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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 ブエノス・アイレスでのコンサート(1)

前回の『トスカ』の項でも書きましたが、この年の夏は、テバルディは南米ツアーに参加していました。

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このMYTOのCD(写真)の主な売りは、実は『トスカ』ではなくて、今回から二回シリーズでご紹介するコンサートの録音なのです。

ですが、私が聞いた限りでは、どうも、このコンサートでのテバルディの調子は今ひとつだったんではないか、と思うのです。それは音源をご紹介しながら確認して参りましょう。

 

このCDには、二回にわたって行われたコンサートの模様が、一枚に収められています。実際に歌われた曲目は次の通りでした。

8月20日 "Deh vieni non tardar"
"Un bel dì"
"Ebben?...Ne andrò lontana,"
"Pace, pace"(録音カット)

8月24日 "Ave Maria"
"Io son l'umile ancella"
"D’ onde lieta uscì"
"In quelle trine morbide"

なぜ"Pace, pace"がカットされたのかは謎です。どちらにせよ、そのほかのアリアの出来からしても、うーん、あの6月のデビュー戦の再現は無理だったのではないかと。他のアリアでも明らかに失敗している箇所がありますから、これはちょっと収録がためらわれる出来だったのかも知れません。

今回は8月20日に歌われた分をご紹介します。指揮はホアン・エミリオ・マルティーニ、演奏した楽団は不明です。

1. モーツァルト 『フィガロの結婚』より

"Giunse alfin il momento"---"Deh, vieni non tardar"


この期に及んで、まだこの歌を?と思ってしまいますが、何せ、他の3曲が負担のかかる曲だったので、これ、にしたのでしょう。彼女は舞台ではむしろ伯爵夫人を歌いましたから(侍女を歌うなんて、考えられないような押し出しの立派な人でしたから・・・。)、この曲は準備運動、と言っては何ですが、本命の歌を歌う前の下準備に使ったのかもしれない、と思います。

このアリアについては、チェトラの時に簡単に解説させて頂きました。割合、低い音域まで要求されているので、2点音域以上にならないと声の前に出ないレッジェーロ過ぎる歌手が歌うと、特に"finché non splende in ciel notturna face"で、"notturna"の"tur"の1点ハ音、"na"の点の付かないロ、"fa"は同じロ、"ce"のさらに下のイ、これらが綺麗に出せない。

最高音は"incoronar"の"nar"に出てくる2点ロ音ですから、たいしたことはないのですが、ここはまず、"nar"と言ったまま、2点ヘ→2点ロ→2点ハ→2点ヘ→1点イと移行しつつ、レガートで歌い続ける。

問題はそのくらいです。イタリア人のテバルディが変なイタリア語の発音をする心配はまるで無かったですし。問題は別の箇所で起きています。まず、"a turbar non venite il mio diletto"の"diletto"で少々オケから置いて行かれ気味になる。この辺で慌てたのでしょうか、次の"O come par che all’ amoroso foco"で致命的ミス。"amoroso"で音程を外してしまうのです。チェトラの時少し書きましたが、簡単そうだと思っても、意外に音程の上下がある歌なので、こういう失敗をしかねない、油断できない曲なのです。

"l’ amenità del loco, la terra e il ciel risponda!"も若干ですが、置いて行かれ気味です。

うーん、どうしたんだろう、という思いです。前の『トスカ』は15日で、5日空きがありましたから、リハーサルはできたはずなのですが・・・。ほとんどやれなかった?むしろ、24日の次が大変だったのです。翌日また『トスカ』が入っていましたから。

"Come la notte i furti miei seconda!"あたりにくると、やっと落ち着いてきます。しかも、彼女らしい温かい音色と、かすかに微笑が見えるような歌いぶりが、歌詞に相応しい。若輩と言っても、もう相当舞台の回数をこなしましたから、多少の失敗では動揺しないだけの自信はついたはずです。

ともかく、こんな美声でビロードのスザンナを聞けるのはまれですから、失敗は残念ですが、アリアに入ると感嘆しきりです。大体は軽妙に歌い流しているのですが、要所ではアピールしているのです。"Vieni, ben mio,"などは"Vieni"に本当に誘うような声色を入れていますし、更に"Vieni, vieni"になると、2度目の"vieni"を弱音に落として、えもいわれぬ美しさを醸し出しています。

