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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

1953年 ミラノ・スカラ座での『ラ・ヴァッリー』(5)

第四幕です。

1. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 第四幕 "Luogo sicuro questo non è più!"


この幕はいきなり、厳冬で悪天候になった山岳地帯に隠遁したヴァッリーを気遣って、ヴァルター少年が「もう村に帰ろうよ」と促すところから始まります。でも彼女は・・・もう世捨て人の心境になっているので、少年を一人で帰らせてしまう。そのシーンです。

最初のヴァッリーのパートからして、完全に人生捨ててます、状態なのを歌詞が表しています。"Se è scritto ch' io non debba più veder la terra,"は頭にピアノの指示。ほとんど2点ハ音でずっと歌い続け、"veder"から、"la"で2点ニ♭に上がるところを頂点に小規模なクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。"dove ho amato" "e pianto tanto"は"dove"と"pian(-to)" "tan(-to)"にアクセント。"il mio destin si compia!"はどんどん音高が下がり、1点ト音で落ち着きます。

テバルディがどうとか言う前に、スコットさん・・・やはり「超」緊張していたようですね。"distruggono"が"distruggo"になってしまっています。文法的に・・・全然正しくなくて、単に単数と複数を間違えた、という問題ではなくなっています。どうしてこの形に?の状態で。どれほど役に没入していても頭の隅が「冷静」で、歌詞を忘れても何とか対応できるテバルディとはやはりキャリアの差があります。

相手がどんなだろうが「主役」のテバルディは完璧。クレッシェンドのところはほぼその通り。ほぼ、なのは、"la"なんて定冠詞が一番大きくなるのはどうかと思ったらしく、"veder"あたりから強めているからです。歌詞への気の使い方がスコットと違うのです。ステージ・デビューの新人と比べるのは酷ですからこれ以上はここでは言及しませんが、ずっと後で、『トゥーランドット』のスタジオ録音の際に、いかにスコットという人が「残念」だったか、お知らせすることになるでしょう。

その後の二つのフレーズのアクセントはしっかり付いていて、全体に前のフレーズより強めに歌っています。「人を愛し、泣いた場所」という、ヒロインの感情が表れる単語が出てくるからですね。最後のフレーズはほとんど消え入るよう。「運命の定め」を歌う場所は声を抑える。こうして、「ヒロインの感情の生き生きと動いた過去」と「今後の運命」の対照がくっきりつけられています。そんなことはスコアに書かれていないのに・・・。

"Più non soffro pene di questo mondo."は2点ハの機関銃で、ほとんど16分音符の忙しいフレーズ。ヴァルターの懸命の説得を断るため、あらゆる理由を述べ立てる。「とにかく、もう帰りたいとは思わない」と悟らせるため。次の"Non ho più famiglia..."は最後の"(fami-)glia"以外には全てテヌートが付いています。忙しすぎますが、実際、"-glia"だけさっさと歌い終えていて、その通りになっています。この辺、そもそも一番はじめのヴァルターの歌い出しから"Recitativo"と"piuttosto lento"の指示があるので、「レント気味に」しないといけないのですが、ジュリーニ先生のテンポは正直、早すぎると思います。まさか、彼の「意地悪」ではないと信じたいですけどね。

もっと楽しいことを考えてもらいたいから、とヴァルターは故郷の教会のことを持ち出します。少年の"pace"という言葉を捉えて、ヴァッリーは"La mia pace?" これには(con abbandono)「無頓着に」というト書き「平安?何が?」という感覚でしょう。ここは今度はテバルディさんのミス。"mia"が抜けました。でも、意味は通じている・・・。"mia"は16分音符1つなので、抜けてもほとんど影響がなかった・・・。良いことではないですが。「無頓着」なヒロインの気持ちになりすぎて歌詞が抜けた?
"
"È perduta per sempre!"ほとんど1点ロ♭。"È per-"にテヌート、"-duuuta"にアクセント。"assai più lento"になっているのに、そそくさと歌わされすぎ。ですが、スコアの指示は守りつつ、歌い口は自暴自棄になって消え入っています。

