読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 ブエノス・アイレスでのコンサート(2)

前回に引き続き、ブエノス・アイレスで行われたコンサートでのテバルディの歌唱をご紹介します。今回は8月24日の分です。

前回、書くのを忘れましたが、CDをお持ちの方にはおわかりの通り、曲と曲の間にアナウンスが入っています。私はそれをカットしました。訳のわからないスペイン語のアナウンスを聞かされてもしょうがないので。

つまり、このコンサートは多分ラジオ放送されたのでしょう。ただ、やはり収録日が違うせいか、24日の分は音が若干ひずんでいます。特に"s"の発音の所をよく聞くと、「ズッ」と濁って聞こえます。一旦ノイズを極力抜いたのですが、その後で音量レベルを上げたらやはりノイズも復活。どうにもなりませんでした・・・。

指揮はホアン・エミリオ・マルティーニ、演奏した楽団は不明です。公会堂で行ったコンサートですから、ちゃんとしたオーケストラは入らなかったのかな、と。『アドリアーナ・・・』の伴奏ではっきりわかるのですが、ピアノを入れてオケに迫力を足そうとしているのがわかります。

1. ヴェルディ 『オテッロ』より "Ave Maria"

 

「柳の歌」から歌うことが多かったテバルディとしては珍しく、"Ave Maria"から歌っています。

最初の入りが少々弱かったかなと。その後は例のように、巧みに節の付いた祈りの唱え方で、聞いていて非常に心地よい。"Gesù."の最後がフェルマータで、ポルタメント。完璧に決まりすぎて、"Prega"の入りが少々慌て気味ですね。

"Prega per chi adorando a te..."と始まる部分は"cantabile"で"dolce"、次の"Prega pel peccator"にも"dolce"。とにかく、優しく歌わないといけない歌。ですが、だからといって弱々しい声で起伏なく歌うとどういうことになるかは、ご説明しましたね。祈りにも「情熱」が必要だと。優しいけれど、テバルディの祈りには「真剣」な「救いを求める気持ち」が入っている。しかも、デスデーモナは「自分のためだけに」祈っているわけではないのです。「辛い目に遭っている人も、強いものも」等しく惨め故、「皆、お救い下さい!」と。それが、このヒロインの限りない優しさの表れで、そこに聞き手は感動するのですね。

"Misero anch’esso, tua pietà dimostra."の歌い方。前半は強力に、後半は極力弱音に落とす。かなり落差があります。テバルディの場合、こうして単調にならない、思わず耳が吸い寄せられる歌を歌うのです。

"Prega per chi sotto l'oltraggio piega la fronte"。"oltraggio"の"trag"を頂点にクレッシェンドし、ディクレッシェンド、かつ、"marcate"なのでくっきり歌っています。ディクレッシェンドする部分は"animando"なので「活発に」ですが・・・。お祈りの歌で?・・・ともかく、その指示のある"piega la"あたりまではテバルディはくっきり歌う。そして、弱音にしてフレーズを締める。

"per noi, per noi, tu prega"で、また"dolcissimo"。最初の"noi"に強勢を入れ、ここでもこの祈りが「情熱」を伴っていることを表す。こうでないと、退屈なだけの曲になるのです。

"prega per noi, prega per noi,"は、両方とも、"prega per"がメゾ・スタッカート。メゾであれなんであれ、スタッカートはしていませんが、強調気味に強めに歌うのが彼女流でした。"prega!"は"dolcissimo", "allargando", "morendo" ピアニッシモ、デクレッシェンド、という5種の指示が付いている厄介さ。少ーし声がうわずり気味ですが、この指示は完璧に守られています。だから、前半ときっちり対照がついて、又してもうまみのある歌になっている。