"Ti vo’ la fronte incoronar di rose."ではスザンナとしては立派すぎる"incoronar"が聞けます。例の"-naaaaaaaaaaaar"のレガートは全く問題が無いばかりか、時に弱音に落としたりしながら起伏を付けるという凝りよう。次の"Ti vo’ la fronte incoronar..."は逆に、声を張ったままでフレーズを終える。最後の"...incoronare di rose."も弱音を駆使して単調にならない歌にしています。ちょっと、最後の"rose"がバランスを崩し気味かな、と。相当疲れていたのですね・・・。言い訳にはならないにしても。

2. プッチーニ 『蝶々夫人』より "Un bel dì vedremo"


むしろ、このコンサートの本命はここから後、でしょう。大変なアリアが3つです。残念ながら、"Pace, pace"は聞けませんが。

この歌は、テバルディならではの、強いスピントの効いた歌が聴けますが、指揮のせいもあるのでしょうけれど、少々急ぎ気味です。

歌い出しはむしろ弱音で始めるのが彼女の常でしたが、このときはそうしていません。公会堂ってどのくらいのサイズだったのかわかりませんし、マイクの位置も近かったかも知れません。少しいつもより強めの歌い出しです。"fumo, sull’ e stremo"では"fumo"の上でデクレッシェンドの指示。ですが、そうしていませんね。むしろ最後にクレッシェンドしています。"sull’"と"e"にはテヌートの指示。ここをじっくり歌ったので"confin del mare"が少々付け足しのようになりました。"E poi la nave appare"では"poco rallentando"の指示。あまりラレンタンドって感じではないです。

"Poi la nave bianca,"は逆に"un poco mosso"「少し速めて」。前が遅くないので早まっているという感じもないですね。"entra nel porto"は"ritenuto"「そこから遅く」。更に"entra"にはテヌート。ここはじっくり歌えています。次"romba il suo saluto"は"un poco mosso"ですが、特に早まっていません。疲れていたのでしょうが、声の張りは十分です。

"Vedi?"は"ritenuto"かつ"con passione(情熱を込めて)"この辺は強力です。「見える?(見えるわよね!)」という気持ちが入っていますから。"egli è venuto! Io non gli scendo incontro, io no." "egli è"はテヌートです。そして、"venuto!"を歌い終えるまでにデクレッシェンドの指示。これはその通りです。「彼が来た!」をほとんど恍惚として眺めるからですね。"Io non gli scendo incontro"では"dolcemente(甘美の限りに)"の指示。彼女は"Io no."まで甘美に歌う。実はスラーは"Egli è venuto, io non gli scendo incontro"全体に(!)付いているのですが、テバルディは"venuto, io"で一旦切るのが普通でした。"scendo"の上には"rallentando"の指示があるのですが、ここでは遅くなっていない。

"Mi metto là sul ciglio del colle"で"a Tempo" "con semplicità"「元のテンポで、純粋に」。このあたりは大抵、このように「可愛らしさ」を出すのが常でした。"e aspetto, aspetto gran tempo"は最後で声を強める。"non mi pesa" "la lunga attesa"では"la lunga"が"ritardando"なのに"attesa"が"a tempo"です。「長く待つ」ので、そこをゆっくり、次は元に戻る。又してもあっさり調。むしろテバルディは"pesa"をじっくり歌っていますね。"E uscito dalla folla cittadina"では"animando un poco(少々活気を込めて)"ですが、むしろ弱音で歌っています。??? "un uom picciol punto"ここが強力。これは理解できなくはありません。「群衆から出てくる」のと「実際出てきた彼の小さい姿」が見えてくるのでは、後者の方が感慨が強いでしょうから。 "s’ avvia per la collina"は"rallentando un poco"「少しずつ遅めていく」。ここはじっくり歌えています。次に無理なく続けるため、弱音にしています。

"Chi sarà? Chi sarà?"には"sostenendo molto""lo stesso movimento"の指示。「十分、音価を保って」と、「8分の4拍子に変わるが、前とテンポを変えずに」"E come sarà giunto"あたりにはいつも通り、期待感が十分こもっていますが、"Chi sarà? Chi sarà?"はやはりあっさり目。"Che dirà? Che dirà?"こちらもいつになくあっさり。"Chiamerà, Butterfly dalla lontana, io senza dar risposta me ne starò nascosta."は"rallentando"から"Lento"になるのですが、どうもゆったりした感覚が出ていません。そして、"un po’ per celia, e un po,"は"rallentando molto"なんですが、"un po' per celia"はじっくり歌えているのですが、"e un po"はまた手短に終らされている。