今度は、「終った自分」に対して「未来のある」少年への助言。"Tu ritorna alla casa, alla vita. Walter, ritorna ed ama!"頭はピアノで"allargando"「遅めて」の指示。"(ri-)tor(-na)" "ca(-sa)" "vi(-ta)"にテヌート。最初の2語のテヌートを最強にデクレッシェンド。ここ、1点トまで下がっているのですが、テヌートしてデクレッシェンドの頭だとするとちゃんと響かせないといけません。最後のフレーズには指示がありません。

テバルディの歌。多少遅めにしてもらえているかな?テバルディはとにかく、全盛期はせっかちに振られるのはむしろ、嫌いだったようなのです。テヌートは見事にその通りです。デクレッシェンドは微妙ですね。"vita"が長く感じるのはここだけ付点4分音符と4分音符だからです。最後のフレーズの"ritorna"が目立つのは音高が上がるからですが、それだけに、「あなたは帰りなさい」という促しがきく。沈みがちの音色で歌ってはいますが、ここは、はっきり言い渡しています。

まるで恋人のようなヴァルターの応答に、相当置いてから、"Prendi, fanciul e serbara!"調性が変イから変ニに変わるのもあるのでしょうが、"con molta espressione"「非常に情感を込めて」にテバルディが従っているのが大きいでしょう。歌い出しの低音域が温かみのあるビロード。"e serbara!"はクレッシェンドの指示がありますし、2点へに上がるので強力に。「取ってお置きなさいね」・・・要するに「形見」を渡しているのです・・・。"questa memoria pia"は"que(-sta)"にアクセント。"memoria"の間にデクレッシェンド。見事にその通りで、温かいビロードのまま。ヒロインの、邪気のない少年への愛情を雄弁に表しています。冷たい声で歌われたら・・・こうは感じないですね。

"questa, che un dì fu orgoglio, della bellezza mia."最初のフレーズはクレッシェンドしていき、次にはフォルテに。かつ"con fierezza"「残酷に・堂々と・誇り高く」どうとも取れる指示。最初は"tenuto"で"bellezza"あたりから"poco stentando"「少し引きずるように」"mia"はもう"a tempo"・・・。テバルディの歌は"orgoglio"あたりからぐんぐん盛り上がり、"della bellezza"は指示通りで、「堂々と」と解釈した模様。ですが、音色は悲しげに変わります。完全に「過去形」ですし、むしろ、今の彼女としては「あれは空しいものだった」、という感慨だからでしょう。

"Son queste le mie lagrime...dal duolo irrigidite."2つめのフレーズの"irri(-gidite)"あたりが強くなるようクレッシェンドとデクレッシェンドの指示。ほとんど低音に近いところすれすれのフレーズで、ここだけ音高が上がるので、自然に歌えばそうなるはず。うーん、確かに最強になっているのですが、「イッリージディーテ」に聞こえません。彼女にしては珍しく、"irri-"が綺麗に発音できていません。強調しようと力が入りすぎたのかも知れません。歌の音色としては温かみと哀感がない交ぜで理想的なのですが。

"i ricordi soavi dell' affranto mio cuor..."頭に"dolcissimo"の指示。"dell' affranto mio cuor"の頭にはフォルテ。かつ、全部の音節にテヌート。2点ホ ナチュラルのあたりをかすめる音域。最初はまさに「甘美」で次は見事にフォルテ。またですが、「ザ・リリコ・スピント」の声が聞けます。強靱でしっかりした張りのある声。前と後ろではまるで歌詞の持つ意味が違いますから、スコアの指示にぴったりと従ったのですね。

"le parole d' amor che ho detto e che ho sentite" "(pa-)ro(-re)"が最強になるよう、長いクレッシェンドとデクレッシェンドの指示が出ています。"che ho detto..."からはまた・・・"singhiozzando"「すすり泣きながら」・・・。非常に長いデクレッシェンドですが、見事に消え入っています。泣いていないのはお聞きの通り。指示の方が変ですから。ただ、哀感たっぷりの音色が、全て「過去形」になってしまったヒロインの沈鬱な心をはっきり伝えています。