極めつけの"Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaave!"は"dolcissimo"の指示。見事すぎて鳥肌ものですから、フライングの拍手も無理はないなと。14秒20も続いているし・・・。録音がもっと良ければ、彼女の声にまるで震えがなく、盤石なのがお聞き頂けるのです。それは1954年のスタジオ録音のご紹介までお待ち頂かないと。ただし、こういうことは彼女の場合、珍しくなかったのです。何せ、他のソプラノの口からは出てきそうもないような"Aaaaaaaaaaave!"なので・・・。とにかく、困ったテバルディは仕方なく、付け足しのように"Amen"を歌って締めています。

 

2. チレーア 『アドリアーナ・ルクヴルール』より "Io son l' umile ancella"


『アドリアーナ』に関しては、この年も沢山歌っていることはご紹介済みです。今回は"Ecco: respiro appena..."から入っていますね。"respiro appena…"に入ると、ピアニッシモの指示。ただし、"(ap-)pena"にはテヌートの指示。Ecco:"で強めに入り、次からがくっと落とすのではなく、徐々にデクレッシェンドして弱音にしているという感触です。その方が好もしいかと。そのあとはしばらく特に指示はありません。とにかく、何度も歌ううちに、どういう歌が適切か、見えてくるのでしょうね。

"Io son l' umile ancella"は「卑しい僕」なので、弱音で歌い、"Genio creator"は声を張る。「創造の神様」ですから。指示などなくても、歌詞に相応しい対照がつけられる人です。Ei m’ offre la favella, io la diffondo ai cor"は"fondo"が頂点で(しかもラレンタンド)クレッシェンド、デクレッシェンド。もう完全にこの歌は歌い方が身についている模様。

その後はしばらく指示がないので、"Del verso io l' accento"は弱音で歌い、"l’eco del dramma uman"は"con anima"(心を込めて)は強烈に歌ってまた対照をつけています。次の"il fragile strumento"がフォルテ。その後は"vassallo"で"stentando"(次第に遅く)"della man"が"poco tenuto"。テバルディは特に"sturmento"までフォルテにはしないのが普通でした。"vassalo della man"は相当じっくり歌っています。

"Mite,"はピアノ、"gioconda,"は"con"で延ばしている間中、"crescendo molto"なので、グイグイ大きくしないといけないですね。ここではむしろ、維持したままのような。"(a-)troce"がフォルティッシモなのはその通りです。"mi chiamo"の"chiamo"からディミニュエンド。だから弱音にする。

"un soffio è la mia voce"は入りがピアニッシモです。ビロードの上、非常に息が長い!"novo" "dì"は両方ピアニッシッシモで"rallentando molto"「かなり遅く」。そして、両方グリッサンドらしい記号がついていますが、テバルディはポルタメントにするのが普通でした。"morrà"の"mor-"がテヌートで、"-rà"はフォルテ。"novo"と"dì"は柔らかく、"morrà"は強力に熱唱。イタリアでかなり歌ったのにライブが残っていないのが残念な演目です・・・。このようにアリアだけは残っているのですが。


3. プッチーニ 『ラ・ボエーム』より "D’ onde lieta uscì"


入りには特に指示のない曲。"torna sola Mimi"の"Mi-"まで"poco ritardando"で次の"-mì"はアンダンティーノという細かさなのでした。このときは前でテンポを落とし切れていませんね。

その後も指示はありません。"ritorna un' altra volta"は音高が2点イ♭まで上がるので、必然的に強くなります。"a intesser finti fior"は"finti"でラレンタンド、"fior"ではもう"a tempo"。若干だけ"fior"が早まっているかな?くらいです。"Addio, senza rancor""Addio"がLentoで"senza ran-"がラレンタンド、"-cor"がAndante mossoって・・・細かすぎ。でも、その通りになっています。

"quel cerchietto"にメゾ・スタッカートが付いているくらいしか指示はなく、強弱の指示はない。例によって、テンポの指示はあれこれ付いていますが。

"Ascolta, ascolta"は「聞いてね」と限りなく優しく頼んでいる調子。"le poche robe aduna che lasciai sparse"は、このときは"robe"「(あれこれの)物」にさえ、優しくすがるような調子が入っています。