"per non morire, al primo incontro" "per non"はテヌートでここは"con molta passione(大変情熱を込めて)""morire"の"rire"にはさらに"con forza(力を込めて)"。もう歌い方は身に染みているらしいテバルディ、ここでは声を張っています。"ed egli alquanto in pena chiamerà, chiamerà"は段々弱音に。"Piccina mogliettina, olezzo di verbena."「きっと、こう呼んでくれる」ですから、繊細に、甘美に歌っています。が、やはりあっさり目。"i nomi che mi dava al suo venire."低音域のここもしっかり響いています。

ここからはスズキに語りかける部分。"Tutta questa avverrà, te lo prometto"ここは最後の"-metto"あたりからクレッシェンドして、"Tienti la tua paura, io con sicura fede"で頭にフォルテ。"fede"からはさらにクレッシェンドで"rallentando"、更に "l’ aspetto"でフォルティッシモに持って行け、と。彼女の信念を語るところですから、ここは決めないと。テバルディは然るべく声を張っています。

ちなみに、この場合テンポが速過ぎたのかどうか、計ってみました。例のデッカのファースト・レコーディングでは、"Un bel dì..."と歌い出してから"l' aspetto!"が消え入るまで4:11秒。全曲録音の時は4分8秒。今回は4分15秒でした。うーん、どうしてこちらはあっさり目に聞こえるのでしょう?やはり歌い方の問題かな、と。彼女としては、いつもより感情移入が希薄で、歌い急いでいる感があるのです。


3. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 "Ebben?...Ne andrò lontana,"


この演目は12月にスカラ座で全曲舞台で歌うことになっていましたから、意図的にプログラムに組んだのでしょう。大事なアリアなので、歌い慣れておいた方がいい、という判断から。

頭はピアノで"con molto sentimento(非常に情感を込めて)"あとは細かいクレッシェンドやデクレッシェンドなどがあっても、特別な表現上の指示はなし。このときは"come va l’eco della pia campana,"まで、かなり抑え気味です。こちらも・・・歌があっさり目になっていますね。

"là, fra la neve bianca,"は張りのある声が豪華に響いています。"là, fra le nubi d’ or."こちらは逆に弱音に抑えている。

"laddove la speranza"はフォルテの指示。ここも豪華な響きの声。途中"la speranza"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンド。ここはむしろ弱音で通しています。"rimpianto, è"の"è"を頂点にクレッシェンド、デクレッシェンドの指示。なので、最初の"rimpianto"は強まっていき、次の"è rimpianto, è dolor!"は弱音で、最後の"dolor"に強勢を置いて、「悲嘆」を強調。

"O della madre"はピアノかつ、"dolcissima con espressione(ごく優しく、表情豊かに)"。"casa gioconda"はテヌート。なので、入りは抑えた調子で実際、非常に優しい。そして、このときは"mia casa gioconda"が丸ごと強調気味。"La Wally ne andra da te,"は強力に歌い、ピアニッシモの"da te lontana assa(-i)"はかすかに涙声です。

"e forse a te"は"animando(活気づけながら)"2度とも強力な"forse"に圧倒されます。"non farà mai più ritorno"は"con anima(活気を込めて)"かつ、"non farà"にフォルテ。見事にフォルテになっています。"ritorno"も強調していますね。"né più la rivedrai!"は弱音で、また感極まった様子が声に入っています。「家」が「彼女を見ることはない」というのは結局、「私は戻らない」と同じですから・・・。

"Mai più, mai più!"二度目の方はピアノ。ここは・・・今まで見事だっただけに残念。タイミングをつかみ損ねて、2度目の"mai più"がはっきり歌えていません。弱音にはなっていますが。"Ne andrò, sola e lontana"はピアニッシモ。これはその通り、抑えられています。"come l’ eco della pia campana"は"della"がオケより早めに入ってしまいました。"eco"を延々と維持しているのは凄いですが。そして、"campana"も強調して単調にはしていません。ただ、せっかちな指揮に合わせきるのが苦労だったようで。次の"là, fra la neve bianca;"は安定して歌えている。

"ne andrò, ne andrò sola e lontana, là, fra le nubi d’ or..."は2度に分けてクレッシェンド、"lontana"でフォルテ。"e fra le nubi d’ or!"もフォルテ。これはスコア通りです。最後が割合早めに終るのは、少々声を張りすぎて息を使い果たしたのでしょう。ちょっと残念です。


全体に、彼女としては最高の出来とは言いがたい。声の状態は素晴らしいだけに、(あのご多忙さなのに・・・)惜しいです。『ラ・ヴァッリー』の方は12月の準備があるのでかなり真剣に取り組んだと思うのですが、まだこの時点では未完成です。

次回は24日に歌われた4曲をご紹介します。