"io te la dono, o Walter!...È tutto il mio tesor!... È tutto il mio tesor!" "io te la dono"は最低1点ホ♭まで下がる低音域ですが、"appogiando bene la voce"「十分音を伸ばし」と。最初の"È tutto..."はまさにこの音節にテヌート。次の繰り返しの部分は"Èeeee"にアクセントで、歌いながら音高が2点イ♭まで上がる。スコアの指示通りであるばかりか、悲痛きわまりない。自分から捨てたとは言え、大地主様だった彼女には真珠のネックレスしか残っていなかった。それをヴァルターにあげてしまうのです・・・。何も指示のない最後の"tesor"に、テバルディは強勢を置いて、絶望の限りを伝えています。「これもなくして、もう何も残らない、後は死ぬだけ・・・」という心境なのですね。暗すぎる・・・。

次からはまた調性が変わります。基本のキのハ長調。テンポもアレグロ・アジタートになるので速まる。"Ed or fanciullo, vanne,"は(con immensa rassegnazione)「大いなる諦めとともに」って・・・。テンポも速まるし、歌詞は、むしろ「さあ、行きなさい」と促しているのに。"vanne"の上に"dolcemente"とありますがどこからそうなのか???です。"È già il Natal!"はクレッシェンドの指示。確かにクレッシェンドしていますが、何しろせわしなくて、歌いきるのがやっとですね。あっという間に過ぎています。テバルディとしては・・・ミトロプロスとやりたかったのでは・・・?

先ほど自分が拒絶した「教会」を持ち出す彼女。"Riudrai le allegre squille della chiesetta nostra"の頭には(melanconicamente)「非常に憂鬱に」???でも、「また陽気な鐘の音をお聞きなさい」なのに? "cantar la pace...""can(-tar)"にアクセント、ここは"animando"「活気をつけつつ」これは納得。確かにテバルディの歌は、「憂鬱」でこそないけれど、"animando"の部分とは音色が微妙に違います。"animando"の方になると、明らかに明るめになっている。凄すぎる・・・。

まだ「帰ろう」と言い張る彼に、"Fanciullo, no. Soltanto una preghiera." ここは指示なし。テバルディは特に音色を付けすぎず、透明に歌っています。自分は行かない、と言って、頼み事をするだけですから。

"Allor che avrai varcato il periglioso mar di ghiaccio,"までには頭に"tranquillamente"「静かに」 "caaaaaaanta,"は滑るように音程を上げながらクレッシェンドの指示。 "o canta ancooooooooor"は"o canta"にテヌートで、今度は"(an-)cooooo(-r)"で音程を上げていく。 "la mesta cantilena del mio jodler!"は"joooooooooodler"が最強になるよう長いクレッシェンドが付いています。まさに・・・。最初の温かく穏やかな歌いぶりから、最後の強靱な張りのある声まで、スコアのまま。どういう記憶力???

次のヴァッリーの入りまではオケの独演会。調がまた変わってニ長調に。"Eterne a me d’ intorno piange la neve lacrime!"1点への機関銃。"quasi parlato"「語るように」ですが、テバルディは「エテーールナメアイントーールノ、ピアンジェアネーヴェラーークリメ」と微妙に節をつけています・・・とにかくビロード。悲しげなのに、美しい・・・。

次も同じような調子でほんの少し音高が上下するだけ。"Qui lagrima da secoli eterno pianto il giorno!" 「ラーグリマ」「セーコリ」「エテーールノピアント」「ジョールノ」と強勢を置いて、単調にしていません。音色は沈鬱。内容が内容ですからね・・・。

"Fra la densa caligin laggiù la terra appar mugghiante fra le tenebre un desolato mar."は今度はフォルテの指示で、音高が派手に上下します。ほとんどオクターヴの上下なので大変。ちょっと最初のフレーズが聞こえにくいですね。"mugghiante fra le tenebre un desolato mar."の上下ははっきり聞こえ、最後が悲痛な叫びのように響く。これは聞いていても辛い気分になります。絶望しきったヒロインの心境が伝わる。

"Funesto mare dell' umana vita!"は今度はピアノ。また1点ヘの機関銃に戻ります。"mare"と"vita"の音価が長い分、長めに歌っています。特に工夫の必要は無かったようですが、とにかくこういう音域の声が汚くならないのがテバルディ。沈鬱ながら、ビロードの美声・・・。

