a piacere"「まあ、ご随意に」というテキトーな指示。テバルディはやや早口に、無表情に歌います。思い出すので夢中だからですね。その後の"Aspetta...Aspetta..."に指示はない。ここは実際、考えにふけっている様子が出ていて、スタジオの時より進歩しています。

"È l' Attavanti!"には(trionfante)「勝ち誇って」というト書き。テバルディはト書き通りにはしません。「正体はあの女ね!」という怒りが早速爆発。嫉妬深い女性なら、当然です。「勝ち誇る」ような場合ではないですよ。ト書きがいつも適切とは限らないのですね。

現に次の頭には(vinta della gelosia)「嫉妬に屈して」とある。"La vedi? T' ama? Tu l' ami? tu l' ami?""Tu l' ami"からクレッシェンドで、2度目のには(piangendo)「泣きながら」というト書き。テバルディはそれはやらないのです。いつもベソをかいていたかのように悪し様にお書きになった方は一体何を聞いておられるのか?スコアはご覧になったのか?ま、あんなどうしようもない人は放っておきましょう。とにかく、"A me! A me!"までは強烈に、ヒステリー気分を続けるのがテバルディ流でした。

"Quei passi? e quei bisbiglio?"にもト書き。(non ascoltandolo, con ira gelosa)「彼の言うことを聞かず、嫉妬の怒りを持って」。今度はト書きがくどい。言われなくても、こういう場合普通の歌手ならヒステリー気分を出すでしょう。元の声が強靱なテバルディだから、こういう所で大変なスケールでヒステリーを表現できるのです。次はフォルテで、クレッシェンドかつ、"con anima"ですから、滅茶苦茶に激怒しないと。"Ah! Qui stava pur ora! Ah! la civetta!"の頭でわざわざフォルテがつけ直されている。"A me! a me!"は(minacciosa)「脅すように」のト書き。録音条件が悪いのに、彼女が怒り狂っているのは十分伝わります。

うんざり気味のカヴァラドッシになだめられて何とか落ち着きを取り戻すけれど、"Come mi guarda fiso! Di me, beffarda, ride!"と、まだこだわる。「絵を見つめ続けながら」というト書き以外の指示はありません。テバルディはこのときは"beffarda"にひねりを入れて、強調。「馬鹿にしているわ!」まだ・・・怒りが完全に治まりきっていないのを表しています。

"Ah! quegli occhi..."はラレンタンドです。自分と全く違う目の色なのも憎らしい。「ああ、この目ときたら・・・」という気分なのでしょう。実は、本当のテバルディの目の色はむしろ、「絵」の女性の目の色とおなじ「空色」だったのですが、彼女は完全に「黒い瞳の女」の気分になりきっている。そうでないと、ここまで悔しさを出せない。彼女の場合、トスカの写真撮影の時は、伏し目がちにして、目の色が暗く写るように配慮されています。

次のベルゴンツィの歌いぶりは素晴らしい。要所要所で("tuo"とか"star"とか)に強調を入れて、歌に妙味をつけていますし、渋めながら、十分甘美な音色を出せている上、朗々たる歌が、愛する人を称える気分にぴったりとマッチしています。

これを聞かされたテバルディのトスカ。"Oh, come la sai bene l' arte di farti amare!"には"dolce, ma sentito ed espressivo" 「甘美に、が、心から、表情豊かに」の指示。かつ"l' arte..."からピアノの指示もある。「甘美」が歌えないテバルディではない。余り音質の良くない録音でも、彼女の声の美麗さは聞き取れます。特に、ピアノに下がる"l' arte di farti amare"は声を張っているときより更に甘美です。こういう変化が短時間に付けられる(さっきまでは強烈な声で激怒していましたよね)から、テバルディは素晴らしい歌手だったのです。ト書きは「恍惚として、彼の肩に頭をもたせて」ですが、恍惚感というのとは少々違うのではないか、とスタジオ録音を聞いたとき思いましたが、このときも「うっとりと舞い上がっている」というより「相手の魅力に屈している」という感覚です。それがテバルディの解釈だったのでしょうね。

