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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 ミラノ・スカラ座での『ラ・ヴァッリー』(1)

前置きは前回のエントリーでたっぷり書きましたので、出来るだけ手短に、演奏データだけご紹介して、早速音源のご紹介に入ります。

と、思ったけれど、ちょっと待った!!!どうしてもお伝えしなければならないことがあるのでした。

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この演奏が名演だということ、スタジオ盤のテバルディはもう声が衰えきっていて、若い頃の歌唱が聞きたかったこともあって、このライブ盤は是非とも手に入れたいと思っていましたが、私が買おうとしたとき新品で市場に出ていたのは、IDISの6401/02でした。(写真)

ところがどっこい、聞いてみたら、ノイズの分厚い霧の向こうからかすかにテバルディやデル・モナコの巨声のかけらが聞こえてくるだけ、という恐るべき盤だったのです!しばらくはそれでも我慢していましたが、「こんなハズはない」という思いが頭をもたげてきました。そもそも、この演奏はラジオ中継されたので、もう少しましな音の盤があってもおかしくなかったのです。

 

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それで、手頃な中古が出ていないかどうか、海外のサイトも含めて探してみたところ、米Amazonで中古品が出品されていました。LegatoのLCD 177-2です。(写真)出品者は主にポピュラー音楽を扱っている中古レコード店でしたが、バイヤーの評価が高かったのでそれを信用してそこから購入しました。すると、多分割れていたのでしょう、ケースを新品に取り替えてくれてあった上、薄いビニールのスリーヴでラッピングまでされていました!勿論、感謝のレビューを投稿しておきました。

それが、今回の動画の音源になったものです。決してクリアーとは言えません。ラジオ放送されたにしては。正直、音が悪い方の部類に入ります。調整するにも、「サーッ」というノイズを完全に取り除いてしまうと、必要な音も消えてしまいましたので、この程度にしかなりませんでした。残念です。でも、これでもIDISのよりずーーーっと音が良いのです。皆さん、IDISは出来るだけお避けになりますように!経験者の忠告、です。

では、演奏データを。収録日1953年12月7日、指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ、演奏:ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団、ヴァッリー:レナータ・テバルディ、ハーゲンバッハ:マリオ・デル・モナコゲルナー:ジャン・ジャコモ・グエルフィ、ヴァルター:レナータ・スコット、ストロミンガー:ジョルジョ・トッツィ、アフラ:ヨランダ・ガルディーノ、老歩兵:メルキオッレ・ルイーゼ、です。

最初のヴァッリーの登場シーンは短いのでカットしました。ストロミンガーにゲルナーと結婚しろと言われ、ゲルナーと話し合うシーン。

1. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 第一幕 "Sei tu che domandata la mia man?"


オペラの筋書きは一通りご紹介したとおりですが、このストーリーに出てくる登場人物は、正直・・・少々ひねくれた、というか、素直でない人が多いのです。ハーゲンバッハやヴァッリーはお互い心の底で相手を愛しているのに、素直にそれを伝えないから話がこんがらがる。ゲルナーははっきりヴァッリーから「愛していない」と言われるのにぐずぐずつきまとう。ストロミンガーはハーゲンバッハ憎し、のため、彼を好いている実の娘を追い出す・・・。結局、素朴なのはヴァルターとアフラくらいです。

その上、ヴァッリーは必要以上に自滅的で、特に第三幕、第四幕の彼女の態度や独白は内容が暗い。それは、余命幾ばくも無かったカタラーニ自身の心の反映でもあったのでしょう。とにかく、このヒロインは必要以上に気が強くて過激ですらある・・・かと思うと、自滅的な境遇に自分を追い込んだりする。こういう感情の振り幅の大きい役ですから、当然表現するのは大変ですし、スコアの要求もきついです。烈女の側面があるので、強靱な声が出せないと説得力が出せません。ですが、ハーゲンバッハへの深い愛を表すには、むやみと強いだけではこれも説得力が無くなる。テバルディでないと歌いこなせなかった事情はこのあたりにあるのではないでしょうか。激情的なトスカも従順なデスデーモナもこの上なく素晴らしく歌えた人だから、この役がこなせたのです。