"Nel mio cassetto stan chiusi quel cerchietto d’or"は音高の上がる"d' or"を強調。"e il libro di preghiere."はごく静かに歌っています。

"Bada"の前は、勢い余って"ah"が入ってしまいました。ですが、歌い終わりに、思い出したことを喜んでいるようなため息を入れている。決して全般に出来の良いリサイタルではないですが、各アリアに相応しい感情移入はできています。"Sotto il guanciale c’ è la cuffietta rosa."思い出のボンネットのことを優しく歌い切る。

"Se vuoi..."から"Se vuoi serbarla a ricordo d’amor..."ここは音高の高いところが多いので、目一杯声を張っています。「実は持っていて欲しい」からでしたね。最初の"Addio"はかすかに声が震えている。ドレスで、舞台装置もなく歌っていたのですが・・・。

"senza rancor""ran(-cor)"は「手短な」フェルマータ。でも、ここは延々と伸ばすのが初期のテバルディの特徴。最後の"rancor"で悲しげな強調を入れるのも。彼女が落ち着いてしまってからは、こういうことはしなくなりましたから・・・。

4. プッチーニ 『マノン・レスコー』より "In quelle trine morbide"

 

この曲は、ご紹介するかどうか、少々迷いました。滑舌の明快なテバルディにしては珍しい、明らかな失敗があるからです。でも、失敗したからといって、途中で投げ出したり、投げやりな歌でお茶を濁したりしなかった、きっちり歌いきった証拠として、むしろご紹介しなければ、と思い直しました。但し、こちらにおいでになった方のみご覧になれるよう、限定公開にしてあります。

入りはピアノの指示。"In quelle trine morbide nell’ alcova dorata"彼女にしては少々単調に歌いすぎですね。

"v’ è un silenzio gelido mortal"はクレッシェンドの指示。その通りクレッシェンドしていますが、声のトーンが味わい不足です。"v’ e un silenzio, un freddo che m’ agghiaccia." は冒頭にまたピアノの指示。最初からピアノになっていると言うより、デクレッシェンドしています。"un freddo che m’ agghiaccia"には例の通り、「ゾッとする」という声の色が入っている。これはさすがです。

"Ed io che mi ero avvezza, a una carezza voluttuosa"ここも頭がピアノ。"voluttuosa"の"tu"で強調。このフレーズの歌いぶりは絶妙です。"di labbra ardenti e d’ infuocate braccia, or ho"では"ho"がフォルテで、そこまでクレッシェンドで盛り上げる。この辺の声の強靱さ、盛り上がりは凄い。ところが、その後が問題。"tutto altra cosa"の"tutto"で完全に声が裏返る・・・。前が素晴らしかっただけに残念至極です。"altra cosa"は我ながら「やっちゃったー!」という感じだったのか、少々照れ笑いが混じっているような声色です。

"O mia dimora umile, tu mi ritorni innanzi,"の冒頭に"pensierosa"という指示。「思いにふけるように」。最初の句は極力弱音で、"ritorni innanzi"を盛り上げる。音高が変わるフレーズですし、「目の前によみがえってくる」ので。失敗しても、途中で投げ出さないことが大事です。"gaia, isolata, bianca"は2点ハ音以上の高音域で歌われるので、テバルディは声を張る。ここも立派。最後"come un sogno gentil e di pace, e d’ amor!"にはデクレッシェンドの指示。ここの彼女の歌が優しいのはいつも通りですが、最後の"d' aaaaaaaaaaaamooooooooooor"の長さには驚愕。失敗したお詫びにサービスした?


この録音が敢えて残されて、市販されたのは一体何故なのか、わかりません。ただ、有名歌手のライブ録音は、どんな音質、どんな歌唱の状態でも売られてしまいがちですので、これもそういう一枚なのだろうと思います。とにかく、このCDでは53年の『トスカ』の抜粋が聞けること、この価値が大きいです。


さて、次回は1953年の音源の最終演目、スカラ座での『ラ・ヴァッリー』をご紹介します。