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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』(ワリー)について あらすじ等

私が以前、同様のブログを運営していたとき、この演目については、峠を越えてしまったテバルディのスタジオ録音しか聞いたことがなく、あまり良い印象を受けなかったため、私はストーリーの内容すらうろ覚えだった、と書きました。あれ以来、今回ご紹介するライブをじっくり聞いた結果、このオペラは十分聞き応えがあり、「たかがキスぐらいで大騒ぎする変なオペラ」という印象はすっかり払拭できました。

ただ、一般的に、有名アリア"Ebben?...Ne andrò lontana"だけでなく、このオペラを全曲お聞きになったことがある方は、テバルディのファンの方以外はほとんどおいでにならないのではないかと思います。タイトルすら、正しく『ラ・ヴァッリー』と表記されることはほとんど無く、『ワリー』と呼び慣わされていますね。

実際、以前のブログでこの演目をご紹介する際、スカラ座のサイトへ行って、La Wallyがどのくらい上演記録に残っているか、サーチをかけてみました。驚いたことには、イタリア・オペラの本拠地たるスカラ座で、上演された『ラ・ヴァッリー』の記録は、この、テバルディがタイトル・ロールを歌った6公演のものしか発見できなかったのです。ただし、調べられるのは1950年以降の記録だけですが。(図をご参照下さい。)

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例のCronologiaには、テバルディは12回ヴァッリーを歌ったと記録されていますから、残りの6回を調べました。すると、スカラ座での6回の後は、ナポリのサン・カルロで1954年2月の7,10,14日の3回、飛んで1960年10月29日のラジオ放送用録音で1回、1968年3月6日と8日、カーネギー・ホールで2回歌っただけです。最後の2回は多分、演奏会形式だったでしょう。そして、例の『運命の力』のライブが彼女のレオノーラのデビュー戦の記録だったように、これも結局、彼女のヴァッリーのデビュー戦の録音なのです。

「テバルディ劇場」だったサン・カルロのサイトも見に行きましたが、あちらはオンラインで上演記録をサーチできるようになっていません。(いちいちPDFの問い合わせフォームをメールで出さないといけないのです。)結局、確認は断念しました。残念です。メトに至っては(テバルディがあそこで歌わなかったのも一因なのでしょうが)、戦前にしか上演記録がありませんでした。

このオペラは、聞けばわかりますが、勿論、タイトル・ロールを歌うソプラノはテバルディ・クラスの強力なリリコ・スピントでなければなりませんし、相手役のハーゲンバッハもデル・モナコのようなドラマティックなテノールでないと釣り合いが取れません。そして、何より上演を困難にしているのは、最後の雪崩のシーンです。ただ、ネット上に出回っている、多分初版のリブレットには、「二人で嵐の中をさまよううちに消えていく」というようになっているのです。テバルディたちが使ったのはいつの改訂版なのか?そもそも何年に改訂されたのか?私には調べられませんでした。

それだけではなく・・・録音も、テバルディの、今回ご紹介するライブ盤、ラジオ放送用に録音した盤、そしてスタジオ録音盤の他は、エヴァ・マルトンが歌ったものが一点あるだけらしいのです・・・。結局、戦後この役にじっくり取り組んだのはテバルディだけだった、と言って良いのでしょうね。

アルフレード・カタラーニは1854年から1893年までしか生きていませんでしたから(何と、享年39歳!彼は持病に肺結核をもっていました。)残した作品自体が少ないですが、中でも、結局一番知られている『ラ・ヴァッリー』がこの扱い、なのです。なにも、テバルディだけが歌わなければいけない、と決まっていたわけでもないのに、スカラ座で、結局戦後上演されたのはテバルディがヴァッリーを歌った6回だけ。これでは、このオペラの印象が薄いのも無理はありません。

カタラーニは、実は、プッチーニと同郷(ルッカ)の生まれで、家も道路を2ブロック離れただけ、というご近所同士だったのですが、プッチーニが丁度『マノン・レスコー』を発表する頃までには、相当衰弱していたようですし、結局自分は忘れ去られ、プッチーニがもてはやされる運命にあるのだろうと予感していたそうです。(以上、音楽之友社『評伝 プッチーニ』ウィリアム・ウィーヴァー著 大平光雄訳 2004年版から)