入りは、最後の"mia man"でやっと2点音域に上がるという中途半端な音域のフレーズ。この録音の時、どうやら収録マイクはオケの側に近く設置されていたようですが、こういう音域でもテバルディの声は十分はっきり入っています。私の訳はかなり意訳してあります。直訳調だと「あなたなの、私の手を求めた人は?」ですが、ヨーロッパで女性の「手を求める」というのは求婚することですから、はっきり翻訳に出した方がわかりやすいと判断しました。

次はゲルナーの答え。「あの方」はストロミンガーのことですが、結局、ストロミンガーが嫌い抜いているハーゲンバッハにヴァッリーが夢中だと告げ口したので、却ってストロミンガーに気に入られる(!この親もへそ曲がりの極致ですね)。それで、結婚の許可を得られたのですね。グエルフィは余り評価の高いバリトンとは言えなかったと思いますが、この時の歌唱は決して悪くないと思います。今で言うストーカーみたいな男だし、人殺しを実行できる悪人ですから、「悪人声」が出せないといけません。そして、彼は声量も十分ありました。

テバルディの"Gellner, ti prego"は少々聞こえにくいですが、その後のもっと低音域の"Tu sei buono e amico ti credo"の方はしっかり響いています。

その後の二人のやりとりはたたみかけるように続きます。特に指示があるのはヴァッリーの"Perché non t' amo!""Perché non"が"stentando"でクレッシェンド。「引きずるようなテンポで」強めていけと・・・これだけを???"t'amo"は"a tempo"に戻る。酷い・・・。実際、テバルディはそう歌っていますが。しかも、強烈。「愛してないんですもの!決まってるでしょう?」という調子。何しろ、気の強いヒロインですから・・・。

それだけはっきり言われたら、プライドのある男性ならほとんど気を悪くして、即座に「そうかい、じゃあいいよ!」で、お別れ、になるのでしょうが、ゲルナーはヴァッリーと真逆で決断力や諦めがない人。この後"dolcissimo"の指示のある長広舌を長々と歌って、取りすがるのです。このパートは実はきつい。一旦途切れる前の"voce ardente che ci chiama, o Wally, o Wally"は1点ホ♭、1点へ、1点ト♯などが出てくる、バリトンとしては目一杯の高音を要求されている大変なフレーズ。これを歌った後に拍手が起こっているのも無理はないのです。

この長広舌に対するヴァッリーの反応は、このヒロインの性格としては当然のもの。"Non t’ amo, né t’ amerò giammai, comprendi?"フォルテの指示かつ、一音節ごとにアクセント。「わかってないようだけど、いい加減わかりなさいよ!」というところでしょうかね。テバルディは強烈に歌っています。ただ、録音の関係か、いつもほど声が響いて聞こえません。このシーン全体に言えることです。余り高音域を補強しすぎると音が割れるので、敢えてそれをしなかったというのもあります。

しつこく食い下がるゲルナーはまさにヴァッリーと真逆の性格で、決断力がなく、あきらめが悪い。「愛していない」と言い渡されているのに「お願い」してどうするのか???ただしつこいだけなので、ヴァッリーは当然の反応。"No, non pregar, non t' odo più!"「もう聞く耳持たないから。」というところですかね。指示はありません。テバルディはいつものビロードはどこへやら、とにかく強烈に言い放つ。"t' odo più"を特に強めて、「聞いてないから!」と。

