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Voce d' Angelo レナータ・テバルディに捧ぐ

レナータ・テバルディの専門ブログです。情報、動画、鑑賞録など。

数週間休業のお知らせ Part2

またですか・・・。というお声が聞こえそうですが、そもそも、以前2週間程度休業した間に、例の根拠薄弱なバッシングへの反論記事などを書くのに非常に気を遣ったので、動画の作成や、記事の書きためが十分できなかったのです。

そんなわけで、また2週間程度、記事の更新をお休みさせていただきます。実際、余り猛スピードで毎日更新してしまうと、実はこのブログ、2年と持たないうちに終ってしまうのです。何しろ、ご紹介すると決めている音源を限っておりますので。

休んでいる間も、毎日メールと「お問い合わせ」のチェックは致しますので、コメントやご質問はお寄せいただき次第、できるだけ速やかにお返事させていただきます。

例のPresto Classicalのご紹介記事ですが、却って、「ここじゃ買えない、無理だよね・・・」とガッカリなさった方もいらしたかも知れませんね。ただ、皆さん、「お問い合わせ」フォームなどを設けても、奥ゆかしい方が多いのか、なかなかご質問を下さろうとなさらない。それなら、私の方から、必要かそうでないかはわからないけれど、積極的にお知らせすべきでは?と考えた末のことでした。

テバルディのファンの方であれば、お気軽にご質問いただきたいのです。他にも、ご意見があれば、あのフォームをご利用頂いて構いません。よりよいブログ運営のためには、読者の皆様のご不便はできるだけ解消したいと思っておりますので、あまり遠慮深くなさらず、どうぞ、フォームをご利用下さい。どうしても対応できないご要望につきましては、きちんと理由をお知らせいたします。

今度は、1954年(この年の音源、多いのです・・・)の記事が相当書きためられるまで再開するのは見合わせたいと思います。今度は素直に音源のご紹介記事に徹しますので、それだけの期間があればかなり進むとは思っているのですが、私用もあったりしますので、どうなるかは・・・わかりません。

今回のブログは以前運営していた同様のブログより、読者の皆様には読みにくいかも知れないな、とは思っています。スコアの指示などにいちいち言及・解説しているため、一記事の文章がどうしても長くなりがちで、とても読み切れない、というような。「2点ト音」とか書かれてもピンと来ない、というような読者の方もおいででしょうし。ただ、何度か申し上げたとおり、スコアを参照するようになって却ってテバルディがいかに優れた歌手だったかがよりはっきりとわかるようになった以上、この方針は変えられません。

それに、やはり、音楽の演奏のされ方について(オペラの場合「歌われ方」、ですが)細かい分析をした上、その演奏なり歌唱なりが優れているのか、余り立派とは言えないのか、十分な根拠のある判断を下し、論評するためには、どうしてもスコアを知らなくてはいけないとさえ思うようになったのです。感覚的な記述では、ただの独善的な感想文に終ってしまう。説得力のある鑑賞録にするためにはこれは是非必要なことだったのだと思い知りました。

ですが、それが、記事の作成の手間を以前より増やしたことも事実です。珍しい指示については正しく訳せるよう、いちいち辞書を確認しております。ほとんどフレーズごと、極端な場合一音ごとについて言及する必要も出ています。すると、非常に手間がかかります。実際、疲れることは疲れますが、今まで知らないで聞いていて、初めてわかることも多いので、ある種、驚いたり感心したり、興味深いことが増えました。

全ての読者の方が同じようにお感じになるとは思いません。「どうしてこのブログは頭でっかちで読みにくいんだろう・・・イライラ」という方もおいでかと。繰り返しになりますが、音楽ブログでスコアを確認していない鑑賞録を書いてあるものは、読み物としては読みやすくても、実は説得力があるのかどうか怪しいということに・・・。

長文になっただけに、一つの記事をはじめから最後までお読みになるのは、読者の皆様にとっても一苦労ではないかと。この休業期間を機に、是非、過去記事をじっくりお読み頂きたいと思います。音楽用語アレルギーを起こされることなく・・・。

それから、余りご興味をお示しにならない方が多いようですが、比較動画のたぐいも是非この機会にご鑑賞頂きたいのです。何でも、誰かの書いたものを鵜呑みになさるのは危険です。私がどう書いていようと、比較して聞いた結果、自分はそうは思わない、ということもあるのですから、是非、ご自分なりのご感想をまとめて頂きたい、と思います。あるいは、どこかの音程が怪しいといった動画もほとんど再生されていませんが、あれは重要な「物的証拠」です。私の主張が正しいのかどうか、あれをご覧になってご確認なさる必要があるのです。どうしても「・・・の方」の優位を譲りたくないとお考えの方も、目を背けずに事実と直面する勇気をお持ち頂きたいと思います。

私のブログは音源鑑賞録が中心で、面白いエピソード記事などが少ないのも、「魅力薄」の原因かも知れません。なぜ、そうした記事を余り書かないか、というと、事実でないことの多い逸話のたぐいをご紹介することは、なるべく厳密に、テバルディについての正確な情報をお伝えしたいという私の方針に反するからです。逸話には裏付けの薄いものが多く、そういったものを不用意にご紹介して、彼女に関する誤解を広めるのは好ましくないと思うのです。

テバルディの実像は、今となっては彼女が残してくれた音源を細かく、注意深く聞き込むことを通してしか、理解できないと思うのです。そもそも、彼女の歌が、非常に多くのことを教えてくれるのですから、今後も、「歌」を丁寧に聞き込み、スコアと照合しつつ、気づいたこと、推察できることに限って綴っていきたいと思います。

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次のシリーズの前に、また1954年のスケジュールについての記事を挟みますが、その後は音源の鑑賞録に徹します。始めにご紹介する予定なのは、スカラ座で上演された『オテッロ』のライブ録音から。と言うわけで、この記事が文章だけのつまらない記事にならないため、テバルディのデスデーモナの舞台姿(全身写真)を貼り付けました。これは1954年よりはずっと後年のものですが、何とも立派な舞台姿です。男性ファンの皆様の中には当然、美声だけでなく、彼女の美しい姿にあこがれをお感じの方が多いだろうな、と。(だから、動画のサムネイルに選ぶ写真は、極力綺麗に撮れているものを選んでいるのです。)女の私でも「綺麗な方だったのね・・・」と感嘆せざるを得ないくらいですから。

以前、私はデスデーモナがテバルディには一番相応しい役だったと思っていました。勿論、彼女のデスデーモナは他のソプラノが到達し得ない域に達する程見事に歌われていたと思います。でも、今は特にこの役が、とは思っていません。むしろ、「歌う」、と決めた役には何であれ然るべきヒロイン像を造り出すことができる希有な歌手だったから、何が代表的な役か、などと考えること自体が意味が無いのだと思い知ったのです。テバルディの歌唱が素晴らしかった時代はまだ続きます。今後もどうぞ、ご期待下さい。