"Ma falle gli occhi neri..."は(maliziosamente)「非常に意地悪く」ですが、テバルディはこのト書きも実践しません。強く歌って、「是非そうして頂戴!」とはアピールしても、「意地悪く」は聞こえません。「トスカは意地の悪い女ではない、戯れにもそういうことはしない」というのがテバルディ流だったのでしょう。"Sì, lo sento ti tormento senza posa"は特に指示なし。「いじめてあげる」も一種の愛情の表白で、本気で責めさいなむのとは違うのですから。"Certa sono, del perdono, certa sono, del perdono, se tu guardi mio dolor"には2度目の"certa sono"が最強になるようにクレッシェンドとデクレッシェンドの指示が出ています。2度目の"del perdono"には"poco rallentando"、最後の"al mio dolor"は"poco ritardando" 両方、遅めに、たっぷり歌うのですね。"certa sono"は特に強めていません。むしろ、「遅めに」歌う"perdono" "dolor"が強力に(音高が上がるので強くなります)、スコア通りじっくり、というより、「こんなに伸ばすの?」というくらい長く歌われています。

次の"Certa sono, del perdono, se tu guardi mio dolor!"のテンポはまた同じパターンですが、今度は"se tu guardi mio do-"までクレッシェンドの指示。最初から強力なので、特にクレッシェンドしているという感じはありません。とにかく、2人とも立派な声でオケの強奏を超えています。

"Dilla ancora la parola che consola...dilla ancora!"には"che consola, dilla ancora"に"sempre rallentando"の指示。「どんどん遅くしていく」のですね。うーん、最初からのんびりテンポの指揮なので、特に途中からどんどん遅くなっているという印象がありません。さすがのテバルディもスラーのないこの箇所は、ブレスを入れています。このテンポではそうしないときついですから。

"Dio! quante peccata! m' hai tutta spettinata"ここも"peccata"あたりからラレンタンドしろと。こういうテンポの指示は、指揮者にもよりますから、歌手の裁量だけではどうにもならないですね。リハーサルの時どうしても納得できなければ何か言うのでしょうが。特別遅ーーいとは思えません。テバルディのトスカはここに至ると大分機嫌が良くなって、言葉の上ではとがめているけれど、声色は明るくて、むしろ「あまり熱烈にいじってくれたから、滅茶苦茶になったじゃない」と、半分は喜んでいるのですね。

"Tu fino a stasera..."からは機関銃のスコアです。"treccia bionda o"にテヌートが付いていて "donna nessuna?"で"più rellentando"になる。テバルディはスタジオでもこのヒロインにしては「可愛く」歌っていましたが、このときもそういう感触です。お姉さんが弟に注意しているように、いたずらっぽく。テヌートと言うよりはスタッカート気味かと。

「もう行ってくれ」と言われて食い下がるところに指示はありません。"Quanto m' affretti"はまた少々苛立ち気味ですが、強めの"No, perdona"が誠心誠意謝っている様子なので、聞いている方もほほえましく感じます。

更に、「聖母様の前で?」と、お株を取られて"È tanto buona!"というところは"dolcissimo"の指示。このときはかなりテンポを落としてもらっているので、かなり甘口になっています。最後の"Ma falle gli occhi neri!"が遅めなのは、オケが"Lentamente"「ごく遅く」になっているからです。音質の悪い録音でも明らかに聞き取れるテバルディの声の美感・・・。

手持ちでは一番古い『トスカ』のライブですが、このときから既にハイレベルの歌が披露できている。この場面はまだ、穏やかな方です。むしろ、凄いのは第二幕。


次回は第二幕から。このCDには第一幕からと第二幕からの抜粋しかないので、次回が最終回です。