それでもうじうじしている相手に、キレかかる彼女。"Non lo sperar!"はフォルテかつ、"e deciso"「断固として」の指示。音は悪いですが、相当な声を張っているのは伝わってきます。 "Son libera come la luce e il vento."には"selvaggiamente, con molto entusiasimo e vivo"「ごく荒々しく(!)、熱烈かつ生き生きと」の指示。テバルディは荒々しくは歌いません。ただ、いつものレガートはどこかへ放り投げて切れ切れに歌い(どちらにせよ、スラーはかかっていませんから)、甘口にならないように配慮しています。

"Le tue minaccie, o Gellner, non mi fanno spavento!"「あなたの脅しなんか怖くないのよ」。「悪人声」の男に迫られてこう言い切れる女性なのが、このヒロイン。ここには指示はなく、"mi fanno"で1点ホまで下がり、そのあたりをうろうろする低音フレーズもあります。低音から高音まで(後でハイCを張る箇所が。)もれなく響かすことのできる歌手でないと歌えません。しかも、「烈女」なので、ヘナヘナ声では困る。テバルディの後歌う人がいなかったのも・・・無理はないですね。

"Come le rupi d’ Öetz è fermo il mio voler!"ここは・・・テバルディがどんな版のスコアを使ったのかわかりませんが、"Öetz"で2点イを出していますけれど、私の参照しているスコア(リコルディ版のヴォーカル・スコア)では"fermo"が2点イです。歌い間違い?その後の歌詞が聞き取りにくいですし。

その後、ストロミンガーが登場。娘がどういう反応をするか予想できなかったのでしょうか?全然わかってないオヤジ殿です・・・。後のアリアでもヴァッリーが言及するのは「母」なので、この父親と彼女は特に仲が良かったわけではないのでしょう。「どうかな?」という様子伺いに対し、ヴァッリーの反応。"Udite, padre! Non l’ amo e non lo voglio!"ここにも"deciso e fieramente"という指示。「断固として、傲然と(「残酷に」の意味もある語です・・・)」「こんな人、要りません!!!」って・・・。凄いヒロインですね。とにかくそういう指示なので、テバルディは強烈なままで歌っています。ここは・・・凄い声が響いていて、悪い録音を飛び越えている。何せ、指示が指示ですから。

"Nol voglio"も同じ調子。立ち位置が変わった?急に前あたりからもの凄い声が入ってきていますね。2点ホと2点ハですから、特別高音ではないのに。「気をつけろよ!」と娘を脅すオヤジもオヤジなら、娘の反応も凄い。"Sgozzarmi sull’ altar più facil vi sarebbe!" 「喉を掻ききる方が易しいでしょうよ」って・・・。絶句。ここは2点トまで上がりますから、声を響かせやすい。ですが、これだけ強烈に歌えるのは、テバルディが『トスカ』を170回も歌った「ザ・リリコ・スピント」だからなのです。

"Ei non m' avrà giammai, immutabile son io!" "immutabile"から(fieramente)また・・・「ごく、傲然と」、と今度はト書き。その通り、テバルディは声を張って言い放ち、父親の脅しめいた"Wally!"に1点ニの低音の"Giammai!"で答えます。勿論、暗い音色を付けるのを彼女は忘れていません。

結局、このオヤジさんは自分の押しつける男と結婚しないなら出て行け、と、実の娘に言うのですね(!)。当然、ヴァッリーは「じゃあ、出て行きますよ!」となる。それが、かの有名なアリアなのです。

2. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 第一幕 "Ebben?...Ne andrò lontana"


アリアに入る前には少し前奏があります。その間、テバルディの"Ah!"という声が入っていますね。多分、従わない、というジェスチャーをして、閉め出しを食らったのでしょう。