しばらく休符が続いて、次からは「歌」になります。ここからがとにかく素晴らしい。"Un giorno, sciolte le sue vele al vento. Sfidava la mia nave l’ onda ardita,"ここの頭はピアノの指示で、"soavissimente"「甘美に」と。これができないテバルディではない。かつての誇らしげな自分の姿を回想。指示が指示だけに、とにかく大変な美声です・・・。"Sfidava..."からは"accentando"「アクセントを付けつつ」特に聞いた感じは変わりませんが、くっきり発声するように意図した様子です。

"e dentro la mia nave, alta, orgogliosa, La giovinezza mia cantava forte." "La giovinezza mia"はフォルテで"con anima"「活気を付け」。"cantava forte"にはまたフォルテが付いている。ここのテバルディの歌い方は、独特です。ちょっと"nave"の「ヴェ」が流れてしまいましたが、"La giovinezza mia"を敢えて弱音に落としながら2点ト音から降りてくるところは・・・鳥肌ものの美しさで、フォルテで声を張られるより素晴らしい!ここが聞けるだけでも大変な価値があるくらいです。「若かった自分」への愛惜がこれ程美しく歌われると・・・。"cantava forte" も特にフォルテで歌ってはいません。それでも全く不満どころか!こんな歌声に出会えるのですから!

次は最初のフレーズは良いけれど、次が暗ーい。"canti d’ amor sovra flutti di rosa! Quei canti lieti or son nenie di morti!"こちらは最初にピアノの指示で、"Quei canti"からは内容が暗いので当然ですが、(cupo)「暗く」のト書き。最初のフレーズは、デリケートに、今までと同じ調子で麗しく歌われ、"Quei canti"からは声に重々しさが加わり、明らかに「暗い」音色に。ですが、汚くはならないのです・・・。

その後、どうやら危険な雪道を越えたらしいヴァルターの歌声が聞こえてきます。ヴァッリーのパートはピアノの指示で、ひたすら低音域で合いの手を入れる。最後はヴァルターよりオクターヴ下で同じ音を歌うようになっていますが、ヴァッリーが歌い終えてもヴァルターは装飾を加えながら少し歌い続け、消え入る。ここのテバルディの声も・・・。ビロード。

今度はまた調性が変わります。ヘ長調。最初の"Sì come te..."には(con esaltazione)「興奮しつつ」のト書き。その他はタイやポルタメントの指示があるくらい。次の"Sì...come te morir"はフォルテの指示。「死ななければならないのよ!」がフォルテなのも?ですが、興奮が強まった結果、ということでしょうか。テバルディの歌の方は、最初から強力です。ト書きがト書きだし、途中から急にフォルテにするのもぎくしゃくすると思ったのでしょうか。とにかく、「若かった私」を歌っていたときとはがらりと変わり、強靱な声が響き渡る。

"O neve, o figlia candida del cielo"からはもう最初からフォルテで、(come assolta in dolcissima estasi canta)「甘美な恍惚に身を解き放ったように歌う」というト書き。その前にもト書きがあるのですが、動作の指示なので訳しません。他には指示がありませんが、何しろ最後の方で"beeeeella"と歌う時、ハイCを張り上げることになっているのです。(回避しても良いというOppureのスコアも書かれていますが、このときのテバルディは回避していません)フォルテで歌いまくっていると言うよりは「甘美」そのものの歌いぶりです。とにかく聞き惚れるばかり。ハイCは彼女にしては相当維持しています。ハイCがどうこう言うより、こういう甘美なビロードの調べはテバルディでないと歌えないでしょう。

何しろ、歌うパートが長かったので記事も長いですが、もう少しご辛抱を。


2. カタラーニ 『ラ・ヴァッリー』 第四幕 "Wally! Wally!"