テバルディは、スカラ座側からの要請でこの役を引き受けただけだったでしょう。ですが、それは、彼女の恩人たるトスカニーニに対するちょっとした恩返しにもなったのでした。トスカニーニはカタラーニが自分の才能を買ってくれたことに恩義を感じていたそうですし、カタラーニの音楽にも可能性を感じていたそうです。ワーグナーヴェルディを融合させながら、マスカーニやレオンカヴァッロよりも「高貴」な音楽を作り出せるだろうという考えを持っていたようです。(以上、前掲書より)そして、トスカニーニは自分の子女に、カタラーニの作品の登場人物の名前をつけたのでした。ヴァルターとヴァッリーです。

結局、カタラーニの死によって、トスカニーニプッチーニと友誼を結ぶことになりましたし、彼が指揮したカタラーニのオペラは『ローレライ』が3回、『ラ・ヴァッリー』が4回だけだったそうです。残念ながら、プッチーニの作品の方が大衆受けすることを、カタラーニの音楽の優れた点を知っていたトスカニーニ自身も、自覚していたようです。

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話を元に戻しますが、この1953年の『ラ・ヴァッリー』の上演は歴史的上演となりましたし、多分、これ以上の上演はこの先、望むべくもないことを考えると、これだけが『ラ・ヴァッリー』の最高の上演の記録として残ることになるでしょう。勿論、後のイタリア・オペラ界のプリマへと成長していくレナータ・スコットがまさにこの時ヴァルター役でステージ・デビューした、という逸話も含めて、この上演は意義深いものだったのです。(写真:テバルディとスコット)しかも、この公演の初日を「例の方」が見に来ていました。(彼女がどういうつもりで見ていたのかは記録にありません。)

 

 

多分全曲を聞きこんでいらっしゃる方は少なかろう、と思いますので、こうした背景のご紹介と共に、今回は、簡単に筋書きをおさらいして、音源のご紹介は次回に回そうと思います。では、ざっとですが、筋書きを。

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第一幕 ホーホシュトッフの村の広場

大地主のストロミンガーの70歳の誕生日とて、村では祝宴と共に狩りの催しが開かれています。(因みに、舞台はスイスです。)ストロミンガーはそもそも、別の村であるゼルデン出身の名狩人、ハーゲンバッハを嫌っていますが、そのハーゲンバッハが熊を倒してきた、と、剥いだ熊の皮を下げて戻ってくるので、苦り切り、自分はもっと達人だったが、それほど自分の腕を吹聴しはしなかったものだ、と揶揄します。

二人の諍いは格闘に発展し、ストロミンガーはひとたまりもなく、若いハーゲンバッハに投げ飛ばされて地に伏します。そこへやって来たのがストロミンガーの娘、ヴァッリー。父に手を挙げたのは誰か、と訊き、ハーゲンバッハをそれとは知らず、押さえつけますが、彼に気づくと急に表情が優しくなります。それでも、ストロミンガーをののしるハーゲンバッハをたしなめるヴァッリー。二人の男の喧嘩で座はしらけ、結局狩人達や踊っていた村娘達は帰って行きます。

ヴァッリーを熱愛しているゲルナーは、ストロミンガーに、ヴァッリーはハーゲンバッハを愛しているのだ、と告げ口するので、激昂したストロミンガーは否応なしに、ヴァッリーにゲルナーとの結婚を命じます。ヴァッリーは断固としてそれを断り、その結果、父親から家を閉め出されます。(ここで歌われるのが例のアリア。)今夜だけはせめてこのまま村にいれば、という村人達の勧めにも従わず、ヴァッリーはヴァルターをつれて、夕暮れの中山奥へと去って行きます。


第二幕 ゼルデンの広場

キリスト聖体の祝日の日、ゼルデンでは祝宴が開かれています。若い男女は恋人を探す絶好の機会、とはしゃいでいますが、今はストロミンガーが死に、新たに農場の女主人になったヴァッリーの話題が出ると、ハーゲンバッハや狩人達は、「あんな小憎らしい女は妻には向かない」と悪口を言いながらも、戯れに踊りの相手をしようか、などと言っています。村娘のアフラは、「恋のことで戯れるのはいけないわ」と戒めます。

そこへ、ヴァッリーその人が着飾って現れます。そもそも彼女の話題を出した老いた歩兵は、踊っている隙にキスを奪うダンスにも加わるのか、と彼女に尋ねます。彼女は、人の男に口づけを与えたことはないし、誰も自分からキスを奪えはしないだろう、と言い放ちます。