アリアに入ると、今度は指示がガラっと変わるので、テバルディも目を回したかも知れないな、と。「何かしらね、このヒロイン・・・」と。このアリアはとっくに知っていたでしょうから、その前の場面がむしろ、「え?」という感じではなかったかと。アリアの頭から急にピアノになって"con molto sentimento"「情感深く」ですから。今まで"fieramente"なんて指示が出ていたのに???とにかく、ここからはテバルディの歌は甘口になります。とにかく、最初の"Ebben? ne andrò lontana, come va eco della pia campana""Ne andrò lonta-"まで一音節ごとにテヌート。何と、ピアノで始まっているのに"lontana"の最後でデクレッシェンドしろと!"come va eco"でまたクレッシェンドして、"della pia campana"でまたデクレッシェンド。そこまで細かく対応していません。むしろ、ずっと抑えています。

"là, fra la neve bianca, là, fra le nubi d’ or."にはテンポの指示しかないですが、2点音域になるので強力な声が響いてきます。ただ、最初のフレーズより次のフレーズを抑えていますね。その次のフレーズがフォルテになるので、ここで目一杯出してしまうと対照がつけにくくなるからでしょう。

その"laddove la speranza, la speranza," はさらに、最初の"(spe-)ran(-za)"が最強になるようにクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。ここにはアクセントも付いている。

"è rimpianto, è rimpianto e dolor."は最初の"(rimpian-)to"にフェルマータが付いているくらいです。このあたりは1点音域に下がりますが、テバルディの声は引っ込まない。ビロードの美声で歌われているのが、悪い録音でもはっきりわかる。そして、"dolor"という言葉を無表情に歌うことの方が珍しいテバルディですから、当然のように暗い音色と強勢が付いています。

"O della madre mia casa gioconda"は頭にピアノが付いて、"dolcissimo con espressione"「甘美かつ情感豊かに」。むしろ、"fieramente"よりテバルディ向きの指示。抑えめなのですが、2点音域なので結構声が響いています。テバルディの声質なら、特に暗い音色など付けなければこうなります。

"La Wally ne andrà da te, da te, lontana assai" "la Wally ne andrà da te"は"Wally"が最強になるようにクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。更に"(an-)drà da te"で更にデクレッシェンドしろ、と。まさにそのままに歌われています。"da te, lontana assai"の頭はピアニッシモ(!)。"lontana as(-sai)"には一音節ずつテヌート。ちょっとここの"da te"は強く歌いすぎています。

"e forse a te, e forse a te,"には"animando"「活気づいて」の指示。傷心の歌なのにこういう指示も何ですが、要するに沈まないで、力を抜くな、ということでしょう。もの凄い声です・・・。これ以上"animando"に歌うことが???

"non farà mai più ritorno, ne più la rivedrai"は"farà"で更にフォルテの指示で今度は"con anima"「心を込めて」・・・。前とどう違う???さすがに、テバルディの歌は"farà"が強まっています。最後の"rivedrai"は感極まったように涙混じり。"mai più, mai più"は1回目がリタルダンドで2回目は"a tempo"。・・・。細かい。しかも1回目は"più"で最強にするようクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。そんな短時間に???指揮のテンポもありますが、ちゃんと1度目がリタルダンドで2度目が早まっている・・・。しかも1度目の"più"は強いです。延々とデクレッシェンドして段々弱音に落としている。これは凄い。

"Ne andrò sola e lontana, come l' eco della pia campana"は頭にピアニッシモの指示。"sola e lontana"はメゾ・スタッカート。"della pia cam(-pana)"もメゾスタッカートで、こちらは"poco stentando"「引きずるようなテンポで」ですね。メゾ・スタッカートかどうかは微妙で、むしろレガート目に聞こえます。テンポの指示はスコア通りですね。とにかく"come l' eco"あたりのビロードの声は・・・。テバルディでないと出せない・・。

"là fra la neve bianca"は"a tempo"の指示だけ。そのまま素直に歌われています。次が問題。"ne andrò, ne andrò, sola e lontaaaaaaaaaaaaaaa"最初の"(an-)drò"からクレッシェンドをかけ、"sola e lon-"は一音節ずつテヌート。"-taaaaaaaaaaaaaana"は2点ロを維持して、"-na"でデクレッシェンドしてオクターヴ下がる。しかもポルタメント。ここがもの凄い声で決まっています・・・。絶句。