いよいよ最終場面です。ハーゲンバッハがやっとヴァッリーの隠遁場所を探し当て、彼女に、自分は本当は彼女を愛しているのだと告白するのですが、つかの間の幸せに浸るのもむなしく、二人とも雪の中に身を埋めてしまう・・・。どこまでも暗い。

ハーゲンバッハの呼び声を風のうなり声と勘違いする彼女。最初はほとんど指示がありません。クレッシェンドなどは付いていますが。1点ロ♯の"No, m' ingannai"が少々聞こえにくいです。次の"E ancora...Chi mi chiama?"はフォルティッシモなので、彼女の声も非常に強力になります。

"Ah, sono, ohimè, le fanciulle beate!"には(agitata dallo spavento)「恐怖に心乱されて」のト書き。結局、「死のお迎えが来た」のだと解釈するのですね。低音域と2点音域のすれすれを上下するフレーズ。声を前に出しているので、はっきり聞こえます。少し震え気味の声が、恐怖感を出している。

次はスコアが妙。最初の"Ah!"は2点ト♯の音が付いているのに「叫べ」と。最後の"Ah!"も同じ音でまた「叫べ」です。泣けとか叫べとか、変なスコアですね・・・。テバルディのは音高は微妙です。とにかく、彼女としてはこれは「絶叫」ではないです。「絶叫」の時は・・・こちらが驚くような声を出しますから。普通に「叫んで」いるだけ。間の歌は内容に沿って、恐怖感の混じった暗い音色で歌われていますね。

調がハ長調になって、"Già la lugubre schiera ecco s' avanza"の頭にはフォルテの指示。相変わらず、「死のお迎えが来た」という想念に取り憑かれている部分。特に指示はありません。が、オケがかなり鳴っている中で歌うので、テバルディはかなり強力に歌っています。これだけ強靱な声を張ることで、恐怖に取り憑かれているのが少々ヒステリックな歌から聞き取れる、というわけです。

やっと、ハーゲンバッハの声が自分を呼んでいるのだと気づく彼女。"Vergine santa! Egli è Giuseppe!"ここはフォルティッシモの指示です。オケも轟音に近いので、相当声を張らないと消えます。テバルディは当然、強烈に歌っていますが、今までのヒステリックな調子が抜け、最後のフレーズには喜ばしい音色が入ります。

"Perché sei qui venuto?"は何の指示もなし。オケが静かになるので、彼女も弱音に落として、言葉どおり、「どうして来たのかしら」という不思議さと、再会できたことへのかすかな喜びに声を震わせています。強烈そのものだった人が、全く違う調子に変化。どこが「大味」?

"È la sua voce, è la sua voce"の合いの手は(sottovoce con emozione)「小声で感情深く」のト書き。「小声」なので、この録音状態では聞こえにくい。

長いハーゲンバッハの告白を聞いた後のヴァッリーの独白 "Ah! l’ armonia delle sue parole m’ uccide!" はピアノの指示の上、(con voce appena intelligibile e rotta dalla commozione)「どうにか聞き取れ、感激で破れた声で」のト書きですが、テバルディは「感激」は表してもト書きのようにはしません。声は抑えていて、甘美なまま、クレッシェンドで強める指示の付いている "palore" "m' uccide"を目立たせつつ、特に"m' uccide"にひねりを入れて、「死にそうなくらい(嬉しい)」というのを表現。「愛のための嬉しさ」はこう表現しなければ。男性のイッリカよりよくわかっているテバルディ。

「愛している」と言われても、まだ疑念の抜けない彼女。"Ebben, se t’ ho salvato, perché mentir? Non s’ ama per pietà! Afra tu amavi ed ami."歌詞の通りです。「噓なんじゃないの?私を哀れんで。アフラを愛してるんでしょう?」と。強弱の指示はなし。テヌートが所々に付いているくらいです。ここは「これが事実なのでは?」と多少強めに彼に問い詰めている。でも、「多少」であって、「過激」だったり「とげとげし」かったりはしません。

"ma il mio cor ti amava."というハーゲンバッハの最後のフレーズの後、テバルディの"Ah"という声が入っていますが、これはスコアの指示ではありません。役に入り込んでいるが故の、「感激」の声。「アフラを愛しているなんて大嘘で、憎んでいたと思ったのも間違い。愛していたんだ」と念を押されたら、完全に疑念が抜けたのです。そして、初めて完全に喜びに浸ることができた。頭の隅は冷静でも、役への入り込み方は十分すぎるくらいなのです。