ミサの時間になり、皆は教会へ入っていきます。ヴァッリーとついてきた女友達達、ヴァルターも教会へ入ろうとしますが、そこにゲルナーが立ちはだかります。ヴァッリーは他の者達に先に行かせ、ゲルナーと二人で広場に残ります。跪いてまでヴァッリーをかき口説くゲルナーですが、ヴァッリーは「あなたを愛することはありえない」とはっきり言い渡します。ヴァッリーの本心を知るゲルナーは、ハーゲンバッハはアフラと結婚することになっている、と言って、彼女を深く動揺させます。

ゲルナーに嘲笑されて激昂したヴァッリーが、出店のテーブルを余りにも強く叩いたので、教会から人々が出てきて、アフラは用を訪ねます。アフラを恋敵と信じたヴァッリーは彼女を侮辱し、それを見ていたハーゲンバッハはアフラの敵を取ろうと決心します。若者達を集めて、ヴァッリーのキスを奪えるかどうか、賭けをしようと持ちかけます。

ダンスを申し込むハーゲンバッハ、応じるヴァッリー。踊りながら会話するうちに、ヴァッリーの本心を知ったハーゲンバッハは深く心動かされ、戯れに賭けをしたことを内心後悔しますが、時すでに遅く、本気でヴァッリーにキスしてしまったにもかかわらず、周囲は賭けに勝ったと彼を囃し立てます。ハーゲンバッハの真意を知るよしもなく、屈辱に苦しむヴァッリーは、思わず、ゲルナーに、「あの男を殺して!」と依頼します。


第三幕 ホーホシュトッフの村

老いた歩兵が、ハーゲンバッハが姿を消した、ゼルデンでは、ヴァッリーへの復讐のためにホーホシュトッフの連中が彼を殺したのではないかとさえ言われている、とゲルナーに話します。内心びくつくゲルナーですが、ヴァッリーのためだ、と、気を取り直し、ハーゲンバッハを待ち伏せします。

ヴァッリーは、家の中で、自分は本気でキスしたのに、相手のハーゲンバッハは戯れにそうしたのだということに深く傷つき、苦しんでいますが、ゲルナーに言ったことについては後悔しており、ゲルナーを止めなくては、と決心します。

しかし、時すでに遅く、ヴァッリーに謝るためにやって来たハーゲンバッハは、待ち伏せしていたゲルナーによって橋から真下へ落とされます。約束を遂げたと告げに来たゲルナーの襟元をつかんで橋へ引きずっていく(?!)ヴァッリー。急いで家々の戸口を叩いてまわり、助けを呼びます。人々がロープを用意する間に彼女は橋の下の淵へと、恐れることなく降りてゆき、ハーゲンバッハが生きているのを確認します。ゲルナーはその間に逃げてしまいますが、ヴァッリーは意識を失っているハーゲンバッハを綱でつないで、一緒に引き上げられます。

村人達の歓声の中、ヴァッリーは意識のないハーゲンバッハにキスして、「奪われたキスは返した、アフラに土地や家はあげる」と言って、山奥へ去って行きます。


第四幕 ムルツォルの山小屋

丁度クリスマスの頃、冬の山は荒れ始めます。「もうここは安全じゃないから、村へ帰ろう」というヴァルターに、因縁の祭りの日から身につけていた真珠の首飾りを形見として与えるヴァッリー。彼を一人村へ返らせて、自分は山小屋に留まります。もう死を覚悟しているヴァッリーは、若き日の自分の驕慢を遠い日のこととして回想しています。

そこへ、ハーゲンバッハがやって来ます。彼は救われたことの礼だけではなく、本当はあのキスは愛のキスだった、と打ちあけに来たのです。あなたを殺させようとした女でも愛せるのか、と訊くヴァッリーに、愛せる、と答えるハーゲンバッハ。嵐が激しさを増す中、互いへの想いに恍惚としながら二人は村へ帰ろうとしますが、道を探そうとしたハーゲンバッハは途中で雪崩に巻き込まれ、谷底深く落ちていきます。

呼びかけても答えがないので、今度こそ恋人が死んだことを知ったヴァッリーは、彼の後を追って、雪深い谷底へ、自ら身を投げるのでした。

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次回から音源をご紹介いたします。