"e fra le nubi d' or"は今度はフォルテの指示!かつ、一音節ずつアクセント。これがフォルテじゃないとしたら、何なのでしょう? 後の"Ma fermo il pie..."以降が歌われていないようですが、この拍手じゃ・・・歌っても聞こえませんね。

3. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 第一幕 "Ad ora così tarda"


最初の合唱はピアノの指示なので、情けなく聞こえても仕方ありません。仕方ありませんが・・・。"Mio padre m' ha cacciata! Vuol che sposi Gellner!"のテバルディ「ひとり」の強烈な響きとつい比べてしまいます・・・。

次のフレーズが・・・このヒロインは???"Lassu! Sull' erte vette ne andrò lontana, come l' eco della pia campana"の頭にフォルテの指示は良いのですが、また出た!(fieramente, colla fronte alte, e colla mano ferma, additando)「傲然と、頭を高く上げ、動かぬ手で指さしながら)。さっき傷心の歌を歌ったばかりなのに、また?で、"come l' eco della pia campana" はピアノにしろ、と。テバルディは強く入って、徐々にデクレッシェンドし"l'eco"あたりから弱音に落としています。

「傲然」という感じではないですね。でも、それが当然ではないでしょうか?最初のシーンは「傲然」で良かったのです。嫌いな男と結婚するなんてまっぴら、だから。ですが、今度は同情的な村人達に語りかけているのです。親切な人たちに対して、たとえ「一人で行くわ!」と宣言するからと言って、叩きつけるように歌うのはおかしいでしょう。テバルディの判断の方がすんなり納得できるのです。

「もう暗くなるから一緒においでなさい」という村人(こういう親切な人たちなのですから、失礼な態度を取るべきではないですよね)に、"No, vo’ partir col sol che tramonta."と堅い決意を表明。ここは何も指示がありません。"(tra-)moooooon(-ta)"が2点イ♯に上がるだけ。ですが、テバルディはフレーズの終わりを徐々に弱音にし、「日没」の音画を描いています。彼女はヴァッリーをただの「威張りくさった、過激なだけの」烈女にしなかった。「聴衆のため」に歌う人でしたから、共感できないようなヒロインにするのを避けられれば避けようとしたのでしょう。

ここで、まさにこの公演でステージ・デビューを飾ったレナータ・スコット扮するヴァルター少年、登場。「一緒に行こうよ!」という少年の願いはさすがにヴァッリーも断らない。最初の"Sì"だけでも、テバルディの声色が明るくなっているのがはっきりわかります。少年の思いやりを嬉しく受け入れている調子が伝わります。

"Sì! Insiem farem la via! E canteremo insieme!"こちらは"Insiem farem..."からフォルテの指示かつ、"con espressione di gioia"「喜びの表情とともに」ですから、強力ですが、最初のシーンで聞かれたような、激烈で人を寄せ付けないような調子とはまるで違う。少年と一緒に行くのを喜んでいるのが明るい音色にはっきり表れているのです。

一転して、"Addio"には、悲しげな音色が入っています。(指示はありません)さすがに、慣れ親しんだ村から去るのは辛い。下手をするとただの「烈女」になってしまうヒロインが、繊細な心の動きを持った女性になっている。それが、テバルディの素晴らしさなのです。

しばらくオケと、夕べの祈りが入った後、二人がユニゾンで歌いながら去って行きます。"Un dì verso il Murzoll, una fanciulla per un erto sentier, movea il pie legger, movea il pie legger..."最初がフォルテ、1度目の"movea..."がメゾフォルテ、2度目の"movea..."がピアノで、消え入っていくように指示が出ています。遠ざかるのですから当然ですね。

 

次回は第二幕から。