有名な"Quando a Sölden..."からのハーゲンバッハの「告白」。あのキスは本気だったのだと。それで"O dolce incanto! O paradiso nuovo!"となりますが、前のデル・モナコの特大の歌に拍手が起こるので、もともとピアノの指示のここをテバルディは特に前に出しません。この頃の歌手は、お互いが聴衆に賛美されるのを邪魔しませんでした。何しろ・・・実力者揃いなので、お互いが拍手を浴びるのは「当然」と受け止めたでしょうから。

ハーゲンバッハが、神の罰で橋から落ちた、というと、一度"Dio?"と合いの手を入れた後、"Non Dio, un uomo!"と本当のことを彼に告げるヴァッリー。この辺の正直さはこのヒロインの見上げたところで、ゲルナーのようにこそこそしたことができない人柄だというのがはっきりわかる。悪いことは悪いこと。それを隠したりしない。そのために、たった今愛されているとわかったのにそれを失うとしても。テバルディは、その率直な告白を強烈な声で言い渡します。強弱の指示はありません。

"Gli avevan detto: uccidi!"は"uccidi"が最強になるようクレッシェンドの指示。"Questa crudele gli avea detto: uccidi!"は何と全部の音節にアクセントが付いているという!スコア。"Amami adunque ancor, se puoi..."には(con raccapriccio)「ゾッとしながら」のト書き。ここは皆強烈。最後はほとんどヒステリック。残酷な真実を敢えてはっきり言い渡す。「それでも愛せるの?」これはこれで、スリリングです。

それでも彼女を愛せる、というハーゲンバッハなので、デュエットへ。ここはほとんど、ハーゲンバッハのパートの方に強弱の指示があるだけです。ヴァッリーは最初は相手の歌詞を追うだけ。最初はピアノから入れ、と。"Là su prati fra rose e viole"あたりからデュエットがばらけますが、そこからメゾフォルテ。次の"La su prati fra rose e viole noi vivremo una placida vita"をヴァッリーが歌う時は彼女のパートにもフォルテの指示が出ます。何しろ、段々嵐の効果音が大きくなるので、聞かせるためには目一杯声を張る必要があったかと。巨声2人の"vivreeeeeeeeeeeem"は実際はもっと圧巻の響きだったのでは?と。

嵐が酷くなっているのに、ハーゲンバッハはよりによって、小屋から出て帰り道を探し始めるのです!この間の二人のやりとりは、お互いの様子の探り合いですから、特に何も・・・ただ、最後のデル・モナコの"La valanga!"は聞こえません。あの巨声のデル・モナコなのに!その代わり、スコアに「書かれている」ヴァッリーの絶叫は、見事に(?)テバルディがやり遂げています。見事すぎて・・・そんなに叫んで大丈夫ですか???と。

テバルディが"Giuseppe!"と呼びかけるときに拍手が起きているので、どうやらセットの「雪崩の、見事な再現」よりは、テバルディの「見事な絶叫」への拍手だったようで・・・。なにせ、4秒たっぷり叫んでますが、"Giuseppe"は例の「劇場用」のどっしりした声で響いていますから、絶叫が彼女の喉に当座は何の影響も与えなかったのがわかる・・・のです。

拍手のせいで中断状態になり、テバルディはもう一度"Giuseppe!"を言い直します。当然答えはなし。"M'odi, Giuseppe!"も空しい。その後、実は"Cupo silenzio! la morte è laggiù!"「暗い沈黙!下で死んだのね!」と歌うはずなのですが、ジュリーニ先生のオケは先に進んでしまいます。

これで、咄嗟に対応できないテバルディではありません。さっさと最後のフレーズへ落ち着いて移動。"O neve, o candido destino mio, ecco la sposa di Giuseppe! Anima cara, aprimi le tue braccia!"ここは頭がフォルテの指示。最後の"braaaaaaaaaaaaacia!"は2点ロ音からオクターヴ下へのポルタメント!最後まで厄介。。。オケが強烈に鳴る中、テバルディの朗々たる声が響き渡る様は圧巻です。"Anima"が少々ろれつが怪しくなりましたが、最後の2点ロを意識しすぎたのでしょう。それにしても・・・凄い・・・。

この公演が6回続いただけで、このオペラはスカラ座ではお蔵入りになってしまったのです!でも、これ以上の公演を将来望むのは不可能でしょう。


次回は一休みしてご連絡を。